一度失いかけた命だから、患者さんに寄り添った医療ができる

東京大学医学部産科婦人科学教室 主任教授
藤井 知行 先生

一度失いかけた命だから、患者さんに寄り添った医療ができる

患者さん重視の医療を心がける藤井知行先生のストーリー

公開日 : 2017 年 06 月 06 日
更新日 : 2017 年 06 月 06 日

産婦人科医とは、日本でも有数の希望にあふれた仕事

「こんなに元気にすくすくと育ちました」

産婦人科医として働いていると、こうしたメッセージがよく届きます。患者さんと、そのお子さんの仲睦まじい写真から幸せがあふれています。

「ああ、自分が関わった人が今こんなに幸せそうにしている!」

そう思うと、これほど嬉しいことはありません。医師をしていてよかったと思う瞬間です。産婦人科医は、人の未来に直接関われる仕事。こんなに希望にあふれる仕事は世の中になかなかないのではないかと思いながら、日々の診療にあたっています。

幼い頃は理科好きの少年

幼い頃は船が好きで、造船業に就きたいと思っていました。医者とはまったく違う分野です。しかし、私が高校生当時は「造船不況」で、造船業が芳しくない状況でした。

私は船が好きでしたが、同時に理科も好きだったこと、風邪をひいて医師にみてもらったときに注射1本ですぐによくなったという幼少時の経験から、高校3年の秋というぎりぎりのタイミングで医学部に志望を変更しました。そして、東京大学医学部に入学したのです。

私の父は教員をしており、我が家は医師家系というわけでありません。実は父も医学部を受験し、無事に合格して通っていた時代があったそうです。しかし、血がどうしてもだめだったため、すぐに退学してしまいました。

そう考えると、私が医師になったことも偶然ではないのかな、と思います。

たった1回のカンファレンスで開けた道

東京大学医学部産科婦人科学教室の教授という立場で後進の教育や研究にあたっている私ですが、もともとは臨床医志望でした。

東京大学では、臨床医であっても、テーマが与えられて臨床の合間にそのテーマを研究します。医師として働きはじめて3年目のころ、私は医局の関連病院に勤務していました。

その際に週1回の臨床カンファレンスがあり、たまたま勉強のために参加したのです。今思えば、このカンファレンスへの参加が運命の分かれ道でした。

この日のカンファレンスは、不育症の患者さんについてでした。

不育症とは胎内で赤ちゃんがうまく育たずに習慣的に流産をしてしまう疾患です。ある研究で、不育症の患者さんにリンパ球・白血球を輸血すると流産を起こさないことがわかりました。また、当時は、カップルが免疫学的に似ていると流産しやすく、大きく異なるカップルは妊娠しやすいともいわれていました。動物でも純血種だと体が弱いですが、雑種だと元気で丈夫な子が生まれやすいというのを聞いたことがある方もいるかもしれません。これがとても面白く感じ、私はもっと研究をしたいと強く思いました。

そして医師として臨床をしながら、どんどん研究にのめり込みました。留学も勧められ、アメリカの大学に留学しました。その研究室ではノーベル賞受賞者が何人もいて「アメリカの研究環境はこんなにすごいのか!」と大変驚いたものです。

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東京大学医学部産科婦人科学教室 主任教授

藤井 知行 先生

東京大学医学部産科婦人科学教室にて主任教授を務める。周産期医学や不育症(習慣性流死産)、産科救急の治療などを専門とし、厚生労働省が行う「母子感染の実態把握及び検査・治療に関する研究班」の代表として、サイトメガロウイルスなどの実態把握や、全国の医師・一般の妊婦さんへの啓発活動に尽力している。

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