中学生の頃に手塚治虫の『火の鳥』を読んだことがきっかけで、不老不死の薬を作りたいという夢を抱き、医学部を志望しました。宇宙の真理を見つけることは人類には困難だとしても、所詮生物のことなので、私に解決できないはずがないと、信じていました。
しかし、そんな夢はどこへやら、学生時代の私は真面目とはかけ離れた生活を過ごしていました。念願だった慶應義塾大学医学部に合格し、和歌山から東京に移り住んだ私は、華やかな学生生活に浮き足立ってしまいました。また当時、山岳部と剣道部の二つの部活を掛け持ちしていたのですが、部活にも熱中し、勉強は最低限、いやそれ以下しか行わず、留年も経験しました。
それでもなんとか、大学を卒業することができましたが、卒業間際になっても、まだ漠然と不老不死薬の研究がしたいという気持ちが残っていました。卒業とともに基礎の教室へ入って研究者の道に進むことも考えましたが、さすがに相談した親からは「留年しておいて、どの口が言うか」との反応でした。ならば仕方ないと、一旦はその夢を保留し、臨床分野で興味のあることをやろうと思いました。
最近、九州大学 生体防御医学研究所の中山 敬一教授が書かれた、コラムを目にしました。
「世間の職業には、大きく分けて2種類あります。ルーチンワーカーとクリエーターです。(中略)サイエンティストはクリエーターの典型のような商売です。」と書かれてありました。当時、私が卒業前に専門とする科を選ぶ目的で色々な科を回っていた時を思い返してみると、まさにこの中の「サイエンティスト」の代わりに「形成外科医」が当てはまりました。形成外科は他の科と比べて、圧倒的にクリエイティブな診療科だと気づきました。形成外科は他の外科の先生が悪性腫瘍で組織を取った後、あるいは外傷で組織がなくなった後、そこにないものを手術で新たに作り上げる、唯一の科です。臨床分野でありながら毎日クリエイティブな仕事に携われる点に魅力を感じた私は、迷うことなく形成外科への道を歩み始めました。
当時の慶應の形成外科の研修システムでは、形成外科に入局し、1~2年フレッシュマン(新人研修)を行った後、形成外科以外の外科系関連科を2~4年間、学ぶ必要がありました。私は、初期研修を慶應義塾大学で。その後、浦和市立病院(現さいたま市立病院)の外科で4年間修練を積みました。当時の私はとにかく手術が上手くなりたくて、日夜手術の手技が上達するように練習し、イメージトレーニングを行っていました。このため、外科出張では、同年代の医師よりも多くの手術を経験させてもらうことができました。指導医の先生からの評価も高く、外科医として少し自信がついてきた頃、ふと「このまま外科医になるのも悪くないな」という思いが脳裏を掠めました(実は、形成外科にはこういった流れでそのまま外科医になる方が一定数いるそうです)。しかし、このまま引退するまでずっと外科医の仕事を続けられるのか。そう考えたとき、私にはやはり耐えられないと思いました。
外科の研修中、精神的につらかったのは患者さんの死との関わり方でした。主治医制であったので、担当医として関わったにがんの患者さんに対してさまざまな手を尽くして治療を行い、しかし一定の割合でどうすることもできずに、そして最後は死に立ち会う……。何回繰り返しても同じように訪れる、患者さんの最期。終わりのない死との対面。人の最期の大切な時に、次第にそれを心から悲しむことができなくなり、そのくせご臨終に際しては役者のように神妙で悲しそうな顔を作り、最期の時を宣告する。自分の心が乖離するのが判りました。
自分にはやはりルーティンワークは向いていない。常に新しいものを作り出す医師になりたいということで、4年の外科研修が終了した後も、慶應義塾大学医学部形成外科学教室に戻ってきたのです。
現在でも、完成された手術というものは、すべての科を通じて存在しないと考えています。形成外科の場合は、例えば悪性腫瘍で顔を半分取ってしまうような手術が施行され、それに対して、全く左右対象で、表情も自由に動かすことができ、知覚も正常、しかも採取部の変形もないなどという手術法があれば、それは完成された手術といえるでしょう。このような方法は現在では存在しませんが、私はそれらの未解決の世界に向かい、一歩一歩チャレンジしていきたいと思っています。
形成外科の手術は、結果が如実に見た目に現れます。
外科医として、自らの手術手技で患者さんの機能を回復させ、見た目も正常時と寸分違わぬレベルまで持って行けたときの感激と達成感は何事にも勝ります。しかし、不思議なことに、自分では上出来な手術結果だと思ったケースでも、患者さんの満足度が高くないこともしばしばあります。
患者さんにとっては代えの効かない自分の外観。当然、より完璧な結果を求めてこられますし、結果一つに対して感想を抱きます。満足、不満足、もっときれいにしてほしい、もっと整えてほしい。こうした思いに、一つとして同じものはありません。そう、私たち形成外科医は手術で患者さんの姿形を変えると同時に、患者さんの心にも少なからず変化を及ぼしているのだと思います。
