インタビュー

小児重症筋無力症の症状と治療――お子さんならではの特徴、注意点とは?

小児重症筋無力症の症状と治療――お子さんならではの特徴、注意点とは?
稲葉 雄二 先生

長野県立こども病院 神経小児科 部長兼副院長

稲葉 雄二 先生

目次
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小児重症筋無力症は、体を動かそうとするとき、脳から出された指令を神経から筋肉にうまく伝達できなくなる病気です。筋力が弱まり、目や全身にさまざまな症状が現れることがあります。子どもの成長過程で起こるため、心身の発達を考慮しながら治療やサポートを検討する必要があります。今回は、小児重症筋無力症の症状や治療について、長野県立こども病院 神経小児科部長の稲葉 雄二(いなば ゆうじ)先生にお話を伺いました。

小児重症筋無力症とは、一般的に18歳以下に起こる重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)をいいます。重症筋無力症は自己免疫疾患*の1つで、筋肉を動かそうとするときに脳から脊髄(せきずい)、神経を通って筋肉に指令が伝達される過程で、神経から筋肉へのつなぎ目(神経筋接合部)で指令をうまくキャッチできなくなる病気です。

2018年に実施された全国調査では、5歳未満に発症の1つのピークがあり、重症筋無力症発症者全体の2.3%を占めると報告されています。

*自己免疫疾患:免疫機能に異常が生じ、自分の組織や細胞を異物と認識して攻撃する抗体(自己抗体)が出現することによって起こる病気。

正常であれば、神経と筋肉のつなぎ目である神経筋接合部で、神経から指令を運ぶアセチルコリンという物質が筋肉側の受容体にキャッチされます。しかし、重症筋無力症の患者さんの体内では、アセチルコリンが受容体に結合するのを邪魔したり破壊したりする自己抗体(自分の体を攻撃する抗体)が出現し、神経から指令を受け取りにくくなります。そのため、筋肉が十分収縮せず、筋力が低下したり疲れやすくなったりするのです。

前述のように、重症筋無力症の発症には自己抗体が深く関わっています。アセチルコリン受容体に対する自己抗体である“抗アセチルコリン受容体抗体(抗AChR抗体)”が関与しているタイプがもっとも多く、“抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ抗体(抗MuSK抗体)”という別の自己抗体が関与しているタイプもあります。また、どちらの抗体もみられない場合もあります。それぞれのタイプについて詳しく説明します。

抗AChR抗体が関与しているタイプは重症筋無力症の8割以上を占め、小児重症筋無力症でも発症の大きな要因となっています。抗AChR抗体が受容体に付着してアセチルコリンの結合を邪魔したり、受容体の破壊を引き起こしたりして、神経筋接合部における指令の伝達を阻みます。

このような自己抗体の出現にはさまざまな原因が考えられるものの、まだ不明点も多くあります。

感染症などをきっかけに発症する可能性

成人の場合、胸腺腫(胸腺*腫瘍(しゅよう))などの胸腺の異常により抗AChR抗体が出現し、発症の要因の1つになると考えられています。しかし、小児重症筋無力症では胸腺腫がある患者さんは多くありません。

小児では、感染症などをきっかけに自己免疫疾患を発症することが知られており、体外から侵入したウイルスなどの外敵に対して免疫が異常に活性化され、自己抗体ができる可能性が指摘されています。

*胸腺:免疫を調整するリンパ球の成熟を促す部位。

補体の活性化が関与

新たに分かってきた重症筋無力症発症の重要なメカニズムの1つに、補体(外敵から体を守る免疫システムの1つ)の関与が挙げられます。アセチルコリン受容体に抗AChR抗体が付着すると、補体が活性化されて神経筋接合部を攻撃し、受容体を破壊することで、指令の伝達障害を引き起こすと考えられています。

抗MuSK抗体も少数ながら重症筋無力症の発症に関与していますが、小児重症筋無力症ではまれです。なお、このタイプでは補体の関与はほぼみられません。

小児重症筋無力症では、成人と比較すると検査で自己抗体が検出されないことが多くあります。これを抗体陰性(seronegative〈セロネガティブ〉)重症筋無力症といいます。自己抗体の検出感度の問題が一因と考えられていますが、診断を困難にする場合があります。

重症筋無力症は遺伝が原因で発症する病気ではありませんが、重症筋無力症を発症しやすい体質は次の世代に受け継がれる可能性があります。重症筋無力症の起こりやすさに関係する要素の1つにHLA(白血球の型)があり、特定のHLAを受け継ぐと家族内で重症筋無力症を発症する可能性があります。

重症筋無力症には、主に目に症状が現れる“眼筋型”と全身に症状が出る“全身型”があり、患者さんによって症状の現れ方が異なります。

眼筋型の主な症状

小児重症筋無力症の多くが眼筋型です。まぶたを支える筋肉が疲れやすくなり、眠くないのにまぶたが下がってきたり、眼球の周囲の筋肉の疲労により目の焦点が合いにくくなり、ものが二重に見えたりします。

