DOCTOR’S
STORIES
臨床・研究の両側面から心不全の予防と治療に力を尽くす岸拓弥先生のストーリー
父は私が幼い頃に他界し、母子家庭で育ちました。経済的には苦しい子ども時代でしたが、常に前向きで明るい母のおかげで、勉学に励むことができました。父の顔はほとんど覚えていませんが、バイオテクノロジーの研究に携わる仕事をしていたことの影響で、幼い頃から漠然と「白衣に対する憧れ」を抱いていました。とは言え、高校1年生までの将来の夢は数学者になることで、夢を叶えるために数学の勉強ばかりしていましたし、それまで医師になりたいと考えたこともありませんでした。
ところが、ある日たまたまテレビで人体の構造と機能に関する特集番組を見て、「医学ってこんなに面白いのか!」と、私はすっかり医学の魅力にとりつかれてしまいました。そして、「人体の不思議を解明する研究医になりたい」と決意した私は、医学の道を志すことに決めたのです。
その後九州大学医学部へ進学し、4年生までは研究医になることを意識して勉強を続けていましたが、臨床講義で故・竹下彰先生(九州大学循環器内科学教室名誉教授)の授業を受けて、その考えが変わりました。
竹下先生は哲学的な観点で医療の在り方を考える先生で、その授業のなかで「医療は、人の人生をいかに輝かせるかを考えてその人のサポートをしていく、人と人とで紡ぎだす芸術のようなものです」とお話しされました。私はその考え方に感動し、その感覚をもっとも体感できる臨床をやってみたいと思うようになりました。
九州大学病院で臨床研修ののちに大学院に進学し基礎研究を行いましたが、早く臨床に戻りたい思いで懸命に研究を行い、3年で学位を取得して早期卒業したのちに、麻生飯塚病院(現・飯塚病院)に赴任しました。筑豊地区40万人口圏の医療を支える病院であり、救命救急センターには毎日多くの患者さんが救急車で運ばれてきました。私は循環器内科医として虚血性心疾患や心不全の急性期から慢性期まで幅広く治療を担当していましたが、毎日絶えることなく心臓の病気で苦しむ患者さんが運ばれてきました。なかには、入退院を繰り返す方や、懸命に治療を行ったけれど救命できなかった方もたくさんいらっしゃいました。そのような人の命と向き合う日々の中で、私の心には「病気の治療とは一体何なのだろう?」という思いが芽生え始めていました。
当時、現状の治療の在り方に特に疑問を抱いたのが、心不全の患者さんを診ているときでした。重症心不全の患者さんを詳しく検査してみると、以前から「高血圧」という診断を受けていたという方が少なくありませんでした。また、急性心不全における医療はかなり発展してきており、心臓がうまく動かなくなってしまった重症心不全の患者さんを、急性期からある程度まで回復させることは可能になった一方で、心臓は一見まだ正常に動いているけれど、慢性的な生活習慣の乱れが原因で高血圧や糖尿病などのリスクを持ち、心不全を繰り返す方もいます。
このように、さまざまな心不全の患者さんを診ていて、「心不全がひどくなる前に予防することはできないか。そもそも、どうして心不全は起こり、なぜこれほど多くの方が心不全になるのかを解明したい」と思うようになりました。ちょうどそのタイミングで、九州大学循環器内科から再び九州大学病院へ異動の連絡がありました。
九州大学病院に戻ってからは、引き続き心臓移植を含めた重症心不全の治療やカテーテルアブレーションに取り組みました。一方で、私が大学院生のときに取り組んでいた基礎研究(中枢性循環調節)で自分がやり残した問題が依然未解決でした。大学院生のときよりも臨床経験を積んだからこそ見えてきた「心不全の本質的原因とは?」の疑問を解決したいとの思いが強くなり、大学院生時代の研究を仲間達と共に再開しました。そして、2019年9月現在も研究は発展しながら続いています*。
「多臓器連関循環恒常性維持システムのマルチスケール解析」「脳内神経グリア細胞連関による交感神経制御の解明と介入手段開発」他多数
医師としての私の信念は、自分自身が根拠を持って正しいと思える医療を患者さんに提供することです。知識と経験をフルに活用し、全力で目の前の患者さんに向き合いたいと思っています。臨床はもちろん、自分が正しいと信じることであれば、研究や学会活動も常に全力でやり遂げたいですし、ありがたいことに今は、それができる環境と仲間に恵まれています。
最初は基礎医学者を目指し、その後臨床医へ突き進み、両方の世界において全力で取り組むチャンスをいただきました。尊敬できる指導者やたくさんの仲間との出会いは宝物です。現在は基礎研究を中心に学会の広報活動や疾患予防啓発まで活動していますが、いつかどこかで誰かを救うことにつながる研究を行い、すべての人にわかりやすく病気のことを伝えて、一人ひとりの幸せに貢献したい、その根底にある想いは一貫して変わりません。
父は若くして否応なしに研究者の道を断たれました。父の遺品である研究ノートを今でもたまに見るのですが、悔しさ・無念さを感じます。私自身も一時期、臨床・研究ともに自分の思うようにできない時期がありました。そんな辛いときこそ、目の前の患者さんに真摯に向き合い、臨床現場で見えてくる自分の疑問を解明して、世界に論文として発信し、どこかで誰かを笑顔にしたい、という想いをいつも思い返すようにしてきました。
私が解明したいことは、まだたくさんあります。目の前のことに全力で取り組める環境と仲間がいることに感謝し、これからもますます全力で取り組んでいきたいと思っています。
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