概要
化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity:MCS)は、通常は影響を受けないほど微量な化学物質にさらされた際に、全身にさまざまな症状を生じる状態です。化学物質への長期間の曝露(さらされること)や大量曝露がきっかけとなり、その後、微量の化学物質に対しても症状が現れることがあるとされています。一方で、発症の仕組みについては十分に解明されていません。
症状は人によって異なり、頭痛、疲労感、集中力の低下、目や鼻・ 喉の刺激症状、皮膚症状などがみられます。幅広い年代で発症しますが、女性や40歳代前後で多いと報告されています。また、喘息やアレルギー性鼻炎などのアレルギー疾患のある方でみられることがあります。
かつては医学的な位置付けが不明確な時期もありましたが、近年では化学物質過敏症に対する社会的・医学的な関心が高まっています。2026年現在では医療機関において診断名として用いられており、原因と考えられる化学物質への曝露を避けることを基本として治療が行われています。
原因
化学物質過敏症の発症原因について、詳細なメカニズムは明らかになっていませんが、化学物質の大量曝露や長期的な曝露が関係していると考えられており、複数の仮説が立てられています。日常生活で接するさまざまな化学物質が誘因となる可能性があります。
代表的な原因物質
現代社会には、発症の誘発要因となり 得るさまざまな化学物質が存在しています。たとえば、建材・塗料、日用品(合成洗剤、柔軟剤、除菌剤、香水、化粧品など)、食品添加物、農薬・防虫剤、排気ガス などが挙げられます。特に柔軟剤や合成洗剤などに入っている人工香料による体調不良や不快感の訴えは、一般に“香害”と呼ばれることがあります。
発症に関わるメカニズムの仮説
仮説の代表的なものとして、脳に化学物質の刺激が繰り返し伝わることによって中枢神経を過敏にさせるという“中枢神経感作”が考えられています。そのほかにも、免疫機能の異常(アレルギー反応に似たメカニズム)や心理・社会的ストレス、化学物質に対する高い感受性などが関係しているのではないかと推測されています。
シックハウス症候群との関係
日本では、化学物質過敏症発症のきっかけとして、シックハウス症候群が多いといわれています。シックハウス症候群とは、住宅の建材や接着剤、家具などの化学物質によって引き起こされる体調不良を指します。特定の環境内で症状が出るシックハウス症候群を契機に、やがてほかの場所の化学物質に対しても症状が現れ、化学物質過敏症を発症するケースもあります。
症状
化学物質過敏症では、わずかな曝露量でも以下のようなさまざまな症状が現れることが特徴です。これらは特定の化学物質に触れた際に、毎回同じような症状が現れる(再現性)といわれています。また、症状には個人差があり、どのような症状がどのような強さで生じるかは患者によって異なります。嗅覚の異常な鋭さ(嗅覚過敏症)を伴うことも少なくありません。
主症状
主に以下の症状が現れます。
そのほかの症状(副症状)
以下のような症状が生じることもあります。
- 気道の症状……喉の痛み
- 消化器症状……下痢、腹痛、便秘
- 眼症状……目を開けることがつらいほどのまぶしさ(羞明)、一時的な目のチカチカ(一過性暗点)
- 皮膚症状……皮膚のかゆみ、感覚異常
- 精神や神経の症状……興奮、精神不安定、不眠、集中力・記憶力の低下
- 婦人科症状……月経過多などの月経異常
- 全身症状……微熱
など
どのような状況でどのような症状が出たかをメモしておくと、受診時に役立つ可能性があります。
検査・診断
化学物質過敏症の診断では、一般的な検査(血液検査や尿検査など)でほかの病気を除外したうえで、詳細な問診を行います。また、QEESI(クイージー)と呼ばれる質問票を用いて、化学物質への曝露と症状との関連性を評価することがあります。
ほかの病気を除外するために行われる検査
症状に応じて、一般的な血液検査や尿検査、胸部X線検査、心電図検査などが実施されます。これらの検査で、ほかの病気(アレルギー疾患、自己免疫疾患、精神疾患など)ではないことを慎重に確認します。
問診
化学物質過敏症の診断では、詳細な問診が重要です。症状や住環境、転居歴、学校・職場環境、職歴、趣味・嗜好、家族構成、成育歴など、さまざまなことを詳しく確認します。1~2時間ほどかかることもありますが、化学物質に曝露しているときと離れたときの症状の変化や、どのようにして発症したかなどを丁寧に把握して、原因となる化学物質を絞り込みます。
スクリーニングや診断のために行われる検査
化学物質過敏症のスクリーニングや治療効果を確かめるために、QEESIが広く用いられています。QEESIとは、自己記入式の質問票で、曝露状況をスコア化して評価します。
