インタビュー

エボラウイルス感染症(エボラ出血熱)が空気感染する可能性は?

エボラウイルス感染症(エボラ出血熱)が空気感染する可能性は?
青柳 有紀 先生

ダートマス大学 Clinical Assistant Professor of Medicine

青柳 有紀 先生

この記事の最終更新は2015年05月28日です。

2014年に西アフリカを中心に発生したエボラウイルス感染症(いわゆる「エボラ出血熱」)は、その感染性や致死率の高さから、世界中を震撼させました。日本でも、エボラウイルス感染症の疑いのある患者さんが出るたびに、「ついに日本にも第一号患者か?」と緊張が走ったことは、皆さんの記憶に新しいことと思います。

エボラウイルス感染症といえば、全身を防護服で固めて隔離・治療するイメージがあると思いますが、エボラウイルスの感染経路はどのようなものなのでしょうか? 空気感染する可能性はあるのでしょうか?

アメリカで医師としてのトレーニングを積み、米国感染症専門医を取得し、現在中部アフリカのルワンダで働いている青柳有紀先生に教えていただきました。

エボラウイルス感染症は、エボラウイルスの感染によっておこる病気です。

エボラウイルスに感染した患者さんの血液や体液(尿・唾液・糞便・吐物・精液など)には、ウイルスが排出されていることが知られており、患者さんの血液や体液に傷のある皮膚や体の粘膜(目や口など)が触れることで、エボラウイルスが感染します(「接触感染」)。

また、エボラウイルスが医療器具などに付着した場合、数時間から数日間は感染性を持ち続けることがわかっており、感染した患者さんの血液や体液に汚染された医療器具を介した接触(例えば、針刺し事故など)でも感染します。

エボラウイルスが「空気感染」することはありません。

ここで、「そもそも『空気感染』とはなにか」ということを理解していただく必要があります。たとえ医療関係者であっても「空気感染」と「飛沫感染(ひまつかんせん)」の違いが十分に分かっていないことが多いのではないでしょうか。その混乱が、エボラウイルス感染症への過度の反応の原因になっているのではないかと思います。

まず、「空気感染」とは、咳やくしゃみをしたときに飛ばされていく粒子(病原体を含む)が極めて小さく(5マイクロメートル未満)、長い距離(90cm以上)を拡散する感染のことです。空気感染の場合は、長時間にわたって病原体が空気中を漂いながらも、感染する力を失わないので、その病原体を人が吸い込むことによって感染します。空気感染を起こす代表的な病気として、結核水痘(みずぼうそう)・麻疹はしか)などがあげられます。

一方で、「飛沫感染」とは、咳やくしゃみをしたときに飛ばされていく粒子(病原体を含む)が空気感染の場合より大きく(5マイクロメートル以上)、長い距離を拡散することはありません(90cm以下)。空気感染とは違って粒子のサイズが大きいため、病原体は長期間にわたって空中を漂うことができません。飛沫感染の場合は、この病原体を含んだ飛沫が人の粘膜や傷口に触れる事によって感染します。飛沫感染を起こす代表的な病気としては、インフルエンザ百日咳(ひゃくにちぜき)などがあげられます。

ヒトに症状を起こすエボラウイルスは「空気感染」することはありません。一方で、エボラウイルスが「飛沫感染」をするのかどうかははっきり分かっていません。患者さんの体液や血液が、傷ついた皮膚や粘膜に接触することで感染する(「接触感染」)ことは間違いないのですが、「飛沫感染」も起こすかどうかという点は、専門家でも意見が分かれているところです。

私自身はウイルスの専門家ではないのですが、「空気感染」をするような変異を起こす可能性は極めて低いというのが多くの専門家の共通見解です。たとえば、もっとも権威のある感染症研究所の一つであるCDC(Centers for Disease Control and Prevention、アメリカ疾病管理予防センター)のウイルス分野専門家であるPierre Rollinは「エボラは変異しにくいウイルスである」と発言しています。

そもそもエボラが「空気感染」するという噂は、おそらくエボラウイルスを題材にしたリチャード・プレストンの「ホットゾーン」という著書に由来するのではないかと思います。20年以上前に書かれたノンフィクションなのですが、その中で「レストン型」のエボラウイルスが空気感染する可能性が論じられています。

エボラウイルス属は下記の5つの型に分類されていますが、「レストン型」はその一種です。

  • ブンディブギョ
  • レストン
  • スーダン
  • ザイール
  • タイフォレスト(アイボリーコースト)

2014年以降猛威を奮っているエボラウイルスは「ザイール型」です。一方で、作品の中で空気感染の可能性が指摘された「レストン型」のウイルスは、人に対して症状を起こすことがありません。

したがって、少なくとも人に感染して症状を起こすタイプのエボラウイルス(たとえば「ザイール型」)では空気感染を起こすことはないですし、今後も変異が起こって空気感染を起こすようになる可能性も低いと考えられます。

記事1:エボラウイルス感染症(エボラ出血熱)の原因―エボラウイルスとは
記事2:エボラ出血熱の致死率は70%?エボラウイルス感染症の高い致死率
記事3:エボラウイルス感染症(エボラ出血熱)が空気感染する可能性は?
記事4:エボラウイルス感染症(エボラ出血熱)の診断方法
記事5:エボラ出血熱の予防法と治療法
記事6:エボラウイルス感染症(エボラ出血熱)を通じて、皆さんに知ってほしいこと

  • ダートマス大学 Clinical Assistant Professor of Medicine

    青柳 有紀 先生

    国際機関勤務などを経て、群馬大学医学部医学科卒。米国での専門医研修後、アフリカ中部に位置するルワンダにて、現地の医師および医学生の臨床医学教育に従事。現在はニュージーランド北島の教育病院にて内科および感染症科コンサルタントとして勤務している。日本国、米国ニューハンプシャー州、およびニュージランド医師。

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