特発性大腿骨頭壊死症は、血液が行き渡らなくなることで骨が壊死し、そこが突然に骨折して、股関節が痛くなる希少疾患です。現在(2017年)、国の難病にも指定され、原因究明や治療方法などさまざまな側面から研究されています。
今回は特発性大腿骨頭壊死症の基本的な概要や原因について厚生労働省難治性疾患政策研究事業において特発性大腿骨頭壊死症調査研究班長も務めておられる大阪大学運動器医工学治療学寄附講座教授の菅野伸彦先生にお伺いしました。
特発性大腿骨頭壊死症とは、骨の一部である大腿骨頭の血流が悪くなることによって壊死し、最終的には壊死部の骨折や骨頭の圧潰を起こす疾患です。大腿骨頭は、股関節にある大きなボール状の骨のことを指し、骨盤と大腿骨をつなぎ、上半身の体重を支える役割をしています。
骨は他の臓器などと同じく、血液によって栄養を与えられています。そのため血流が何らかの理由によって滞ると、心筋梗塞や脳梗塞と同じように、血流が骨に行き渡らなくなり、骨が死んでしまうのです。
「壊死」という言葉を耳にすると、糖尿病患者さんの「壊疽(えそ)」のように体の一部が腐り、切断しなければならないといったイメージを抱く方も多いかと思います。しかし、骨の壊死はこのイメージとは異なります。
骨は新陳代謝を繰り返し、日々吸収され、新たに作られています。しかし骨が壊死すると骨が吸収されたきり再生されず、結果その部分の骨が脆くなって、骨折や圧潰を引き起こします。 骨の壊死はすべて体のなかで起きることなので、ばい菌が繁殖して腐敗するようなことはありませんし、そのため足を切断する必要もありません。この疾患を理由に命を落とすということはまずないので、安心していただきたいと思います。
特発性大腿骨頭壊死症は希少疾患で、現在病院を受診している患者さんの数は23,100名ほどといわれています。言い換えれば、およそ10万人に18.2人の割合で発症します。
また国の難病指定も受けており、患者さんは医療費の補助を受けることができます。
特発性大腿骨頭壊死症の発症年齢は比較的若く、基本的な好発年齢は30〜40代といわれています。しかし、近年少しずつ発症年齢に変化が生じており、最近の疫学調査によれば女性の場合60代で発症するケースもあるようです。
特発性大腿骨頭壊死症の症状は、大腿骨頭のある股関節に生じる痛みです。ここでは痛みのメカニズムについて説明します。
何らかの原因で血流が滞り、骨に栄養がいかなくなると、骨が壊死してしまいます。骨が壊死すると、体は「壊死した骨を再生しよう」という指令を出し、壊死した骨を吸収し、再生させようとします。
ご存知の通り、骨は骨折した骨を元どおり直すため、多少の再生能力を持っています。しかし、その再生能力はそこまで強い力ではなく、壊死した骨を100%元どおりにすることはできません。
そのため、一度骨が壊死するといずれ再生が追いつかなくなり、もろくなった骨が体の重さに負けて骨折してしまったり、丸い部分が圧潰して変形してしまい、痛みを伴うようになるのです。
このように長い年月をかけて骨折や圧潰を引き起こす特発性大腿骨頭壊死症の大きな特徴の一つとして、壊死発生から自覚症状が出るまでに長い時間がかかることが挙げられます。ほとんどの場合発生時にすぐ発覚することはなく、痛みが生じて初めて病院を受診し、疾患が発覚します(発症)。実際に痛みが生じるまでには半年〜数年かかるともいわれています。
特発性大腿骨頭壊死症の原因は1つではなく、複数の因子が複雑に絡み合っているといえます。また、がんなどの疾患と同じように、なかには危険因子に全く該当しない方が突発的に罹患することもあります。
ここでは疫学調査の結果などから、現在わかっている危険因子についてご説明します。
まず1つ目の危険因子として挙げられるのが、免疫抑制剤の1つであるステロイドホルモン剤を服用することです。ステロイドホルモン剤は自己免疫が関与している疾患を治療するためによく用いられますが、ステロイドホルモン剤を短期でも1日15mg以上など大量に服用しなければならない場合に、特発性大腿骨頭壊死症に罹患しやすいことが明らかになっています。ステロイドホルモン剤を治療で服用する必要のある患者さんの一例は下記の通りです。
<ステロイドホルモン剤を治療で服用する患者さんの一例>
・心臓・腎臓などの臓器移植や骨髄移植をする方
・SLE(全身性エリテマトーデス)など膠原病に罹患している方
・小児のネフローゼ症候群 など
ステロイドホルモン剤を服用している方が必ず特発性大腿骨頭壊死症に罹患するというわけではなく、一度、特発性大腿骨頭壊死症に罹患してしまうとステロイドホルモン剤の使用を中止しても治ることはないので、特発性大腿骨頭壊死症はステロイドホルモン剤の副作用というわけではなく、あくまで危険因子の1つです。
また、ステロイドホルモン剤は臓器移植の場合など一生飲み続けなければならない患者さんもいますが、長期的に服用したからといって特発性大腿骨頭壊死症に罹患しやすくなるということはありません。むしろ、特発性大腿骨頭壊死症を発症する方はほとんどがステロイドホルモン剤服用から6週間くらいで壊死が発生するといわれており、服用から1年経過しても発生しない場合、その後何年ステロイドホルモン剤を服用し続けても発症しない方がほとんどです。
またステロイドホルモン剤によって特発性大腿骨頭壊死症が発症した場合、うち60%はほぼ同時期に両骨頭共に壊死してしまいます。残り40%の患者さんは片足のみの壊死で、よほど他の危険因子がない限り、遅れてもう片方にも発生してしまうということがないのも特徴です。
しかし、後に述べるような飲酒・喫煙など、発生のリスクを高めるような生活習慣のある方ですと、後にもう片方の足にも壊死が及んだり、膝や肩など別の部位で骨の壊死が起こったりするケースもあるため注意が必要です。
ステロイドホルモン剤使用による特発性大腿骨頭壊死症の罹患率は、免疫抑制剤の進歩により徐々に軽減されています。20年ほど前は腎臓移植後10%が特発性大腿骨頭壊死症に罹患するといわれていましたが、現在ではかなり減少し、その確率は数%以下となりました。SLEなどの膠原病でも、発生率が低下してきています。
また、習慣的な飲酒や喫煙が特発性大腿骨頭壊死症のリスクを高めることも明らかになっています。特に飲酒は強い危険因子として知られており、日本酒に換算して2合以上のお酒を毎日飲んでいる方は、そうでない方と比較して2.8〜13.1倍、喫煙で1.6〜10.3倍も特発性大腿骨頭壊死症に罹患しやすいといわれています。
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