治療したらよくなりますよね?

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治療したらよくなりますよね?

難治性病態の解明に挑み続ける桑名正隆先生のストーリー

日本医科大学 大学院医学研究科アレルギー膠原病内科学分野 大学院教授 、日本医科大学付属病院 リウマチ・膠原病内科 部長、強皮症・筋炎先進医療センター センター長
桑名 正隆 先生

医師への憧れではなく、免疫への興味から医学部へ

私は子どもの頃から「医師にだけはなりたくない」と思っていました。それは、消化器内科医として、家庭を顧みることのできない多忙な日々を送る父をみてきた影響です。

医学部への進学を決めたのも、医師への憧れからではありません。きっかけとなったのは、高校生のときに取り組んだ課題です。テーマは「免疫」で、それについて調べるなかで、敵味方を区別して作動する巧妙な免疫のシステムに大きな興味を抱いたのです。

「もっと免疫のシステムを知るために研究したい」

という興味で医学部へと進学します。

なかでも膠原病を専門とすることに決めたのは、たまたま出席した大学の授業がきっかけです。それは、後に入局する慶應義塾大学医学部リウマチ内科の教授であり、恩師となる本間 光夫先生の授業でした。

そこで私は初めて「自己免疫」のことを知ります。本来は体の外部から侵入してくる細菌やウイルスを攻撃・排除するために存在する免疫システムが、自分自身を攻撃してしまうことで生じる自己免疫疾患。そのメカニズムに強い興味を抱いた私は、自己免疫疾患の代表である膠原病を専門とすることに決めたのです。

「治療したらよくなりますよね?」答えられない現実

自己免疫への強い興味から膠原病内科の道に進んだ私ですが、実際に患者さんの担当医として診療に携わるようになった当初は

「大変な道を選んでしまった。」

と少なからず思ったものです。

というのも、膠原病に罹患した20歳代〜30代の若い女性が次々と亡くなっていくシーンに立ち会ったからです。現在と異なり、私が医師になったばかりの頃は、まだ病態の解明が十分進んでおらず有効な治療法が少ないばかりか、治療に使うステロイドの副作用で命を落とす方も少なくありませんでした。

当時は膠原病を専門とする診療科を持つ病院自体が非常に少なく、日本中で数えるほど。慶應義塾大学病院には、日本全国から膠原病の患者さんが押し寄せていました。

今でも、担当した患者さんはすべて覚えています。なかでも、印象的だった患者さんがいます。彼女は20歳代半ばで、お子さんが生まれて半年ほどで膠原病と診断を受けました。重症の肺高血圧症に罹患しており、当時は有効な治療法が無く、余命は1年以内であることは明らかでした。彼女から

「まだ子供が小さいので、早く良くなって退院しないと。治療したらよくなりますよね?」

と尋ねられました。

私は彼女の質問に、きちんと答えることができませんでした。病態もよくわからず、有効な治療法も提案できない当時、患者さんが納得できる説明をする自信がなかったからです。目の前の現実から逃げ、患者さんへ疾患の治療法や予後を正しく伝えてあげることができなかったことを後悔しました。

彼女の病状は徐々に悪化し、結局、1年もたずに亡くなってしまいました。このような膠原病の難治性病態の患者さんたちとの印象的な出会いを通して、私は医師としてある決意を固めます。

「膠原病の難治性病態を克服する」

という決意です。

有効な治療法がない病態の解明に取り組み、診療体系を変えることで、命を落とす患者さんを救いたいと思うようになったのです。

世界を結ぶ絆が財産

難治性病態の解明や治療法の確立には、個人や単施設での研究だけでなく、国際協調による取り組みが必要です。たとえば、北米や欧州で使用が認められている有効な治療法が日本で使用できない場合、患者さんを救えるチャンスをみすみす逃すことになるからです。

そのため、長年精力を傾けている強皮症(きょうひしょう)などの難治性病態に対する新薬のグローバル治験に、日本の施設も参加できるよう積極的に働きかけてきました。

この取り組みによって、日本でも、有効な治療薬が欧米と同じタイミングで使えるようになっています。これを可能にしているのは、私が留学時に築いた大切な人脈です。

1993年〜1996年の間、当時世界最大の強皮症センターがあったアメリカのピッツバーグ大学に3年間留学しました。当時は、日本よりもアメリカの方が医学レベルは高く、最新の診療や医学研究を学ぶことができました。そこで医師としての心得や、全人的医療の重要性を学ぶことができたことは、その後の医師としてのキャリアにとって大変貴重な経験になりました。

