医療の世界には、ときにゴッドハンドと呼ばれる手技を持っている医師がいます。それは多くの患者さんを救うであろうし、非常に素晴らしいことだと思います。一方で、私は医療を後世に引き継ぐことに価値があると考えており、ゴッドハンドの世界で成立する医療には疑問符がつきます。
たとえば「医学とは何か?」と聞かれたとき、私は「人が幸福になるための学問」だと答えるようにしています。また「医者とはどういう存在か?」と聞かれれば「手術で人を救うことができ、人が幸福になるための体系付けの学問をする人」と答えるようにしています。これは私が常々恩師から言われてきた言葉であり、私自身もとても大切にしている考え方です。
医学は経験則で語るべきものではないと考えています。医学は、常にそれを説明するための理論が求められます。理論上で統計学的な有意差の証明が積み重なった結果、医療の質が上がり、その治療が広く世間に普及し、そして医療費も低下するのです。
つまり、医者とは単に手術で人を治療し、命を救うだけの存在ではありません。研究を行い、学問を説き、最終的に人々を幸せにする者なのだと私は思います。
大学を卒業し、一年間耳鼻科での研修を終えたのち、私は恩師の勧めで大学院に進学し、研究の道に入りました。
大学院生の私は研究に夢中となり、昼夜を忘れて動物実験に没頭しました。学位論文がIFの高いジャーナルにアクセプトされたときは本当に嬉しかったです。大学院卒業後に始めた腫瘍専門病院での臨床研究、自分の治療成績のデータ化。自然と論文数は増えました。
「この検査をしたらこの病気の正確な診断率が上がる」
研究結果からいろいろな発見を導き証明できたときは非常に嬉しかったものです。
大学医学部の責務は「臨床」「研究」「教育」の3つの柱から成り立つといわれていますが、大学院での基礎研究や大学院卒業直後の地道な臨床研究活動が、医師としての私の根幹になっていると感じています。
「教授はあくまで教育者であり、調整役に務める存在である」
大阪の病院で臨床を重ね、新潟の地で大学教授になった現在、私はこの信条をもとに日々教育と研究に励んでいます。
私も特に関連病院部長時代は一人で耳科手術に邁進した時期がありました。しかし、手術を多く執刀すればするほど「自分だけが技術を伸ばしていてよいのだろうか」という疑問が何度も頭をよぎりました。
手術だけが大事なのではないとはっきり気づいたきっかけは、新潟に来る前、部長として若手医師の指導に携わったときでした。
手術に関してまだまだ知識が浅い若手医師たちに初めて手術の流れを見学させ、メスを握らせ、患者さんを治療させる。今まで間近で手術光景を見たこともなかった医師が自分の指導によって大きく成長し、初めて一人で手術できるようになったとき、私の中にこの上ない喜びがこみ上げてきました。
これをきっかけに、私は自分の技術を高めるだけでなく、自分の技術と知識を後進に引き継いでいくことを真剣に考えるようになりました。さらに、技術ももちろんですが、きっちりと基礎研究を行い、医療を学問として体系化していく。それを後世に引き継いでいくことで、次の世代を育てたいと強く思ったのです。
耳鼻咽喉科医は外科医であり、その腕一本で勝負することこそ外科医のあるべき姿だと考える方もいます。
確かに、一流の外科医がその腕一本であらゆる疾患を治療できるならば、その外科医に手術してもらえる患者さんは幸福でしょう。しかし、その外科医に手術をしてもらえなかった患者さんはどうなるでしょうか。このような属人的な医療は普遍性がないため、すべての人を幸福にすることができないのです。
自分が引退するとき、自分の後を継ぐ人間がいなかったら患者さんはどうなるのか。このことを先読みし、まだ医師として自身が第一線に立っている頃から自分がいなくなった後の担い手を探し、次へと引き継ぐこと。これこそ、外科医の最も重要な役割だと考えています。
医療は人を幸福にする。つまり、医療は「奉仕」なのだろうと思います。
実は私の出身高校がカトリックで、“MAN FOR OTHERS”、「人のために仕えなさい」という校訓を掲げていました。当時は深くその意味を考えたことがありませんでしたが、偶然にも息子が同じ高校に入学したため、再びこの校訓を目にする機会に恵まれました。今になって考えると、まさにこれこそ医師に通じる言葉ではないかと思います。医療とは“MAN FOR OTHERS”の精神に基づく学問であり、医者は治療を通じて人に奉仕を行う。これが、私の考える理想の医療の在り方です。
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