より広く、より多くの患者さんに貢献したい

DOCTOR’S
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より広く、より多くの患者さんに貢献したい

信念を貫く研究・革新的な教育で形成外科分野を導く松村一先生のストーリー

東京医科大学 形成外科学分野 主任教授
松村 一 先生

呼吸器外科医の父を間近でみて育ち自然と医師を志した

父は大学病院に勤める呼吸外科医で、医師という職業は幼い頃から私の身近にありました。自身の進路について具体的に考え始めた高校時代には、建築家になることも考えていました。現在でも栄光学園高校の先輩である隈研吾先生やオランダ人建築家のレム・コールハースに憧れています。それでも、すぐ近くで父がバリバリ手術や内視鏡治療をこなし、活躍する姿をみて「自分もいつか大学というアカデミックな環境で働く医師になりたい」と考えるようになりました。

形成外科分野はあらゆる疾患を扱うため日々新しい発見がある

医学生時代には、父が呼吸器外科医だったこともあり、自然と外科医を志します。次に診療科を選択する段階で、「ずっと同じような手術をするのはつまらない。毎日違う症例を扱いたい!」と、全身のあらゆる疾患を扱える形成外科を選びました。

実際、形成外科の医師になって30年以上経った今でも、経験したことのない症例に直面することがあります。そんなときには、解剖学の本を読み込み、自身の知識・経験に基づいて手術を実施します。

日々、新しい発見がある形成外科医の仕事。私にはそれが苦にならず、むしろ刺激的だと思えるのですから、やはりあのとき選んだ道は間違っていなかったのでしょう。

研修医時代には医療に真摯に向き合うことを教わった

1987年、国立東京医療センター(現 国立病院東京医療センター)で研修をスタートします。医師になりたての私に、恩師である脳外科医 市来崎潔先生は「医療に真摯に向き合うこと」を教えてくださいました。当時は研修ごとに試験があり、何かひとつでも未完成ならば怒鳴られ、厳しく指導を受けたものです。

一方、臨床での疑問を研究に結びつけることを教わったのもこの頃です。急性脳血管疾患の患者さんの心電図変化に疑問を持ち、市来崎先生に話したことをきっかけに、初めての原著論文を書くことができました。一般的に医師の研修医時代というのは、眼前の課題に追われることが多いのですが、そのような時期に、自ら疑問を持って論文を書ける環境を整えてくれたことに感謝しています。

research of interest(興味を追い求める研究)を貫く大切さを知る

1995年に、アメリカのワシントン大学へ留学しました。上司のローレン・H・エングラフ教授に出会い、肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん:外傷などの治療後に残る傷痕)の研究をスタートさせます。

しかし、困ったことに、研究を開始して1年経っても想定していたような研究結果はまったく得られませんでした。

「このままではまずい。なにかしら留学の結果を残さなければ—」

焦った私は、当時注目を集めていた成長因子の研究に切り替えるのはどうかと、エングラフ教授に相談を持ちかけました。すると彼は私の目をまっすぐにみて、こう口にしたのです。

「松村は research of convenient(手っ取り早い研究)をしたいのか、research of interest(興味を追い求める研究)をしたいのか、はっきりしろ」

私はハッとさせられました。研究課題がいかに難しくとも、最後までやりきらなくてはいけません。小手先で論文を書くことに大きな意味はなく、医学の本質に迫るには、医学と真正面から向き合わなければならないのです。

覚悟を決め、私は自分の研究を最後までやりきりました。私はあの瞬間を、一生忘れることはないでしょう。

エングラフ教授は私をほかの教室員と同様に扱ってくださり、アメリカ社会の仕組みを教えてくれました。私にとって留学時代の経験は、医師としてのターニングポイントでもあり、研究者としての礎を築いた時間でもあります。エングラフ教授は現在すでに教授職を引退していますが、今でも時折メールが届く間柄です。

留学時代 真ん中:松村先生 右から2番目:エングラフ教授

「患者さんを自分の身内だと思って治療を選択する」

1989年から1993年まで、東京医科大学形成外科で牧野惟男教授の指導を受けました。形成外科学教室の初代教授である牧野教授は、慎重・確実に治療を進める医師でした。石橋を叩くのは当たり前。ときに石橋を叩いて、叩いて、安全を確認しても、やはり渡らない。そんなこともありました。

その堅実さの根底には「患者さんを自分の身内だと思って治療する」という強い信念がありました。患者さんにどのように向き合って治療するのか。牧野教授に学んだ医師としての姿勢は、今でも私のなかに受け継がれ、治療を選択するときの大きな指標になっています。

プロジェクト・マネージメントを医療に活用することの重要性

2007年から東京医科大学の総合情報部(IT系を総括する部門)の室長を兼任し、2017年現在では、大学全体の部長を務めています。当初はたまたま引き受けた仕事でしたが、病院内の電子カルテの入れ替え作業、入札などの契約業務にかかわるうちに、全体を把握してマネージメントする過程(プロジェクト・マネージメント)の重要性に気づきました。

プロジェクト・マネージメントは、医学研究・患者さんの治療にも大いに役立ちます。たとえば治療では、患者さんとの会話のなかで、治療内容の定義づけ・治療範囲の共有を徹底し、ゴールを明確にすることで、治療後の満足度を向上させることができます。

プロジェクト・マネージメントを習得したことで、医師としての幅が広がり、そして患者さんによい医療を提供できるようになりました。

「みて覚えろ」はもう古い。治療のプロセスを明確化・蓄積していく

外科医の教育は、昔から「みて覚えろ」が主流でした。それぞれの経験に基づく理論があるにしても、それを明確に言語化してこなかったのです。ときに自身のポジションをキープするために、あえて技術を継承しないといった考え方がまかり通っていた時代もありました。しかし「みて覚えろ」はあまりに時間がかかりすぎますし、現代の教育現場では徐々に通用しなくなっています。

2014年より、我々の教室では手術・治療のプロセスを明確化し、データとして蓄積することにしました。典型的な手術が行われるたびに、執刀医が下した判断の根拠・考え・治療の結果を記し、データベースに蓄積します。後進の医師たちはこのデータベースからリアルな医師の思考プロセスを学び、これまでより短い時間で成長できるようになったのです。このデータベースはこれからの形成外科医にとって、必ずや財産になると確信しています。

知識・経験を伝えることで、より広くより多くの患者さんに貢献したい

私はこれまで医療現場で感じた疑問・課題を、常に解決しようと考えてきました。現状を改善するには、それまでの知識・経験が必要不可欠です。ときに、知識と経験が揃っていたとしても打開できない状況があり、それは決して珍しいことではありません。しかし向上心を持って分析や挑戦をすれば、着実に医師としてのレベルは上がります。

「一人ひとりの医師が得た知識・経験を共有していくことで、より広く、より多くの患者さんに貢献したい。」

この思いが、私が大学で教育をするモチベーションです。

当然ながら、生きていればすべてがうまくいくことはありません。日々の治療・研究でも、予期せぬことが起こります。そのようなときには辛い思いもしますが、ともに戦ってくれる同僚・先輩・後輩の存在が心の支えです。大切な信念を教えてくれた恩師、ともに医療を作り上げる人々、そして患者さんのために、私はこれからもよりよい医療を作り続けたいと思っています。

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  • 東京医科大学 形成外科学分野 主任教授

    1987年に東京医科大学を卒業後、国立東京医療センター(現 国立病院東京医療センター)外科、東京医科大学病院形成外科を経て、1995年よりワシントン大学へ留学。帰国...

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