全身型の主な症状

全身型では、手足や体幹、頸部(けいぶ)の筋力低下がみられます。例として、手足の筋力低下が生じると洗髪の途中で腕が疲れてしまったり、階段を上がっている途中で足が疲れて上れなくなったりします。また、飲食物を飲み込む際の複雑な筋肉の動きが難しくなると、飲み込みづらくなって食べ物などが気管に入ってしまい、肺炎に至る可能性も考えられます。さらに、呼吸に必要な筋肉の力が弱まると呼吸困難に陥り、命に危険を及ぼす場合もあります。

重症筋無力症には、起床直後や休息後は症状が出にくく、夕方に症状が出やすくなるなど、1日の中で症状が変動しやすい“日内変動”という特徴があります。また、昨日は調子がよかったのに今日は症状が強いなど、日によって症状が変動しやすい“日差変動”という特徴もあります。たとえば、遠足から帰宅した夕方やその翌日などに症状が出やすくなったりします。

特に幼児期のお子さんは症状を周囲にうまく伝えられません。そのため、ご家族が症状に気付いてあげられるか、あるいは診察で医師が気付けるかが大切なポイントになります。ご家族には、下記のような点に注意してお子さんの様子をよく観察し、診察時に医師に伝えていただきたいと思います。

  • 前年の写真と比較して目の開き具合が変わった
  • テレビを見ているときに顎が前に出る
  • ものを斜めに見ている
  • 以前よりも食事に時間がかかる、むせる
  • 夕方になるとろれつが回らない、鼻声になる
  • 階段を上がっている途中で足が疲れて上れなくなる
  • 洗髪の途中で腕が疲れて十分に洗えていない
  • 幼児期では少しでも歩くと抱っこをせがむ、小学生以上ではすぐに横になりたがる

など

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写真:PIXTA

小児重症筋無力症では、眼筋型が5歳未満で約8割、5~10歳で約6割との報告があり、年齢が低いほど眼筋型が多い傾向があります。また、思春期前に発症した方と思春期以降に発症した方を比較すると、思春期前発症のほうが寛解しやすいとされています。

眼筋型では、特に3歳未満で眼瞼下垂(がんけんかすい)(まぶたが下がる)の重篤な症状があると、後に視力低下や両眼視機能(両目で見る機能)の低下が起こりやすくなるといわれています。

全身型では、階段を上がれなくなるなどの症状で学校生活に支障が出る可能性があります。また、呼吸障害などがある難治例では呼吸のサポートが必要になるでしょう。

小児重症筋無力症が疑われたら、まず症状を確認し、自己抗体検査や神経筋接合部障害を調べる検査を行って診断します。

重症筋無力症の症状の有無を確認します。日内変動や日差変動を伴うという点が診断において重要です。

抗AChR抗体と抗MuSK抗体の測定を行います。

小児重症筋無力症では抗AChR抗体陽性の方が多いものの、いずれも陰性となる方もいます。陰性でも小児重症筋無力症の可能性は否定できず、次の神経筋接合部障害を調べる検査が重要になります。

小児重症筋無力症でよく行われるのは、塩酸エドロホニウム(テンシロン)試験と反復刺激試験です。

塩酸エドロホニウム(テンシロン)試験

短時間で作用する抗コリンエステラーゼ薬(後述)の塩酸エドロホニウムを投与し、眼瞼下垂などの症状の改善度をみる試験です。有用な試験ですが、眼瞼下垂が顕著でないと症状の改善度を判定しづらい場合があります。

反復刺激試験

筋肉を動かす神経に電気刺激を与えて疲労度を調べる試験です。眼筋型ではこの試験で陽性とならない場合があり、陰性でも小児重症筋無力症の可能性が残ります。そのため、全身型は比較的診断しやすいものの、眼筋型で自己抗体陰性の場合は診断が難しくなるケースもあります。

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小児重症筋無力症では、お子さんの運動発達や視機能に影響を及ぼし得る症状を改善し、寛解(症状が落ち着いた状態)に到達することを目標に、下記のような治療を行います。

眼筋型、全身型のいずれも、まずは下記の飲み薬を中心に治療を進めます。眼筋型ではこれにより一定程度の改善を目指し、全身型では後述するほかの治療法を組み合わせて行うことがあります。

抗コリンエステラーゼ薬

アセチルコリンが分解されにくくなる作用のある薬です。アセチルコリンが受容体に結合しやすくなり、脳からの指令が筋肉にしっかり伝達されるため、筋力低下の改善が期待できます。疲れやすさなどの症状を一時的に軽減するための対症療法です。

