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より精緻な直腸がん手術の実践――根治性と機能温存の両立を目指して

より精緻な直腸がん手術の実践――根治性と機能温存の両立を目指して
清松 知充 先生

国立国際医療センター 消化器外科診療部門長、大腸肛門外科診療科長

清松 知充 先生

目次
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大腸がんのうち肛門近くにできる直腸がんでは、「肛門を残せるかどうか」は患者さんにとって不安に感じることの1つだと思います。国立国際医療センター 大腸肛門外科では、さまざまな技術を駆使しながら、がんの根治性(治る可能性)を維持しつつ、できるだけ肛門を温存する直腸がん手術を実施しています。今回は、同科診療科長の清松 知充(きよまつ ともみち)先生に、大腸がん治療の変遷や、同科における直腸がんの手術についてお話を伺いました。

大腸がんの治療は、近年2つの側面から大きく進歩したといえます。

まず、抗がん薬の進歩です。以前は手術が難しかったレベルまで進行しているような多数の遠隔転移(肝臓や肺などへの転移)を伴ったステージ4の患者さんでも、抗がん薬などを使ってがんを縮小させることができるようになってきています。しっかりと抗がん薬による治療を行って病気の勢いをコントロールし、手術で取り切れる状態にまで小さくできれば外科的な切除が可能となります。また直腸がんにおいては、術前に化学放射線療法(抗がん薬と放射線を組み合わせた治療)を行い、がんを縮小させロボット手術による精緻な手術を組み合わせることで、肛門の温存も目指せるようになりました。

手術自体の進歩も大腸がんの治療に変革をもたらしています。数十年前までは開腹手術が主流で、特に直腸は骨盤内という骨に囲まれた狭い空間の中で膀胱や子宮などほかの臓器の背側にあるため、視野を確保しにくく、手や器具も到達しにくいため手術操作が困難という難点がありました。しかし、腹腔鏡下手術(ふくくうきょうかしゅじゅつ)という腹腔内を気腹(炭酸ガスで膨らませること)して空間を作ってそこで操作を行う手術手法が発展し確立したことで深部の視野が良好になり、これまでは見にくかった臓器の裏側もしっかり見ることができるようになりました。一方で狭い空間にも入っていけるとはいえ、腹腔鏡下手術における操作鉗子(操作する器具)は直線的で難易度の高い操作が要求されていました。それを解決したのがロボット支援下手術です。3Dの高解像度の安定したカメラ画像に加えて、腹腔内で手のように繊細で多関節に動く鉗子での操作を行うことができるようになったため、操作性も飛躍的に向上しました。周囲の臓器にがんが浸潤して(広がって)いる場合でも、部分的に遠回りして浸潤部を切除するような細かな切除が可能となり、骨盤内の自律神経や肛門の温存が望めるようになったのは大きな進歩だと感じています。自律神経を温存できれば排尿機能や性機能もしっかりと残せます。

低侵襲手術(ていしんしゅうしゅじゅつ)”というと傷が小さく済む手術というイメージがあるかもしれません。しかし大切なのは、手術中にいかに体へのダメージを避けられるかということです。開腹手術では傷の大きさもさることながら、広い範囲で腹腔内臓器が大気中にさらされることで、術中に乾燥や細菌の混入が起こりやすい状況となり、それが術後の腸閉塞や感染の一因になってしまいます。一方で腹腔鏡手術やロボット支援手術のように気腹環境下で行うことで、乾燥は最小限に抑えられ、細菌の混入も起こりにくく、しかもその気腹の圧力により出血も最小限に抑えられます。こうしたことが本当の意味での低侵襲であると考えます。当科では直腸がん手術を基本的にロボット支援下手術で行っており、このような従来型の腹腔鏡下手術の特徴に加えて、さらなる精度の高い神経温存・臓器温存を主体とした低侵襲性を追求すべく治療開発に取り組んでおります。これが後述の術前画像シミュレーションや、術中エコーナビゲーションとなります。

当科では、直腸がんの手術において、温存し得る血管をできるだけ残しながらリンパ節を切除する“血管温存リンパ節郭清(かくせい)”を取り入れています。

がんはリンパの流れに沿って転移する性質があるため、直腸がんの手術ではがんの切除に加えて、再発予防のためリンパ節を切除する必要があります。進行がんでは腸管近くの腸管傍リンパ節(1群)から、直腸に栄養を送っている“下腸間膜動脈”という太い血管沿いに、中間リンパ節である2群、および血管の根元にあるリンパ節(3群)まで切除します。そしてその際、下腸間膜動脈の根元から一括して切除するのが一般的です。

がんの治療という点ではこの手法は簡便で時間もかからないために多くの施設で現在も広く行われていますが、当院では下腸間膜動脈の1本目の枝である左結腸動脈を重要な血管と考えてこれを温存する手技にこだわっております。やや手間と時間がかかりますがロボット手術と次にお話しするナビゲーション技術を併せて用いることで、治療としてのリンパ節の3群郭清は行いつつ血管を温存する手技を開発しました。詳しくは次にご説明しますが、万一がんが再発したときや血管の病気になったときに、より高い安全性が担保できると考えています。

