インタビュー

クロウ・深瀬症候群(POEMS症候群)とは? 末梢神経障害をはじめ全身に多彩な症状をもたらす

クロウ・深瀬症候群(POEMS症候群)とは? 末梢神経障害をはじめ全身に多彩な症状をもたらす
桑原 聡 先生

千葉大学 脳神経内科 教授

桑原 聡 先生

この記事の最終更新は2017年06月12日です。

クロウ・深瀬症候群は形質細胞(リンパ球の一種であるB細胞が成熟してできたもの)の増殖によりVEGF(血管内皮増殖因子)が過剰に産生されることで、末梢神経障害をはじめ、胸水・腹水の貯留、皮膚の色素変化など全身に多彩な症状をもたらす疾患で、国際的にはPOEMS症候群と呼ばれています。クロウ・深瀬症候群は、重症化すると、歩行困難になるとともに、大量の胸水・腹水が心不全腎不全を引き起こして死に至ることの多い病気です。今回は、クロウ・深瀬症候群の発症メカニズムから症状、診断方法について、クロウ・深瀬症候群の研究主導者である千葉大学医学部附属病院脳神経内科長の桑原聡先生にお話を伺いました。

クロウ・深瀬症候群は多発神経炎、臓器腫大、内分泌異常、M蛋白、皮膚症状を主症状とした国の指定難病であり、全国の推定患者数は340人ほどの希少疾患です。報告者であるポーランド人のCrow氏と日本人の深瀬氏の名前をとって、日本ではクロウ・深瀬症候群と呼ばれていますが、国際的には前述した主要症状の頭文字からPOEMS(Polyneuropathy:多発神経炎、Organomegaly:臓器腫大、Endocrinopathy:内分泌異常、M-protein:M蛋白、Skin changes:皮膚症状)症候群といわれています。

発症年齢は40代後半に多い傾向にありますが、10〜80代までの幅広い年代での発症が報告されており、年齢に関係なく起こるといえます。また男性のほうが女性よりも1.5倍多く罹患(りかん)しています。

クロウ・深瀬症候群は体内で形質細胞が増殖し、この形質細胞がVEGF(血管内皮増殖因子)というタンパク質を過剰に産生することで発症します。

形質細胞は本来、体内に入ってきたウイルスや細菌を攻撃するための免疫グロブリンという抗体を産生しているため、体内に形質細胞が存在すること自体には問題がありません。

しかし、形質細胞が異常に増殖することで、血液中のVEGFが正常の3〜5倍、人によっては100倍近くになります。異常に上昇したVEGFが、全身にあらゆる悪影響をもたらします。

なお、形質細胞の増殖がVEGFを産生するメカニズムは未だ解明されていません。

VEGF(血管内皮増殖因子)はその名の通り、血管の増殖を促し、新しい血管を作り出す働きを持ちます。またVEGFは血管透過性を亢進(血管壁を物質が通過しやすくなること)させるため、VEGFが増えると血液中から体内へ水分が漏れやすくなります。この働きが全身の毛細血管に作用することで、全身にあらゆる症状をもたらすのです。

クロウ・深瀬症候群の患者さんの約半数に末梢神経障害が現れ、四肢の先端が痺れたり、力が入らなくなってきたりします。

またVEGFの作用により、全身の毛細血管から水分が漏出することで、胸水・腹水が貯留し、全身に浮腫(むくみ)が生じます。また、血管の増殖が起きることによって、血管腫(皮膚が盛り上がる症状)も出現します。

そのほか、皮膚の色や体毛が濃くなることもあります。

クロウ・深瀬症候群の胸水レントゲン写真
胸水レントゲン写真 桑原聡先生ご提供
クロウ・深瀬症候群の血管腫症状写
血管腫症状写真 桑原聡先生ご提供
クロウ・深瀬症候群の浮腫症状写真
浮腫症状写真 桑原聡先生ご提供

これまで述べてきたことからわかるように、クロウ・深瀬症候群の特徴は、特定の臓器に症状が出ないことです。そのため最初に受診する診療科も患者さんによって異なります。クロウ・深瀬症候群は希少疾患であるうえに、特定の分野の疾患ではないので医師の間の認知度も低く、早期の診断が非常に難しい病気であるといえます。

