特発性大腿骨頭壊死症は国の難病指定も受けている希少性の疾患です。骨が壊死し、骨折や圧潰を招くこの疾患はどのように診断され、治療されるのでしょうか。本記事では現在の診断方法、治療方法について、また現在研究されている最新治療についても、前記事に引き続き大阪大学運動器医工学治療学寄附講座教授の菅野伸彦先生に詳しくお伺いしました。
特発性大腿骨頭壊死症の基礎知識として症状や原因、有病率などについては記事1『骨が壊死する難病「特発性大腿骨頭壊死症」とは?突然の股関節の痛みに注意』をご覧ください。
特発性大腿骨頭壊死症は視診では発見できない疾患のため、診断には検査を行います。特発性大腿骨頭壊死症を診断できる検査方法は下記の通りです。
<特発性大腿骨頭壊死症を診断する主な検査方法>
・X線検査
・MRI
・骨シンチグラム
・PET
・生体検査
上記の検査方法のなかで、最も多く行われているのはX線検査で、症状がでている進行した時期にはX線検査だけでも特発性大腿骨頭壊死症の診断が可能なことが多いです。しかし、まだ発症初期のX線で骨頭圧潰が明らかでない時期にはMRIがよく用いられます。更に早期の症状のない時期でもMRIで診断ができることがあります。
しかし、腫瘍など他の疾患と判断がつかず鑑別が必要な場合、ごく稀に骨組織を一部採取し顕微鏡でみて診断する生体検査を行うこともあります。
記事1『骨が壊死する難病「特発性大腿骨頭壊死症」とは?突然の股関節の痛みに注意』では特発性大腿骨頭壊死症の危険因子として下記を挙げました。
<特発性大腿骨頭壊死症の危険因子>
・ステロイドホルモン剤を短期でも1日15mg以上服用していたことがある
・日本酒に換算して2合以上の飲酒を10年以上習慣的に行なっている
・喫煙
上記のような危険因子に該当する方で、股関節からふとももにかけて違和感を感じたら、一度、整形外科にてMRIの検査を受けられることを推奨します。特にステロイドホルモン剤を1日最大30㎎以上長期間服用した方は、治療開始から1年後に症状がなくても一度MRI検査を受けておくと安心でしょう。
特発性大腿骨頭壊死症の治療は、壊死の範囲(病型)、関節変形の度合い(病期)によっても選択が変わります。そのため特発性大腿骨頭壊死症の研究班では病型および病期分類を作成し、これに従って治療方針を定めています。
特発性大腿骨頭壊死症の治療方法は大別すると下記の通りです。
<特発性大腿骨頭壊死症の治療方法>
・人工関節(手術)
・骨きり術(手術)
・骨移植術(手術)
・保存療法
上記4種類の治療方法のうち、最も選択されることの多い治療方法は人工関節の挿入です。特発性大腿骨頭壊死症の人工関節治療には2種類あり、骨頭の部分だけを挿入する「人工骨頭」と関節全体を入れ替える狭義の「人工関節」とがあります。
人工関節は特に壊死範囲が広く、大腿骨頭の80%以上が壊死している患者さんに行われます。手術時には壊死している部分の骨をきりとり、そこに人工関節を挿入します。
人工関節挿入のメリットは、他の治療方法と比べ回復までにかかる時間が短く、確実に回復し、社会復帰が早いということです。特発性大腿骨頭壊死症の場合、30〜40代など比較的若く働き盛りの患者さんに好発する疾患なので、早期の社会復帰が見込める治療方法は大変喜ばれます。
また近年の人工関節は性能が上がっており、一度挿入すると脱臼などの恐れもほとんどなく、本人も手術をしたことを忘れるくらい活動的に行動できるようになりました。
人工関節挿入のデメリットは、人工関節そのものに寿命があることです。現在の人工関節の寿命は少なくとも20年といわれています。特発性大腿骨頭壊死症の患者さんの多くは30〜40代に手術を受けるので、現在さらに人工関節の寿命はのびているものの、ひとの寿命が更に延びれば人工関節が先に極度に摩耗したり、破損して、新し人工関節に入れ替える再手術が必要となるかもしれません。
