普段、いわゆる「病気知らず」の体で元気に過ごしていた人が、数日間風邪のような症状を訴えたあと、突然重い胸の症状に襲われる。このような心臓の病気を引き起こすひとつの原因に「心筋炎」があります。
心筋炎は心不全や重度の不整脈を引き起こし、時には健康であった人を急激に死に至らしめることもある病気ですが、一般にはなじみのない病気のひとつかもしれません。本記事では心筋炎とはどのような病気なのか、東京医科大学循環器内科学分野 兼任講師の渡邉雅貴先生にお話しいただきました。
「心筋炎」とは、心臓の筋肉(心筋)に炎症が発生した状態のことを指します。正常時に心臓が収縮と弛緩を絶えず繰り返す「心臓のポンプ作用」は、この心筋によって起こります。
この心筋に炎症が及んでしまうと、心臓のポンプ作用が低下し、全身に必要な血液量を送り出すことができなくなる「心不全」や、「心ブロック」、「致死的不整脈」といった生命にかかわるリズム異常を引き起こすことがあります。
心筋炎は、慢性・急性・劇症型・拡張型心筋炎類似型などに分類され、この中でも「急性心筋炎」が最も多くみられます。急性心筋炎と劇症型心筋炎には明確な区分は存在していません。急性心筋炎のなかでもショックを伴い致死的なものを劇症型心筋炎と呼びます。
劇症型心筋炎は非常に短い時間の中で症状が悪化し、薬物治療だけでは事足らず、補助循環装置などが必要になるまでに深刻化するものを指します。しかし、かつて劇症型心筋炎と呼ばれていた心筋炎であっても、現在は治療レベルが向上して急性心筋炎に分類されることもあります。また、日本では急性心筋炎と呼ばれる心筋炎が、海外では劇症型心筋炎といわれることもあります。
このように、急性心筋炎と劇症型心筋炎は常に隣り合わせであるということを踏まえていただいたうえで、本記事では、心筋炎について知識を深めていただくために、急性心筋炎・劇症型心筋炎と言葉を分けて詳しく解説していきます。
急性心筋炎は心筋にウイルスなどが感染することにより発症する病気で、風邪のような症状(かぜ様症状)が3~5日続いたあと、重い心症状を発症するという特徴があります。ただし、急性心筋炎には期間の定義がないため、上記の3~5日間というのは、たとえば仕事などの社会活動をされている方々が「普段の(数日で治る)風邪とは異なる」と感じ、医療機関に足を向けるまでにかかる期間であると考えていただくのが適切でしょう。
軽い症状から始まるために発見や対処が遅れることもあり、これまで元気に過ごしていた方がかぜ様症状を訴えたあと、突然死に至るケースもあります。「急性心筋炎の予後を決定するのは初期治療である」と言っても過言ではないほどに、初期の適切な対応が重要になる疾患ですが、早期受診や早期診断が難しいために適切な処置が遅れてしまうことも少なくはなく、これは見過ごすことのできない問題といえます。
「このような人が急性心筋炎に罹患しやすい」といった傾向ははっきりしていません。心筋炎自体の発症頻度自体には定まったものはありませんが、人口10万人に対して100名程度発症するとのデータもあります。このデータだけをみると、決して罹患数の多い病気ではありませんが、心筋炎は誰もがかかる可能性がある病気であるということは知っておく必要があります。
とくに免疫システムが構築されていない子どもはより一層の注意が必要ですが、成人で急性心筋炎に罹患する年齢層も多岐にわたるため、誰もが注意する必要があります。冒頭でも述べた通り、普段病院とは無縁な方でもかかる病気であり、これが早期発見が遅れるひとつの原因でもあります。
一般論ですが、このように健康な方の診断の遅れる原因のひとつには、健康な方が病院を受診する際の、ある傾向が関与している可能性があります。それは、本来元気である自分がなぜ体調を崩してしまったのか、ご自身で理由づけしやすい傾向にあるということです。
たとえば、急性心筋炎の初期症状には腹痛や下痢がありますが、若い女性の中には、「今日は生理痛が酷い」といわれる方が非常に多く見受けられます。そこから劇症型心筋炎に陥ってしまった方も、実際にいらっしゃいました。ほかにも、「普段は全く病気などしないので、数日前に生焼けの肉を食べてしまったのが原因だと思います」といったことをいわれる方もいます。この段階で医療者も納得のいく理由と背景がそろってしまうと、早期発見と初期治療の機会を逸してしまうことになるのです。
普段病院に来ない人たちが会社や学校を休んでまで来院されているというときには、我々医師は頭の片隅に「心筋炎」の三文字を留め置いて診察にあたることが大切です。また、病院慣れしていない患者さんに対しては、「胸の痛みなどの胸部の症状や息切れはありませんか?」と答えやすい質問やopen questionで問診を心がけるような状況を作っていくことも重要です。
急性心筋炎の症状の多くは風邪に似た症状が先行して現れます。
これらの症状が現れてから数日後に下記のような症状が現れることがあります。
原因に対する介入治療は重要であり、特に巨細胞性心筋炎と好酸球性心筋炎においては積極的に診断していく意義があります。
急性期の治療においては「血行動態を維持すること」がとても重要になります。補助循環装置などを使い、できるだけ心臓に負担をかけない方法で急性期を乗り切ることが重要です。
体が危機的な状況に陥ると、「炎症性物質」と呼ばれる物質が体内に現れます。これらの物質が暴走を始めると心筋に対して傷害を与えます。炎症性物質の過剰分泌により「心筋機能抑制」が起こり、この抑制の解放のための治療が必要になります。
みやびハート&ケアクリニック 院長、東京医科大学 循環器内科学分野 兼任講師
みやびハート&ケアクリニック 院長、東京医科大学 循環器内科学分野 兼任講師
日本内科学会 認定内科医日本循環器学会 循環器専門医日本集中治療医学会 会員日本心臓病学会 会員日本心不全学会 会員
国民病となりつつある心不全治療のスペシャリスト。劇症型心筋炎をはじめ多くの重症心不全症例の治療経験が豊富であり、東京都健康長寿医療センター循環器内科非常勤医師、ゆみのハートクリニック訪問診療部にも籍を置き、人工心臓から在宅包括心不全管理まで幅広く心不全治療の第一線にて活躍をしている。また、僻地医療にも理解が深く、定期的に離島への循環器診療応援を行っている。要請があればヘリに飛び乗り患者を迎えに行く超行動派。大学病院と在宅医療の架け橋として心不全治療の第一線で活躍する傍ら、世界各国を回り積極的な学術活動も行っている。
渡邉 雅貴 先生の所属医療機関
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