「食事」は、誰もが毎日当たり前に行う行為です。
人間の三大欲求にも含まれている「食事」は、私たちが生きていくうえで欠かすことのできない本能的行動です。しかしその食事、すなわち「食べること」がうまくできなくなってしまうのが、摂食障害(神経性食欲不振症(AN)・神経性過食症(BN)という病気です。このうち、神経性食欲不振症はどのように治療するのでしょうか。また、治る病気なのでしょうか。横浜労災病院心療内科部長であった津久井要先生(現港北もえぎ心療内科・もえぎ心身医学研究所 院長)にお話をお聞きしました。
定期的(週に一回程度)に体重を測るとともに、薬物や精神療法、場合によっては栄養補給剤などを用いて治療します。
また家族の理解と協力も神経性食欲不振症の治療には不可欠です。なぜなら、神経性食欲不振症の患者さんは心理的に強い不安を抱えていることが多く、誰かに助けを求めているケースがほとんどだからです。特に家庭環境不全のなかで育った患者さんは、自分が病気になることにより自らの問題を抱えた家庭環境を具現化しているとも言われています。このようななかで、家族の理解と協力があれば、治療は非常にスムーズにいくはずです。
またあまりにも低体重の場合(例えば体重が30kg以下)は、入院加療して中心静脈栄養(IVH)や経鼻胃管による栄養剤の注入方法もとられますが、横浜労災病院では基本的に経口的に食事を3食、規則的な時間に摂取し、少量から段階的に増量させていく方法をとります。IVHは傷口から感染症などを合併してしまう恐れがあるうえ、飢餓状態に適応してしまっている患者さんにいきなり高カロリーな輸液をしてしまうと再栄養症候群といって急にむくみが生じたり、心不全をおこしたりする可能性があるため、積極的には使われていません。しかし、どうしても口から食べることが難しい患者さんに対しては、一時的に経鼻胃管で栄養を補給することもあります。
神経性食欲不振症の患者さんには食事摂取に対する種々の心理的抵抗(必ず半分は残してしまう、白いご飯や揚げ物がどうしても食べられないなど)が出現しますが、治療者はその際の患者さんの不安内容、考えや気持ちを丁寧にヒアリングしていき、最初は一日400~800キロカロリーから始めるなど、治療者には食事摂取による肥満恐怖を徐々に取り除いていく作業(簡単に体重は増えないことを確認していくこと)が求められます。
かつては、行動制限療法という治療方法がとられていたこともありました。これは、「体重が30キロになったらポータブルトイレで用を足してもいい、33キロになったらお風呂に入ってもいい」というように、一定の目標体重をクリアするごとに行動規制を解除していくというものです。しかし、経口摂取再開時はむくみで体重が増えることも多かったり、逆にむくみが取れる時期ではしっかり食べても体重が増えなかったりなど、患者さんの努力と体重が必ずしも正比例しないことが少なくため、横浜労災病院では最近はあまりおこなわれていません。
神経性食欲不振症そのものを治す特効薬は、現在のところありません。ただし、不安感や抑うつ感などの二次症状を和らげるため、選択的セロトニン取り込み阻害剤(SSRI)や抗精神病薬が使用されることがあります。
統合失調症や双極性障害に広く使用されている非定型抗精神病薬(オランザピン等)には病的な肥満恐怖の軽減効果が報告されています。ただし非定型抗精神病薬は食欲や体重増加の副作用があるため、投薬には慎重な判断が必要です。
他には胃薬や緩下剤なども補助的な役割で併用されます。ただし下剤は患者さんが乱用する場合もあるので、慎重に投与します。
前述したように、短期間で急激に体重が減少したり、著しい低体重が見られたりする場合は入院加療して体重を一定値まで戻すことが必要となります。
それに伴い、入院時に「認知行動療法」が行われる場合もあります。
認知行動療法とは、ものの受け取り方や考え方に働きかけて、患者さんの気持ちや行動をより適応的な方向に修正し、徐々に患者さんが抱えている心理的な諸問題を取り上げ、本人に認知してもらう医療行為です。
私たちは、強いストレスを受けているときやうつ状態に陥っているときなど、特別な状況下では認知に歪みが生じてきます。その結果、抑うつ感や不安感が強まり、非適応的な行動が強まり、さらに認知の歪みが引き起こされるようになります。認知行動療法では、神経性食欲不振症患者さん特有の認知の歪み(抑うつ感や不安感、自分はまだ太っているという思い込みなど)を取り除いていく介入が行われます。
ただし、実際、心理療法の適応や効果を得るためには、ある程度の体重回復を待って行うことが前提とされます。