しかし人工関節手術の精度向上により、昔は10年といわれていた寿命が今では最低でも20年、なかには30年耐久する患者さんもいらっしゃいます。このまま技術が向上していけば、人工関節の寿命が50年を超える時代も来るかもしれません。
壊死した骨の吸収が始まり、大腿骨頭が圧潰すると痛みが生じます。しかしそれでも壊死の範囲が広くない場合には、人工関節を入れず、骨きり術といって自身の骨を切って形を整え、痛みを取り除くこともあります。
骨きり術は壊死によって骨が変形し痛みが生じている場合に、骨を切って組み換え、体重の負荷がかかる部位に健康な骨を持ってきて形を整えます。つまり壊死している部分を負担のかからないところに移動するような術式です。
このような複雑な手術であるため、骨きり術は整形外科のなかでも専門的な分野とされ、行える医師、施設が限定されてしまいます。また患者さんの適応としましても、健康な骨が十分になければ行えないため、壊死の範囲が比較的狭い方に限られます。
骨きり手術の適応よりもさらに壊死範囲が狭い場合には、骨移植術を行うこともあります。骨移植術とは、壊死した骨を掻き出して空洞を作り、そのなかに骨盤などから削り取った健康な骨や人工骨を詰め込んで再生を促すという治療方法です。
人間の骨は常に新陳代謝によって作られ、吸収されることを繰り返しています。健康な骨が折れたり、損傷したりすると「骨折した!」という信号がでて、患部の骨を作る力が活発化します。骨移植術はこの力を利用して壊死部の骨を蘇らせる治療方法です。
しかし、問題点としては骨の再生には時間がかかるため、壊死の範囲が広いと移植してもうまく再生しないということです。特に大腿骨頭は常に体重の負荷がかかる部分であるため、壊死範囲の限られた患者さんにのみ有効な治療方法といえます。
特発性大腿骨頭壊死症のなかには、ごく稀ですが壊死範囲が狭く、自然に骨が再生し治ってしまうケースもあります。このような患者さんには保存療法といって、一時的な安静と痛みを取り除く鎮静剤を処方し、経過をみます。
特発性大腿骨頭壊死症は危険因子としていくつかわかっていることはあるものの、原因のわからない場合もあり、今のところ100%予防することはできません。しかし、飲酒・喫煙などの生活習慣がリスクを高めることは明らかなので、心当たりのある方は今一度見直されるのもよいでしょう。
またステロイドホルモン剤を服用されている患者さんの場合、この疾患の予防のために服用を控えたり、量を減らしたりすることはせず、不安なことはかかりつけの医師に相談するようにしましょう。
現在東京大学・京都大学・岐阜大学、そして大阪大学が手を組み、特発性大腿骨頭壊死症の最新治療として、早期発見のかなった患者さんに対する治療方法を研究しています。特発性大腿骨頭壊死症は今まで早期発見できたとしても、骨折・圧潰する前にできる具体的な治療がありませんでした。そのためこの研究では、症状がまだない、骨折・圧潰のない初期の患者さんを対象に、壊死を事前に治せる治療方法を模索し、研究しています。
この研究で現在注目されているのが血液再生因子である「ベーシックFGF」という成分です。この成分を患部に注入することで、従来の骨の再生能力に加え、さらに強く骨の再生が促されることを期待しています。すでに臨床試験も行なっており、まだ骨折・圧潰のない壊死部にドリルで小さい穴を開け、そこに「ベーシックFGF」を注入しています。
現在すでに臨床試験としての治療は終了しており、今は患者さんの経過を観察しながら結果が出るのを心待ちにしています。この臨床試験が将来的に特発性大腿骨頭壊死症の早期治療に生かされることを望んでいます。
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