大腸には下腸間膜動脈のほかに、小腸と大腸の右側に栄養を送っている上腸間膜動脈という血管がつながっており、一般的に広く行われている下腸間膜動脈を根こそぎ切除してしまう方法ですと、手術後は大腸への血流を上腸間膜動脈1本に頼らざるを得ません。そうすると、動脈硬化など将来的に上腸間膜動脈に何らかの異変が起こったときに、大腸に血液が行きわたらなくなる危険性があります。しかし下腸間膜動脈を残しておけば、血液の供給は保たれ、臓器の機能が維持できます。

また大腸は2mと長い臓器であり、一度がんを切除してもほかの部分に新たにがんができる可能性もゼロではありません。下腸間膜動脈がない状態で新たにがんができて上腸間膜動脈も切除しなければならなくなると大腸に栄養を送る血管が2本ともなくなります。そうなると、大腸は壊死(えし)してしまうため、大腸全摘出になったり永久人工肛門(ストーマ)*を造設したりすることになります。さらに、下腸間膜動脈の根部周辺には男性の性機能、特に射精機能に関わる交感神経が存在しており、動脈を根部で切離することで神経損傷リスクが上がり機能障害が起こりやすくなると考えられます。性機能温存を希望される男性にはとても重要な点であると考えております。複雑な技術が必要になりますが、当院ではがんの根治を目指すことは当然ながら、こうした将来のリスクまでをも視野に入れ、可能なものをできる限り温存することが本当の意味での低侵襲であると考えております。

*永久人工肛門(ストーマ):肛門の代わりに腹部に生涯設置する便の排泄口。手術で腸管の一部をお腹の外に出して造設する。

人の顔が皆それぞれ違うように、腸のどの部分に血管がどのように走っているかは人によって異なります。当科では、通常のCTよりも細かな間隔で再構成するThin Slice CT(スライス厚の薄いCT)を使って患者さんの下腸間膜動脈の分岐部や血管走行を術前に詳細に検討しています。そのうえで、画像ワークステーションを用いて外科医自身が切除する血管を3Dでシミュレーションし、血管を可能な限り残すべく手術に役立てています。

これに加えて手術の際には、腹腔鏡のわずか10mmのポート(鉗子を出し入れする穴)から挿入可能な超音波プローブを用いて術中超音波(エコー)ナビゲーションの技術を併用しています。エコー装置を活用することで、通常では脂肪の中に埋もれていて視認することができない血管も枝分かれの部位も含めて容易に把握することができます。3Dシミュレーション画像を計画図として、それをもとにエコーを当てて実際の血管の分岐などを見極めながら血管処理を進めていきます。車の運転に例えると、3Dシミュレーション画像が“地図”、リアルタイムで随時表示されるエコー画像は現在地を把握する“カーナビ”といったところでしょうか。

先述のとおり、ロボット支援下手術の強みは、人の手以上に自由に動く操作性の高さにあります。これにより、従来の手術(腹腔鏡下手術など)よりもエコー装置の操作も安定して容易になります。加えて、術中の画面には術野(手術中の視野)と合わせて3Dシミュレーションとエコーの画像を同時表示させる機能がありこれを用いて精密なナビゲーションの手法を実現しております。自由度高く動かせる操作性と、情報がひと目で分かる画面が掛け合わさることで、切除すべき血管を見つけ出し、スムーズに処理し複雑な血管温存郭清手技を行うことができます。

直腸のうち最も肛門近くにある下部直腸の周辺には、肛門挙筋という肛門を支える筋肉や、内肛門括約筋、外肛門括約筋という肛門の周囲を締める筋肉があります。特に肛門を支える肛門挙筋や肛門を自分の意志のもとに締める機能を持つ外肛門括約筋を切除すると、高度の便失禁が出現し基本的に排便機能の維持が著しく困難になるため、永久人工肛門の造設が必要となります。

ただし、直腸や肛門管に近い部位の進行がんであっても内肛門括約筋までの浸潤にとどまるがんであれば、内肛門括約筋と外肛門括約筋の間を切開して、直腸と内肛門括約筋を切除する手術で肛門を温存できる場合があります。これを“括約筋間直腸切除術”と呼びます。

内肛門括約筋は自分の意思では動かせない筋肉で、内肛門括約筋を切除しても外肛門括約筋が残っていれば肛門を締める機能をある程度保つことができます。難易度の高い手術ですが、当科では周囲へのがんの広がりの有無をMRI検査で精密に評価したうえで括約筋間直腸切除術を行っています。事前準備やシミュレーションが非常に重要な手術といえます。

肛門管に近い進行がんで肛門温存を強く希望される場合にはこの手術に先立って化学放射線療法でがんを縮小させることが必要となってきますが、放射線の影響で肛門を締める機能が弱まり、手術後の排便にはよくない影響を及ぼす可能性があるためその点を十分理解して治療を受けていただく必要があります。また放射線治療には頻回な通院が必要で、手術まで準備期間として数か月を要します。そのため、放射線治療でがんを縮小させなくても十分な効果が期待できる場合など、放射線治療をせずに手術を行うこともあります。

いずれにしても、治療の流れを事前に丁寧に説明し、患者さんの希望や生活スタイルに配慮しながら、病気の状態に応じたオーダーメイドの治療を提供することを大切にしています。手術は、再発リスクを最大限に低くするという大前提のもとで、いかに機能を残すかの闘いだと考えています。患者さんには医師の説明をよく聞き、その特徴を十分に理解して納得していただいたうえで手術に臨んでいただきたいと思っています。

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