イーヘルスクリニック新宿院 院長、帝京大学大学院公衆衛生学研究科 非常勤講師、久留米大学医学部公衆衛生学講座 助教
年齢に関係なく、誰にでも突然発症する可能性がある花粉症。現在は日本人の3人に1人が発症するといわれ、多くの人々を悩ませる国民病の1つとなっています。花粉症は、飛散のピーク時以降も治療を継続することが根治のカギになります。今回は根治を目指す方のために、花粉の飛散が終わった今が旬の“舌下免疫療法”を紹介します。
花粉症に対する舌下免疫療法は、アレルゲン(スギ花粉)を含んだ薬剤を舌の下に入れて溶かし、口腔粘膜から吸収させることで徐々に体をアレルゲンに慣らしていくものです。この治療法は花粉の飛散時期に始めるとアレルゲンの吸収量が多くなり、症状が強くなるリスクがあるため、通常は花粉シーズンが終わった後に開始します。具体的には6月頃が開始の目安になります。
舌下免疫療法は誰でもどこでも簡単に実施できるため、基本的に医療機関に通う必要はありませんが、初診時は対面で診察を受ける必要があります。この治療法はアレルゲンを直接投与するためアレルギー反応が起こるリスクがあり、1回目の服用時は医師の見守りが必要になるからです。アナフィラキシーのような重篤な副反応はまれだといわれていますが、舌や口の中が腫れたり、かゆみが出たりするなどの軽い副反応が出る可能性があり、その場合は医師がすぐに対処します。1回目で問題なければ、2回目以降は自宅などどこで服用しても構いません。薬も医療機関によってはオンラインで処方箋が薬局に送られ、そこから手元に郵送してもらうこともできます。通院や薬の受け取りのために外出することなく治療が継続できることは、大きなメリットであるといえるでしょう。
舌下免疫療法は、注意点などを守って正しく治療が行われると、花粉症の特徴的な鼻水や鼻づまり、くしゃみなどの症状を治したり、抑えたりすることができるといわれています。また症状が完全に抑えられない場合でも、症状を緩和し、薬の量を減らすことができるとされています。当院で舌下免疫療法を受けている患者さんでも、これまで花粉症の症状に苦しんでいたのに、治療を開始したことで薬を使用せずに快適に過ごせるようになったとういう方がたくさんいらっしゃいます。
舌下免疫療法は3〜5年ほど継続することで、将来的には薬を使わずに快適な生活を送ることが期待できるといわれています。
イタリアで行われた15年間の追跡調査*によれば、ダニの舌下免疫療法の最適な治療期間は4年であることが示唆されました。具体的には、治療終了後、3年間治療した場合は7年間効果が持続し、4年間もしくは5年間治療した場合は8年間効果が持続する、といった結果が報告されています。
ただし、この結果を日本に当てはめる場合、いくつかの問題点があります。まず、この研究はダニアレルギーに焦点を当てており、日本ではスギ花粉アレルギーが主要な問題であるという点です。さらに、使用された治療薬の投与量や投与方法が日本と異なるため、結果を直接適用することは難しいでしょう。そのため日本における花粉症の舌下免疫療法の最適な治療期間は明確ではなく、現時点では最低でも3年間の継続が必要であると考えられており、患者さんの状況に応じて5年の治療を推奨する場合もあります。この治療法では、最新の情報に基づいて適切なアプローチを選択することが重要といえるでしょう。
*Long-lasting effects of sublingual immunotherapy according to its duration:A 15-year prospective study
舌下免疫療法は5歳以上から受けることができ、家族全員が治療に参加することが可能です。子どもに対する舌下免疫療法の安全性や効果について15歳未満の子どもと15歳以上の成人を対象に調査した研究では、子どもと成人での治療効果に差はなく、治療患者は未治療患者よりも症状が有意に改善したことが報告されています。しかも、子どもは無投薬・無症状まで著明に改善した例が成人よりも多かったといいます。また、副反応の出現についても重篤なものはみられず、治療を中断する例はありませんでした。この結果からも、子どもでも成人でもスギ花粉の舌下免疫療法は効果的で安全であることが分かります。
近年、子どもの花粉症患者は増加傾向にあります。くしゃみや鼻づまりなどの症状は集中力を低下させるなど、お子さんの日常生活に悪影響を及ぼしかねません。お子さんがくしゃみを連発するなどの症状があれば、ぜひ一度検査を受けることをおすすめします。子どもの時期に治療を開始すれば、早めに完治に近い状態にまで改善することが期待でき、その後長きにわたって花粉症に悩まされる心配の軽減につながるはずです。
舌下免疫療法は保険が適用され、保険料3割負担の方は初診が4000~5000円、以降は毎月2000~3000円程度の費用になります。実は、この費用感と簡単さ、治療効果の高さから舌下免疫療法を開始する人が増加しており、製薬会社での生産が追いつかない状況が2023年から続いています。2024年現在も引き続き数量を限定した出荷が見込まれており、さまざまなクリニックで新規受付を中止するなどの対応がされ、今後の見通しはつきにくくなっています。こういった状況からも、舌下免疫療法を希望する場合は治療を受け付けている医療機関を探し、早めに受診しましょう。
舌下免疫療法に加え、毎年花粉症に悩まされている人は、花粉シーズンの前から治療を開始する“初期療法”を受けることをおすすめします。初期治療で主に使用される“抗ヒスタミン薬”は、アレルギーの原因となる“ヒスタミン”のはたらきを阻害して、くしゃみや鼻水、鼻づまりといった花粉症のつらい症状を抑える効果が期待されます。この薬を早い段階から使用することで、花粉飛散のピーク時を含め症状をコントロールすることができ、重症化予防につなげることもできるでしょう。実際に花粉症の治療ガイドラインでも、症状が出る前あるいは軽い症状の段階から治療を受けることを推奨しています。私の場合、患者さんに花粉飛散が予測される2週間前から抗アレルギー薬を使用することをおすすめしています。
症状が軽い場合などでは、市販薬に頼ることも少なくないでしょう。しかし、市販薬は安全面を考慮し、有効成分の含有量が少ないため、十分に効果を感じられないこともあります。近年では医師の処方が必要だった薬が市販薬として登場し、選択肢が広がっていますが、選び方は自己判断となるため注意が必要です。市販薬の選び方が分からない、効果を感じられないといった方は、医師に相談しましょう。
花粉症に悩む場合は、市販薬などで我慢しようとせず、できる限り早期に治療を開始することが、今後の日常生活を快適に乗り切るためのカギとなります。抗ヒスタミン薬のような従来薬を使用しても改善しない場合の治療として、2019年より抗IgE抗体オマリズマブを皮下注射するという新たな治療が保険適用にて受けられるようになるなど、花粉症治療の選択肢は広がってきています。将来的な症状の軽減・改善を目指す場合は、一度受診し医師に相談することが重要です。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。
イーヘルスクリニック新宿院 院長、帝京大学大学院公衆衛生学研究科 非常勤講師、久留米大学医学部公衆衛生学講座 助教
埼玉医科大学卒業後、都内の大学附属病院で研修を修了。東京慈恵会医科大学附属病院、足利赤十字病院、神奈川県立汐見台病院などに勤務、研鑽を積む。2016年より帝京大学大学院公衆衛生学研究科に入学し、2018年9月よりハーバード大学公衆衛生大学院(Harvard T.H. Chan School of Public Health)に留学。予防医療に特化したメディカルクリニックで勤務後、2022年4月東京都新宿区に「イーヘルスクリニック新宿院 (eHealth clinic 新宿院)」を開院。複数企業の嘱託産業医としても勤務中。