ステロイド薬

免疫反応の異常を抑え、神経から筋肉への指令の伝達を助けることにより、筋力の回復が期待できます。

免疫抑制薬

免疫反応の異常を抑える薬です。ステロイド薬と併用すれば、ステロイド薬を減量し副作用を抑えることが期待できます。なお、服用中は生ワクチンの接種ができないため、特に乳幼児期は注意が必要です。

主に全身型で行われる治療として、下記の治療法が挙げられます。全身型は症状が全身に及ぶため、眼筋型よりも多くの治療選択肢があります。

血漿浄化療法

人工透析のような装置を使って血液中の自己抗体を除去します。血液の成分を一部入れ替える“血漿交換法”と、病気の原因となる物質を血液中から取り除く“免疫吸着療法”がありますが、免疫吸着療法は抗AChR抗体陽性の患者さんにのみ有効です。

免疫グロブリン静注療法

免疫グロブリンは人の体内でつくられる抗体の主成分です。健康な人の血液から精製された免疫グロブリン製剤を投与し、免疫システムの改善を促します。

胸腺摘除術

胸腺腫がある場合に行いますが、小児重症筋無力症では胸腺腫があるケースは多くありません。なお、難治例では胸腺腫がなくても胸腺を摘除すると症状が改善する場合があり、手術のメリットとデメリットを検討して選択します。

抗AChR抗体陽性の患者さんに有効な治療法です。抗AChR抗体陽性の症例では、補体が活性化されてアセチルコリン受容体を破壊し、神経から筋肉への指令の伝達を妨げると考えられています。補体阻害薬はこの補体の活性化を抑え、受容体の破壊を防ぐ治療法で、難治例で高い効果が期待されています。

さまざまな治療法を紹介しましたが、病気のタイプや型によって治療選択肢が限定される場合があります。特に成長期のお子さんには、治療薬の副作用などによるデメリットと治療効果とのバランスを十分考慮しながら治療を選択する必要があるでしょう。

また、成人の重症筋無力症では無理に寛解を目指さず、できる限り少ない治療で症状を最小限に抑えるという考え方(minimal manifestations)があります。小児重症筋無力症の治療では、運動発達や視機能に影響を及ぼし得る症状を改善して寛解に到達することが目標になりますが、特に思春期のお子さんの難治例については、成人と同様の考え方を持つことが重要でしょう。

女性では、妊娠可能な年齢には妊娠や胎児への悪影響のある薬を使わないよう十分な注意が必要です。さらに、ステロイド薬の副作用には肥満や骨粗鬆症、小児の場合は身長の伸びが悪くなる“低身長”という合併症などがあるため、ご本人の希望に配慮した治療選択が大切です。

治療においては、児童精神科の医師や専門スタッフのサポートが必要になるケースも少なくありません。小児重症筋無力症の症状や治療が心理面にどの程度の影響を及ぼしているか見極めるのは難しく、患者さん自身の特性によってもその度合いは異なります。しかし、小児重症筋無力症に限らず、慢性疾患を抱えているお子さんには、成長の過程でさまざまな心理的サポートが求められているといえるでしょう。

小児重症筋無力症は長く付き合っていかなければならない病気です。症状や副作用についてはご本人やご家族にしか分からないことがあり、学校生活や感染症流行時の対応など心配事もあるでしょう。そのようなときには、些細なことでも主治医に相談してください。もし主治医が遠方にいるなら、近隣のかかりつけ医と連携して疑問や不安に応えてもらえる体制が整っていることが望ましいでしょう。

思春期を迎えると、お子さんが症状を言わなくなったり、薬を飲まなくなったりするケースもあります。そのようなとき、ご家族には、お子さん自身が治療の主役であると自覚し、前向きに治療に取り組めるよう支えていただきたいと思います。

また、治療と学校生活とのバランスも重要です。大切な行事があれば、安全策をとって休むのではなく、細心の注意を払いつつ集団活動に参加するという決断も必要でしょう。お子さんの心身の発達にとって何がベストか、治療にとって何がベターか、主治医と十分相談しながらご本人が納得できる選択を心がけてください。

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小児重症筋無力症の治療は著しい進展の途上にあります。私たち医師も積極的に情報を収集し、治療に生かそうと努めていますので、患者さんやご家族も新たな情報にアンテナを張り、主治医とともに前向きに治療に取り組んでいただきたいと思います。どのような治療にも副作用などによるデメリットはありますが、その点を考慮しながらよりよい治療を選択できる時代になっていくでしょう。まずは情報をキャッチすることを意識してみてください。

発達過程にあるお子さんが小児重症筋無力症であると診断されたら、ご家族はご心配でしょう。しかし、病気の治療と並行して、お子さんの発達を阻害しない環境で育てていくことも重要です。小児重症筋無力症だからといってこの病気のことばかりにとらわれず、お子さんの特性を考慮した治療、サポートを主治医と相談しながら進めていただきたいと思います。

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