クロウ・深瀬症候群が重症化すると、全身に障害が及びます。約半数の患者さんは発症後2年以内に病状が進行して、末梢神経障害(多発神経炎)により歩行ができなくなるといわれています。

また、胸水・腹水の多量貯留による全身の浮腫で人相までもわからなくなってしまう方もいます。末期になると、胸水・腹水が肺などの臓器を圧迫して呼吸不全となります。

また血液内に水分があることで保たれている血圧も、血管から水分が漏れて保つことができなくなり、低血圧からショック状態に陥ります。そして心不全腎不全など、あらゆる臓器が機能しなくなり、この状態まで進行すると命にかかわります。

このようにクロウ・深瀬症候群は急速に症状が進行、重症化しやすい特徴があります。

しかし、先にも述べたように医師の間でも認知度が低い病気であり、患者さん自身も日常生活に支障をきたさないような皮膚などの初期症状では受診をしない方も多く、診断や治療が遅れてしまいがちです。この点が、クロウ・深瀬症候群における問題点だと考えます。

クロウ・深瀬症候群の診断では、検査によりどのような症状が現れているかを確認し、以下の3つのカテゴリーに分類します。

Definite:大基準を3項目とも満たしかつ小基準を1項目以上満たす者。

Probable:大基準のうち末梢神経障害(多発ニューロパチー)と血清VEGF上昇を満たしかつ小基準を1項目以上満たす者。

Possible:大基準のうち末梢神経障害(多発ニューロパチー)を満たしかつ小基準を2項目以上満たす者。

 

大基準:多発ニューロパチー(必須項目)

血清VEGF上昇(1000 pg/ml 以上)

M蛋白(血清または尿中M蛋白陽性)

小基準:骨硬化性病変、キャッスルマン病、臓器腫大、浮腫、胸水、腹水、心嚢水、内分泌異常(副腎、甲状腺、下垂体、性腺、副甲状腺、膵臓機能)、皮膚異常(色素沈着、剛毛、血管腫チアノーゼ、爪床蒼白)、乳頭浮腫、血小板増多

 

参考:厚生労働省 平成27年1月1日施行の指定難病 「クロウ・深瀬症候群 概要、診断基準等」

クロウ・深瀬症候群の診断の大きなポイントは、VEGFの上昇です。これは血液検査を行うことで測ることができます。また、診断基準の小基準となっている症状の多くはVEGFの上昇により起こるものです。

末梢神経障害とVEGFの上昇を認め、かつ小基準の項目にある症状が確認できたらほぼ確定診断となります。

桑原聡先生

クロウ・深瀬症候群と同じく形質細胞の増殖が原因となる病気に「多発性骨髄腫」があります。

この形質細胞は骨髄採取によって肉眼で確認することができますが、多発骨髄腫の形質細胞は癌であることから、見た目からして悪性であることが一目瞭然です。

一方、クロウ・深瀬症候群の形質細胞は良性であり、一見するといわゆる「善人」の顔をしているのです。しかし、みえないところでこの形質細胞はVEGFを産生し、全身に症状を及ぼします。

多発性骨髄腫の形質細胞は悪性であることから、大量化学療法など強力な治療法が進歩してきましたが、クロウ・深瀬症候群の形質細胞は良性であるうえに、1996年以前はVEGFの存在すら発見されていなかったため、標準的な診断や治療法の確立が遅れてしまいました。

そのため、1980年代は多発性骨髄腫の平均生存期間が5〜6年であることに比べ、クロウ・深瀬症候群は約3年と予後が不良な疾患だったのです。

しかし、クロウ・深瀬症候群の研究が進むにつれて多発性骨髄腫にならった治療法が有効であることがわかってきました。引き続き記事2『クロウ・深瀬症候群(POEMS症候群)の治療 サリドマイドによる新規治療の確立に向けて』ではクロウ・深瀬症候群の治療の変遷と新規治療についてお話しいたします。

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