また、診断のための補助的な検査として、瞳孔の異常や眼球運動などについて調べる眼科的検査や、大脳皮質の機能を調べるSPECT検査、重心動揺検査、肺機能検査などが実施されることもあります。
診断基準
化学物質過敏症の診断には、米国でまとめられた“1999年合意”と呼ばれる基準が用いられることがあります。1999年合意では化学物質過敏症について、症状に再現性があることや、慢性的であること、微量かつ多種類の化学物質で反応すること、多くの部位で症状が現れること、原因となる化学物質の除去で症状が改善または治癒すること、といった条件を満たすものと定義しています。
また、過去に厚生省(当時)研究班により提案された診断基準が用いられることもあります。この診断基準では、ほかの病気を除外したうえで、以下のどちらかの場合に化学物質過敏症と診断されます。
- 主症状が2つ、かつ副症状が4つみられる場合
- 主症状が1つ、副症状が6つみられることに加えて、検査で2項目以上の異常(瞳孔異常・視覚空間周波数特性の低下・眼球運動異常・大脳皮質の機能低下・誘発試験による陽性反応のいずれか)がみられる場合
治療
2026年時点では原因となる化学物質への曝露を可能な範囲で低減することが基本的な対応とされています。そのためには、患者本人が化学物質過敏症について理解することが重要です。また、化学物質を回避することによる社会的な孤立を防ぐため、家族や職場・学校など、周囲の人による理解も必要となってきます。
環境整備の方法
自宅に原因物質が存在しない環境を作り出すためには、家具や防虫剤、香り付きの合成洗剤や柔軟剤を使用した衣服などを取り除きます。重症の場合には、刺激となる物品をできるだけ減らした部屋を準備することがあります。床や壁の建材が原因と考えられる場合には、必要に応じて活性炭シートやポリエチレンシートなどで一時的に覆う方法が取られることもあります。そのうえで、症状の変化を確認しながら少しずつ物品を入れて、問題のあるものを特定していきます。
原因となる化学物質の回避例
以下のような回避例があります。なお、これらは事前に家族や同僚・上司、教師などに説明したうえで、周囲の理解を得ながら実施しましょう。
- こまめな換気や活性炭フィルター付き空気清浄機の使用
- 香り付きの合成洗剤や柔軟剤などの使用中止
- 防虫剤の使用中止
- 新築やリフォーム後は、室内に残る化学物質を減らすため、十分な換気を実施
また、必要に応じて、以下のような対策が検討されることもあります。
- 建材のコーティングや再工事
- 自宅周辺の洗濯物や除草剤、排気ガスなどの影響が考えられる場合は、目張り
上記の対策を行っても症状が改善しない場合には、転居を検討することもあります。
そのほか、職場に原因物質が存在している場合は、テレワークの活用や部署移動、転職などが可能かどうか相談・検討しましょう。
薬物療法
2026年現在、化学物質過敏症を根本から治す確立された薬物療法はありません。そのため、現れている症状を和らげる対症療法や、患者ごとの症状や状態に応じた治療が中心となります。
一部の医療機関では、症状や状態に応じてグルタチオンやタウリンなどの薬 、ビタミン剤などが使用されることがありますが、これらの有効性については十分な科学的根拠が確立していません。
また、対症療法として、アレルギーに似た症状が現れている場合には抗アレルギー薬が、頭痛や腹痛などの症状に対しては漢方薬が検討されることもあります。
ただし、化学物質過敏症に対する有効性は確立しておらず、治療内容によっては保険適用外となる場合があるため、受診先の医療機関で事前に確認することが大切です。
食事療法と運動療法
バランスのよい食事を心がけ、十分な栄養を取ることが大切です。また、適度な運動や入浴は体調管理やストレスの軽減に役立つ可能性があります。
精神心理的なサポート
化学物質過敏症の発症には、化学物質への曝露に加え、神経学的・免疫学的・心理社会的要因などが複合的に関与している可能性が指摘されています。また、いつどこで症状が現れるか分からない不安や、周囲に理解されにくいことによる孤独感、生活が制限されることなどから、二次的に精神的なストレスが生じる場合があります。このようなときは精神心理的な治療を取り入れ、ストレスへの対処能力を高めることも、日常生活を送るうえで有効となる可能性があります。
周囲の人の理解
香水や香り付きの柔軟剤などは、使用している本人にとってはよい香りでも、化学物質過敏症の方にとっては症状の原因となっている可能性があります。周囲の人の理解や配慮も大切です。
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