インタビュー

摂食障害とは、その原因と最新治療-「太るのが怖い」患者への医師・家族の対応

摂食障害とは、その原因と最新治療-「太るのが怖い」患者への医師・家族の対応
吉内 一浩 先生

東京大学大学院医学系研究科・ストレス防御・心身医学分野 准教授、東京大学医学部附属病院心療内科 科長

吉内 一浩 先生

この記事の最終更新は2016年06月13日です。

食事量の制限や過食嘔吐など、体重を増やさないための食行動異常がみられる「摂食障害」。若い女性に多く、長期にわたる治療の必要や無月経などの障害が生じることから、早期発見・早期治療の重要性が叫ばれています。また、治療に際しては患者さんの体重増加に対する恐怖心を煽らないよう、医療者の専門的な技術だけでなく、ご家族の協力も必要になります。

摂食障害の原因と最新治療、「太ること・普通の体型になることが怖い」と感じる患者さんへの対応について、東京大学医学部附属病院心療内科科長の吉内一浩先生にお伺いしました。

摂食障害は食行動を中心に様々な問題が生じる病気であり、主に神経性やせ症神経性過食症、過食性障害を指します。摂食障害は単なる食欲や食行動の異常ではなく、体重に対する過剰なこだわりや、 自己評価への体重・体形の過剰な影響など、心理的要因が根底に存在していることが特徴です。

たとえば、「神経性やせ症」の病名の変遷をたどると、アメリカ精神医学会の診断・統計マニュアルである『DSM-IV』の日本語訳としては「無食欲症」、それ以前も日本では「食思不振症」や「食欲不振症」が使用されてきましたが、「食欲に起因するもの」という誤解が生じないよう、2014年にできた『DSM-5病名・用語翻訳ガイドライン』では病名から「食欲」の文字が取り去られています。

神経性やせ症を単なる食欲の問題として捉えてしまい、患者さんに食欲が増進する薬などを用いようとすると、今度は嘔吐を引き起こしてしまうことなどにも繋がり、負のループへと陥ってしまう危険があります。

提供:PIXTA

摂食障害は、何か一つの原因により発症するものではなく、社会・文化的要因や心理的要因、さらに生物学的要因が重なって起こる「多因子疾患」と考えられています。

(Fairburn CG, et al改編:Lancet,2003)

このように、「持って生まれた素因+環境も含めた様々な要因」が複雑に重なることで発症に至ると考えられています。そのため、国内外の様々な機関で遺伝子解析が行われていますが、原因の解明に至るような結果は出ておらず、特定の遺伝子のみでは起こらない病気ということができます。

摂食障害とは、あくまで単一ではなく複数の要因により起こるものなのです。

社会的なプレッシャーも、摂食障害の一つの要因として考えられています。しかし、それがどの程度発症に影響しているのかを明示したデータは、現在のところ存在しません。とはいえ、現実的に一部の国ではモデルにbody mass index(BMI)の規制が設けられていることから、メディアは非常に大きな影響を持っているという考え方もできるでしょう。

また、現在は小学生向けの雑誌などにもダイエット特集などが組み込まれており、自身の臨床的な印象としても、メディアによる影響は大きいのではないかと感じています。

神経性やせ症に関しては、低体重の定義があるため、患者さんのBMI(※1)が重要な情報になります。正常下限を下回る「やせ(※2)」があり、成人の場合BMIが15kg/m2未満になると、「最重度」として診断されます。

※1:BMI (kg/m2) = 体重 (kg)/ 身長(m)2

※2:やせとはBMI18.5未満

ほかに何らかの身体の消耗性疾患を患っていない場合、上記に該当するほどやせを来す疾患はあまりないため、多くの場合BMIにより確信を持って問診を行うことができます。

問診では、やせ願望やボディイメージの歪みなどがないか確認しますが、停滞中の方の多くは、現状に満足されているため、普通の体型になることへの恐怖心ややせへのこだわりは、その時点でははっきりしません。

治療を開始し、体重が戻ってきてはじめて肥満恐怖などが明らかになることも少なからず経験します。

そのため、『DSM-5』では、神経性やせ症の診断において「肥満恐怖」は必須項目ではなくなりました。

摂食障害の治療は、以下のことを目標に行います。

●食行動の改善

●体重増加

●月経の回復

●偏った考え方の改善や心理面の改善

患者さんには「健康になりたい」という思いと「体重を増やすことが怖い」という思いが共存しているケースが多いため、私たち医師は前者の健康な部分にアプローチをしていきます。