「先生、この傷跡、もう少しきれいになりませんか」
大きな変形で、たとえ自分の中では、これ以上ない難度の高い最高の手術ができたとしても、術後、患者さんからこのようなご指摘をいただくことがあります。このようなご意見をいただいたとき、私は嬉しくなります。つまり、患者さんの望んでいる姿と術後の結果が明らかに乖離してしまっているならば、患者さんはむしろあきらめ、何も意見を言葉にされないのではないかと思うからです。ですから、大きな変形を大変な手術をして治した時に、ある意味それ程気にすることもない傷を患者さんが気にされているということは、患者さんが求める理想の形態に近いものを作ることができたのではないかと感じられます。
形成外科として美を追求する姿勢は趣味にも少なからず影響を及ぼしており、料理や絵画鑑賞、ガーデニングなど、その美しさに魅了されたことに関してはついつい没頭してしまいます。
国内外の学会に赴いた際は、近隣の美術館に立ち寄ることもあります。これは自分なりの絵画の見方なのですが、ふらりと入った美術館で見た絵について、必ず頭の中で作品完成の過程をイメージしています。
「この絵の裏には恐らくこういった情景があったのだろう」
「自分だったら、同じ情景をどのように描いただろうか?」
「あ、ここは描けるけれど、ここはこの人みたいには描けない。どんなテクニックを使ったんだろう?」
「この絵を描きながらどんなことを想ったのだろう?」
絵画を鑑賞するとき、こうして絵画の背景や作者の思い、技量まで考えているととても奥が深く、どんどん追求していきたくなってきます。もしかすると、絵画鑑賞で情景や作者のエピソードを想像し、絵の裏側までとことん突き詰めて考える楽しさと、形成外科として美を追求することの喜びは共通しているのかもしれません。このように振り返ると、私は本当に美について考え、美を追い求めることが好きなのだと思います。
「変わっている」といわれることは、昔からしばしばでした。でも、形成外科医になった私にとってこれは褒め言葉です。むしろ変わり者でないと、形成外科医ではないと考えています。
美を意識した手術と並行して、私が長らく没頭し続けてきたのが皮膚の完全再生に関する研究です。浦和市立病院での外科研修時代に参加した抄読会で、胎児にできた傷は瘢痕を残すことなく、完全に再生することについて書かれた海外文献を発表したときからこのテーマにのめりこみ、以来30年近く皮膚再生に関する研究を行い続け、すでにマウスを用いた実験では、傷跡を残さないで皮膚を再生させることに成功しています。
これからは、マウスに効果がみられた研究結果を人間の皮膚治療に活用すべく、徐々にその技術を実医療へと移行していきたいと考えています。いずれ人の皮膚の再生が可能になる日が来るかもしれません。その日を目指し、これからも研究を続けていくつもりです。
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是非メディカルノートを見たとお伝えください!
慶應義塾大学病院
慶應義塾大学大学院医学研究科 皮膚科学 教授
天谷 雅行 先生
慶應義塾 常任理事、慶應義塾大学医学部 外科学 教授、国立がん研究センター 理事(がん対策担当)兼任
北川 雄光 先生
慶應義塾大学 医学部眼科学教室 教授・眼科診療部長
坪田 一男 先生
慶応義塾大学医学部 名誉教授、オトクリニック東京 院長、(株)オトリンク 代表取締役
小川 郁 先生
慶應義塾大学医学部循環器内科 特任准教授/心臓カテーテル室主任
林田 健太郎 先生
慶應義塾大学 医学部 専任講師
新庄 正宜 先生
慶應義塾大学 外科学(小児) 教授 診療科部長
黒田 達夫 先生
慶應義塾大学医学部 リウマチ・膠原病内科 名誉教授
竹内 勤 先生
慶應義塾大学医学部 泌尿器科 教授
大家 基嗣 先生
慶應義塾大学病院 漢方医学センター 医局長
堀場 裕子 先生
慶應義塾大学病院 精神・神経科 専任講師
岸本 泰士郎 先生
慶應義塾大学医学部 血液内科 専任講師
櫻井 政寿 先生
慶應義塾大学 精神・神経科 准教授
村松 太郎 先生
慶應義塾大学 医学部神経内科教授
鈴木 則宏 先生
慶應義塾大学医学部生理学教室 教授
岡野 栄之 先生
慶應義塾大学病院 病院長、慶應義塾大学医学部整形外科学 教授
松本 守雄 先生
慶應義塾大学 循環器内科 専任講師
香坂 俊 先生
慶應義塾大学 循環器内科 教授
福田 恵一 先生
慶應義塾大学病院 専任講師
平田 賢郎 先生
慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 准教授
竹内 啓善 先生
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