治療前の子の顔も、亡くなった子の顔も、一生忘れない

「治療前の子の顔も、亡くなった子の顔も、一生忘れない」

患者さんの人生のために全力で手術する根本慎太郎先生のストーリー

大阪医科大学附属病院小児心臓血管外科診療科長

根本 慎太郎 先生

心臓という、人の命に関わる臓器を治すために

心臓を治すことは、人の命を治すことにつながる―。「人に関わり、人を治したい」という思いから新潟大学医学部に進学した私は、人の生命に直結する「心臓」に興味を持つようになりました。

一時期、循環器内科を志望した時期もありましたが、心臓弁膜症や心筋梗塞、先天性心疾患の心奇形などを「解剖学的問題を治せる」のは外科医だけであることを知り、心臓外科の道に進むことを決めます。

新潟大学を卒業した私は心臓外科医としてのトレーニングを積むべく、東京女子医科大学日本心臓血圧研究所の門を叩きました。その理由は、東京女子医科大学の風通しの良さとそこで働く若手医師の表情にありました。

東京女子医科大学は学閥なしに外部の卒業生を歓迎しており、年齢や出身校に関わらず全員にチャンスが与えられます。若いうちから様々なことに挑戦できる環境で、若手医師の方々が働く姿は非常に生き生きとしており、輝いていました。この光景を見て「ここで心臓外科のトレーニングをしよう」と強く心に決めたのです。

妥協はしない。あえて険しい道に進む決意

東京女子医科大学でのトレーニング期間中は、成人の心臓外科と小児の心臓外科を交互にローテートしました。目の回るような6年間の修行の日々を終えた7年目、成人と小児どちらを専門にするか決める時がやってきました。

成人の心臓を専門にする場合は、小児よりもキャリアプランが明確です。診療ガイドラインや治療法が明確に定まっており、患者数も多いので、実際の臨床現場で豊富な経験を積むことができます。一方小児の心臓を専門にする場合、さらに数年間のトレーニングと勉強が必要になります。また、小児の心疾患を扱う病院が少ないため、小児心臓外科になった場合、将来の自分自身のキャリアが成人の心臓外科よりも見通しづらくなってしまいます。

こうした理由もあり、当初はシンプルでわかりやすい成人の心臓を専門にしようと考えていました。しかし、「心臓外科医として手術をできない領域が残ったままでいいのか?」という問いかけが頭をよぎりました。

医師の世界では、7年目はまだまだ未熟な存在です。「せっかく心臓外科になったのだから、難しい小児の心臓のことも勉強して、自分が手術できる領域を広げたい」。そして31歳の私は、茨の道を進む覚悟で小児の心臓を専門にする決心をしました。

ちなみに、小児の心臓を扱う領域は想像以上に険しい道でしたが、今では本当にこの道を選んでよかったと思っています。

執刀医として、すべての責任を持つ覚悟で臨む

外科医となって最初に執刀した手術は、心房中隔欠損症という疾患を持つ16歳の女の子でした。初めて自分が執刀する手術で緊張していたこともあり、何をどうやって手術を終えたのか、あまり鮮明な記憶はありません。

ただひとつはっきり覚えているのが、その女の子の乳房が1ミリもずれないように極力注意して切開箇所を縫合しようとしたこと。ご存知のように16歳という年齢は、胸が傷つくことにもっとも抵抗がある時期です。

病気が治っても、手術による傷が心にダメージを与えてしまっては意味がありませんから、当時の私は彼女の気持ちに必死に寄り添おうとしていたのでしょう。その手術は無事成功し、私の小児心臓外科医としての道を一歩踏み出した瞬間でした。

教授として教鞭をとるようになった現在でも、自分が執刀医として手術台の前に立つときには当時の気持ちを忘れず、強い責任を感じます。執刀医はその場で起こったすべての責任を負う立場ですから、その覚悟で挑まなければなりません。

最初の手術から二十年以上経ち、私も数多くの手術を経験してきましたが、ふと思い出すのは成功したケースではなく、うまくいかなかったケースです。もちろんすべての患者さんを治せるわけではなく、手術をしても残念ながら亡くなってしまう患者さんもいらっしゃいます。

手術を説明するときの子どもの顔、病棟で遊んでいたときの顔、亡くなった顔。自分が執刀し、残念な結果に終わった患者さんの全員の表情は鮮明に覚えています。おそらく、一生忘れることはないでしょう。

手術がうまくいかなかったときは、何がよくなかったのかをチームミーティングで徹底的に考えます。「あのときこうすればよかったのか」「あの1ミリの判断が悪かったのか」などを話し合った後で病理解剖の結果も参考にしながら、原因を追究したうえで、ご家族にすべての事実をお伝えしています。

病理解剖を行っても何がよくなかったのかわからない場合もありますし、自分の力では回答が出せないこともありますが、手術は結果がすべての世界。終わった後には必ず反省とその共有をすることが外科医の果たすべき責務だと考えています。

医療とは、人と人との対峙

実は私自身も、次男を病気で亡くしています。長年医師として多くの子どもを治療してきたのに、自分の子どもには何もしてあげることができず、自らの無力さを痛感しました。しかし、この経験があるからこそ、親御さんがどのような気持ちでいるかを知っているつもりです。

手術はあくまでも人間が人間に行う行為です。手術は人の手で行われるものですから、奇跡も神業も天才外科医もあり得ませんし、人である医師が人の命を判断してはなりません。医師は治療者としてその人の生死に関わるとはいえ、その人を無理やり生かしたり、勝手に治療を放棄する権利はありません。

小児心臓外科医に必要なことは、何よりも人間として患者さんに対峙する心です。人はごまかすのが上手な生き物で、自分にはつい甘くなりがちですが、小児心臓手術は自分に甘い医師がやれる仕事ではありません。

もちろん私自身も完璧な人間ではなく、ましてや神の手を持つわけでもありません。ただ、病気の子どもを持つ親御さんは、「何とかこの子を助けてほしい」という切実な思いで医師のもとを訪れます。ですから我々にできることがあるならば、全力で治療を行います。

もしもその家族に未来をもたらし、その家族が幸せになれるならば、私は全力で手術を行い、子どもたちの人生に貢献したいと思っています。

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