ご家族には、食事に関しては専門の医師に任せていただき、患者さんに対して基本的に「何も言わないようにしていただく」ようご説明しています。前項でも述べた通り、摂食障害は“食事を食べる・食べない”、“食欲がない・ある”で捉えたり、解決できる問題ではありません。そのため、ご家族が患者さんの身体を気遣って口にした「食べなさい」や「食べたら?」という言葉が、ご本人にとっては大きなプレッシャーとなってしまうことがあるのです。

ご家族には、「何も言わないことも治療協力」だと捉えていただければとお伝えしたいです。

摂食障害の治療において最も広く使われているものは、物事の受け止め方や捉え方を修正していく「認知行動療法」です。しかし、認知行動療法は神経性過食症にはエビデンスがあるものの、神経性やせ症においては根拠となる研究がなく、後者について確立された治療法は、思春期の一部の患者さんを対象とする家族へのアプローチを除いて、現在のところ存在していません。

近年、オックスフォード大学のグループが開発した認知行動療法の一種、「強化型CBT(enhanced cognitive behavior therapy=CBT-E)」においてよい報告がなされ、東京大学医学部附属病院心療内科を含む日本の施設でも取り入れ始めています。

神経性やせ症において、エビデンスがある薬剤は現時点ではありません。

以前、胃から分泌され食欲中枢に働きかけて食欲を増進させる物質「グレリン」の薬理作用を利用し、治療薬として応用する臨床試験が行われたことがありますが、結果は思わしくないものに終わっています。

神経性過食症の場合は、一部のSSRI(抗うつ剤)が過食嘔吐を減らす効果があるとされています。しかし、長期的な効果についてはわかっておらず、薬剤のみでの治療は困難であるという見方が一般的です。

摂食障害の治療のゴールに関しては議論のあるところです。たとえば、「予後調査」を行う場合には、「何をもって治癒とするのか」という点が問題となります。

また、場合によっては「治癒」ではなく「寛解」という言葉を使うこともあります。

若年発症の場合は、体調が回復し、その後全く再発をしないケースも多々あるため、このようなときには「治癒」と考えてよいでしょう。

基本的には、複数項目ある摂食障害の診断基準を「全て満たさない」状態になったときに、治療を終了します。具体的には、体重や月経が正常に戻り、体重・体形に対する病的なこだわりがなくなったときをゴールと考えます。

しばしば神経性やせ症の方で、月経が正常に戻っていても体重をある一定以上は増やしたくないという患者さんがいらっしゃいます。特に女性の場合、体形などに関するこだわりが全くなくなるということはほとんどありませんが、その捉われ方が過剰な場合は治療を継続します。この「こだわり」に関する判断が、治療の継続・終了を考えるうえで非常に大きな比重を占める難しい部分といえます。

摂食障害の治療は低栄養になるほど困難になり、罹病期間も非常に長いものとなる傾向があります。また、摂食障害は最悪の場合死に至る可能性もある深刻な疾患でもあります。ですから、他の疾患同様に「早期発見・早期治療」が肝要になります。しかしながら、摂食障害を専門に診ることができる施設は少なく、様々なパターンで受診が遅れ症状が進行してしまうことがあります。

たとえば、低体重にも関わらず診断がつかず、ご本人もご家族も治療は必要ないのだと受け取られて放置してしまうケースや、専門の診療科ではない科で漫然と治療を続けており、入院が必要となるほど低体重が進み、重症化してはじめて心療内科を受診されるケースも見受けられます。

また、症状に無月経がある場合、まず初めに婦人科に行かれる患者さんもいらっしゃいます。このとき、稀ではあるものの、摂食障害に関する知識をあまりお持ちでない先生が治療を担当され、一時的に月経のみ発来させるホルモン療法を年単位で続けてしまうということも実際に起きています。この場合も、入院が必要になるほど重症化してはじめて、摂食障害に対する治療を行うこととなってしまいます。

前項の例のような見逃しを防ぎ、適切な時期に治療介入するためには、摂食障害を専門としない様々な医療者の方にも知識を持っていただくことが必要不可欠です。そのために、現在厚生労働省科学研究費補助金の研究班で、「非専門家向けの指針」を作る計画が動き始めています。

“患者さんがどのような状況になったら専門の科に紹介すべきか”、“患者さんのどういったところをチェックすればよいのか”といったことを、専門ではない科の先生にとってわかりやすく記した指針を作成することで、適切な受診・治療に結びつけていきたいと考えています。

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