イーヘルスクリニック新宿院 院長、帝京大学大学院公衆衛生学研究科 非常勤講師、久留米大学医学部公衆衛生学講座 助教
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)によって発症するAIDS(エイズ)はかつて「死の病」とされていましたが、現在は治療薬の進歩により、HIV感染者でも日常生活が送れるようになっています。さらに2024年8月28日には、HIV感染を予防するための新しい手段として日本国内で「ツルバダ配合錠」が曝露前予防(PrEP、プレップ)薬として薬事承認されました。
「曝露前予防(PrEP)」とは、HIV感染リスクが高い人が抗HIV薬を毎日服用することで、HIV感染を予防する方法です。
今回は、東京都新宿区で性病の検査・治療だけでなく予防にも力を入れている、イーヘルスクリニック新宿院の天野方一院長にお話を伺いました。
HIVは主に性的接触や血液を通じて感染します。感染してからしばらくは症状が現れず、その後エイズを発症します。エイズになると免疫機能が破壊され、重い肺炎やがんなどにかかりやすくなります。
1987年に登場した最初の治療薬以来、HIV治療は大きく進展し、副作用の少ない薬が次々と開発されてきました。現在では治療を続けていれば通常の生活を送ることができ、他者にHIVを感染させるリスクも大幅に減少させられるようになっています。
HIV感染への対策として有効なのは、感染後の発症や他者への感染対策だけではありません。予防も非常に重要になります。2030年までのエイズ流行終息を目指している国連合同エイズ計画(UNAIDS)でも予防を非常に重視しており、その具体的な方法として有力視されているのが「曝露前予防(PrEP)」です。PrEPは、HIVに感染するのを防ぐために、HIVにさらされる前に抗HIV薬を服用する方法です。簡単に言うと、「HIV感染を防ぐために毎日飲む薬」です。UNAIDSが掲げる目標を達成するためには、PrEPの普及が鍵を握っているといってよいでしょう。
世界保健機関(WHO)はPrEPを推奨しており、欧米ではすでに薬事承認を受け、低価格で利用できる体制が整っています。日本国内でも2024年8月28日に「エムトリシタビン・テノホビル ジソプロキシルフマル酸塩」(商品名:ツルバダ配合錠)が予防薬として承認されました。ただし、予防目的での使用のため、公的医療保険の適用はされません。
PrEPは、HIVが体に入ってきたときに、ウイルスが広がるのを防ぐための薬です。これにより、HIV感染のリスクを大幅に減らすことができます。
PrEPは、HIV感染のリスクが高い方に特に有効です。
は、PrEPによって感染リスクを低くコントロールするべきでしょう。
PrEPには2つの服用方法があります。
どちらの方法がよいかは性行為の方法やタイミングなどにもよるため一概にいえませんが、予定していなかった性行為の機会が訪れる場合があることを考えると、デイリーのほうが感染対策としては有効といえるでしょう。実際に当院でも、多くの方がデイリーで服用されています。
オンデマンドPrEPは性行為の頻度があまり多くない方、性行為の予定が決まっていて事前に内服が可能な方、 経済的な負担の軽減をしたい方は、PrEP のオプションとして検討することができます。ただし、女性の場合は「デイリーPrEP」のみを推奨しています。理由としては、薬を飲んでから腟に薬の成分が届き十分な予防効果が出てくるまでの時間が長く、前日から内服を開始しても間に合わない可能性があるからです。
デイリーPrEPは、HIV感染リスクが高い方に対して非常に有効な予防手段です。研究によると、デイリーPrEPを正しく行ったグループではHIV感染率が90%以上低下しました*。また、一般的に安全性も高いとされていますが、個人の健康状態によっては副作用のリスクもあるため、医師の指導の下での使用が推奨されます。
* Cabotegravir for HIV Prevention in Cisgender Men and Transgender Women. N Engl J Med. 2021 Aug 12;385(7):595-608.
デイリーPrEPを始める際には、以下の点に注意が必要です。
また、デイリーPrEPの予防効果が現れるまでには約7日かかるため、早めに開始することが重要です。
デイリーPrEPは、HIV感染のリスクを大幅に減少させる効果的な手段ですが、他の性感染症には効果がありません。そのため、コンドームの併用が必要です。正しく服用しつつ、定期的な検査も受けてより安心できる生活を送りましょう。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。
イーヘルスクリニック新宿院 院長、帝京大学大学院公衆衛生学研究科 非常勤講師、久留米大学医学部公衆衛生学講座 助教
埼玉医科大学卒業後、都内の大学附属病院で研修を修了。東京慈恵会医科大学附属病院、足利赤十字病院、神奈川県立汐見台病院などに勤務、研鑽を積む。2016年より帝京大学大学院公衆衛生学研究科に入学し、2018年9月よりハーバード大学公衆衛生大学院(Harvard T.H. Chan School of Public Health)に留学。予防医療に特化したメディカルクリニックで勤務後、2022年4月東京都新宿区に「イーヘルスクリニック新宿院 (eHealth clinic 新宿院)」を開院。複数企業の嘱託産業医としても勤務中。