神経性食欲不振症の患者さんは、そのまま回復する患者さんと、神経性過食症に移行する患者さんが大体半々程度います。ただし、神経性食欲不振症の患者さんの心理ベースには何らかの恐怖感や不安・ストレス耐性の弱さが存在しており、身体イメージの歪みも完治することは困難なため、再発する可能性もゼロではありません。一般的にはうつ病よりも治りにくいといわれています。
ただし、体重が標準体重の80%を超え、社会活動が円滑に進められるようになった患者さんについては、私はあまり深追いしないことにしています。そもそも摂食障害を発症する年代の患者さんは、世代的にも今後の未来を背負っている方が多いため、あまり通院や治療に時間を費やさないというのが私のポリシーです。
なお、摂食障害の治療には少なくとも1年以上、一般に4~5年以上の時間を必要とすると報告されています。
神経性食欲不振症の治療後の経過については、軽度で一過性のものもあれば、重篤で長期的なものもあります。日本の調査では、初診後4~10年経過した患者さんを調べたところ、47%が全快、10%が部分回復、慢性化36%、そして死亡7%です。
港北もえぎ心療内科・もえぎ心身医学研究所 院長
港北もえぎ心療内科・もえぎ心身医学研究所 院長
日本心療内科学会 心療内科専門医
東北大学医学部卒。東京都立駒込病院心身医療科、横浜労災病院心療内科部長を経て、2018年4月より港北もえぎ心療内科・もえぎ心身医学研究所 院長に就任。心身医学全般のほか、産業精神保健や海外赴任者のメンタルヘルスなど幅広い領域の精神医学分野に長ける心身医療のスペシャリスト。『摂食障害―神経性食欲不振症と神経性過食症―』(HORMONE FRONTIER IN GYNECOLOGY 第4巻 p159-168:メディカルレビュー社)をはじめとした摂食障害の文献をはじめ、数多くの著書を発表している。また、帝京大学や明治大学、東京大学で非常勤講師を務めるなど、心身医学を目指す若手の育成にも力を入れている。
津久井 要 先生の所属医療機関
関連の医療相談が10件あります
83歳の母に胃や大腸内視鏡の検査は必要なのか
はじめまして。 2017年に、 整形外科に通っても調子がよくならず、内科で血液検査をしたところにCRPが22.1 そこで、リウマチ多発性筋痛症ではないかという事で、 ステロイドなどの投与をしながら治療を続け現在にいたります。 ステロイドの量も減ってきたところ、 2021年11月に膝の痛みがひどくなり、整形外科(別の病院)を受診したところ リウマチ多発性筋痛症から関節リウマチへ移行しているのでは という診断を受けました。 その後特に薬も変更せずに現在にいたります、 母の体重はその時から10キロほど減りましたが、体調の不調をうったえることはなくなりました。 ただ、今年にはいって かかりつけ医から 痛みを訴えない母に反して、CRPの値が6あり 他の病気がかくれているかもしれないから検査したほうがいいと 紹介状をもらい検査しました。 そして、まず血液検査を9月9日にしたところ、CRPは 1.9。 総合病院の医師からは、紹介状に かかりつけ医がステロイドのほかに、リウマチの薬を今後使うにあたって、 悪性腫瘍などがある場合、その薬は悪化させる可能性があるので、 全身の検査をしてほしいといった内容が書いてあると聞きました。 そのため、 近々、造影剤を使ったCT検査、そして胃の内視鏡を行います。 その時、大腸内視鏡も行うといわれましたが、 10キロもやせ、47キロの母に 大腸内視鏡検査が耐えられるのか不安で断りました。 現在は、膝や腰など痛みはあるものの 以前のような激痛もなく、食欲もあり過ごしています。 83歳の高齢の母に 胃の内視鏡などの検査が必要なのか? 現在調子がよいだけに、検査によって体調が悪くなってしまう事が心配です。 アドバイスがありましたら、よろしくお願いします。
下腹部左下の鈍痛
下腹部左下に鈍痛があります。 今も耐えられない痛みでは無いんですが、キリキリ痛みが続いてます。 何が原因でしょうか。
検査の内容から可能性のある病名を知りたい
MRIで、脳に異常があり、安静時脳血流定量(IMP非採血)をします。その結果によっては、造影CT頭部CTA.CTPをすることになるそうです。これらの検査をするというのは、どういう病気が予想されるのでしょうか?宜しくお願い致します。
背中がピリピリ チクチク
数年前から、背中から太もも辺りまでにかけてピリピリ、チクチクする症状がたまにあります。 痛みはすぐ収まりますが、たくさんの針で刺されているような痛みです。 今回いつもより痛みが強いので気になりました。 これは何科にかかれば良いでしょうか?
※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。
「神経性やせ症」を登録すると、新着の情報をお知らせします
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。