去る2018年5月16日(水)〜18日(金)、国立京都国際会館(京都市左京区)にて第26回日本乳癌学会学術総会が開催されました。本学会では、連日プレスリリースが実施され、注目演題の概要や乳がん領域におけるトピックが発表されました。座長は大会長である戸井雅和先生(京都大学大学院医学研究科外科学講座 乳腺外科学教授)が務められました。本記事では、がん研究会有明病院乳腺センター 乳腺外科の上野貴之先生の発表をお伝えいたします。
ER陽性HER2陰性早期乳がんでは、術前ホルモン療法(Neoadjuvant hormone therapy)を行うことがありますが、これによって長期的な予後がどのようになるかを予測できる指標がないことは大きな問題点です。
そこで、クリニカルレスポンス(臨床的な効果)、パソロジカルレスポンス(病理学的な効果)、バイオロジカルレスポンス(生物学的な効果)の3つの視点から最適な指標について考察したところ、バイオロジカルレスポンスのうち「Ki67(細胞の増殖能を表すマーカー)」が有用な指標として使えるのではないかということがわかってきました。
術前ホルモン療法を行った患者さんの治療前と治療後のKi67を比較すると、治療前のKi67も予後を予測できる指標になることがわかっています。しかしそれ以上に、治療から2週間後のKi67のほうが、より予後との相関性が高くなっていることが明らかになっています。
治療後のKi67の反応(バイオロジカルな反応)が予後を反映する理由は、治療によってがん細胞が本来の姿をあらわにするためであると考えられます。
がん細胞はもともと、血管やグロスファクター(成長因子)、ホルモンなどの微小環境に守られながら、がん細胞にとって非常に平穏な環境で生きています。
しかし、術前ホルモン療法によってがん細胞が攻撃を受けると、平穏が壊されたがん細胞は本性を表します。つまり、微小環境が変わったあとが、がん細胞の本来の性質がみえる状態であり、このときのバイオロジカルな反応こそが予後を反映していると考えられるのです。
先述の内容から、バイオロジカルレスポンスにクリニカルレスポンスを合わせれば、術前ホルモン療法のより強い指標となるのではないか、とのことで開発されたものがPEPI(ペピ)スコアです。PEPIスコアは「Ki67、ER(エストロゲン受容体)、腫瘍径、リンパ節転移」によって予後を点数化して予測するものです。
術前ホルモン療法後のPEPIスコアをみると、スコアがよいものは確かに良好な予後を辿っています。しかし、一方でPEPIスコアが悪いからといって、予後が悪いとは限らないという問題点もあります。
そこで、PEPIスコアにバイオロジカルな項目であるKi67やERが含まれていることから、より多くの遺伝子反応をみることで、より正確に予後を反映できるのではないかと考えました。
そこで、米国の遺伝子検査キットであるオンコタイプDXによるリカレンススコア(再発スコア)で予後を予測する試験も行っています。オンコタイプDXでは、21種類の遺伝子が解析できます。
試験の結果、術前ホルモン療法前のリカレンススコアも、治療後のリカレンススコアも予後を反映していることがわかりました。しかし、それ以上に治療前後の結果を合わせて解析したリカレンススコアのほうが、より正確に予後を反映することがわかっています。
つまり、治療前と治療後のダイナミックな変化を含めたマーカーを使うことで、術前ホルモン療法を行うことによる予後がさらに明確になると考えられます。
さらには、このバイオロジカルな変化が新たな治療戦略として利用できるのではないかと考え、ある臨床試験を行っています。
試験では、術前ホルモン療法として、エキセメスタン(ホルモン療法剤)を8〜12週投与して、バイオロジカルとクリニカルな治療反応性(Ki67やがんの進行度など)を確認しました。
そして、治療効果があったグループは引き続きエキセメスタンを継続し、治療効果がなかったグループはシクロホスファミド(抗がん剤)に切り替えました。
最終的な治療効果を検証すると、治療効果がなかったグループもシクロホスファミドを投与することで治療効果を認めることができました。さらに、最終的なPEPIスコアについても、双方のグループに大きな差はみられませんでした。
最近行われた試験のため予後の解析はまだできていませんが、将来的にはバイオロジカルレスポンスを使用することで、予後の改善につながるような治療ができるようになるかもしれません。
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