さらに、留学から得た一番の財産は、強皮症領域の世界の研究者やエキスパートとの絆です。当時留学先で出会った若い世代あるいはその結びつきで知り合った方々が、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど、今ではそれぞれの国、さらには世界を代表する強皮症のオピニオンリーダーになっています。

国際的な強皮症の分類基準やガイドラインの作成や、治験実施を含めた新薬開発の際にも、世界中の仲間とともに取り組んでいます。

個人にできることには限りがあり、大きな目標を達成する際に大切なものは人と人との信頼関係による協調です。顔をつきあわせて議論できる関係が、医学の進歩に重要な役割を果たすのではないでしょうか。

所見や検査結果をよくすることが医師の仕事ではない

私が恩師と呼ぶべき存在は、膠原病の道に進むきっかけとなった本間 光夫先生と留学時代のメンターであるトーマス・メズガー先生です。この2人の医療人としての姿勢はよく似ています。

留学時代のメンターであるトーマス・メズガー先生と
(写真提供:桑名 正隆先生)

たとえば、こんなことがありました。医師として経験が浅い頃、私は所見や検査結果に重点を置き、教科書に書いてある通りの診療を実践すればよいと勘違いをしていました。

大学生の患者さんを担当したときのことです。治療で状態が改善したことを本間先生に報告し、当時の標準的な薬の調整、入院期間を提案したところ、厳しく注意されたのです。

「状態がよくなったのは確かにいいことだ。しかし、このまま入院を続けると留年することになるかもしれない。この患者さんの人生にとって、それは重要な出来事なはずだ。」というのです。

「なんでそこまで考えられないんだ。」と叱責されました。

私は目の前の症状や検査値の改善や教科書的な記述にばかりに気をとられ、患者さんの背景や長期的な予後、さらには人生にまで考えが全く及んでいなかったのです。

この点は、留学先のメンターであったメズガー先生も同様でした。

「症状や検査結果をよくすることが医師の仕事ではない。その結果として、個々の患者さんの長期の予後を改善し、意義のある人生を全うできるよう手助けすることが医師の仕事である」

今でも恩師の2人からの教えを大切にしています。

患者さんが幸福な人生を送れることが、大きなやりがい

私のやりがいとは、診療によって患者さんが病気のない方と同様の当たり前の生活ができることです。

お話ししたように、私が医師になり立ての頃は、診断から1年も生きることができない膠原病の患者さんが大勢いました。

現在では、病態の解明が進み、治療法の選択肢が増え、専門医による適切な診療を受ければ膠原病で直接命を落とす方はほとんどいなくなっています。それくらい膠原病診療はここ20年で大きく進歩しました。

ただし、命があっても、病気による障害や薬の副作用によって学校、仕事、趣味など社会活動ができなければ、満足のいく治療成績には程遠いことは明白です。ただ単に延命するだけでなく、生活の質を高く維持するとともに、治療の副作用を最小限にする、言い換えれば、病気でない方と同じ人生が送れることが理想です。

たとえば、若い女性が多い膠原病では、結婚、妊娠、出産、授乳、育児、お子さんの成長はとても大きなイベントです。担当している患者さんが無事に出産し、外来受診時にお子さんを一緒に連れてくる姿をみると、非常に感慨深いです。それは、病気や薬の影響で妊娠が許されなかったり、お子さんの成長を見届けることができず、無念のまま亡くなった患者さんをたくさんみてきたからです。

膠原病を専門にしようと決意し、取り組んできた20年余りの歳月。膠原病の難治性病態を1つ1つ克服すべく取り組んできました。状況はずいぶん改善しましたが、まだまだ道半ばで残された課題もあります。

今後も、世界中にいる同じ志を共有する仲間たちと、残された難治性病態の解明とそれらに対する治療の開発を続けていきたいと考えています。

また、治療薬として使われるステロイドの副作用で苦しむ患者さんを少しでも減らすため、ステロイド使用を最小限にする治療を広めていく活動にも取り組んでいきたいと思っています。

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