インタビュー

心の病は社会との接点が出たときに問題になる

心の病は社会との接点が出たときに問題になる
村松 太郎 先生

慶應義塾大学 精神・神経科 准教授

村松 太郎 先生

この記事の最終更新は2015年12月03日です。

ある人間が「心の病」なのかどうかを判断するときには、社会との接点が大いに問題となってきます。このテーマについて、「心の病気とはなにか―司法精神医学、神経心理学の観点から村松太郎先生と考える」に引き続き、慶應義塾大学医学部精神神経科准教授の村松太郎先生とともに考えていきます。

精神医学だけでなく医療全般においての原則は、診察室の中ではあくまで「患者さんのため」という判断で治療を進めていくことです。しかし、社会との間にコンフリクト(衝突)が起きたときにどうなるのでしょうか。たとえば、うつ病による休職のケースでは、社会との接点がある以上、患者さん個人の問題として完結することができません。

現時点での結論を述べるならば、「心の病かどうか」は診察室の中だけで精神医学によって決定できるものではありません。画像などに基づく脳の所見があっても、それだけで決めてはならないのです。心の病を考えるときには、司法精神医学の場合であれ、うつ病診療の場合であれ、どれほど神経心理学が発展して客観的な指標が出てきたとしても、社会との接点という観点が必ず入ってきます。

神経心理学の立場から可能なのは、メカニズムを説明するところまでです。社会的な価値観が入ってくる部分に関しては判断することができません。通常の精神科診療においても、司法精神医学においても、「心の病かどうか」は最終的には社会が決めていくものだと考えるのが適切でしょう。精神鑑定においては、医師はメカニズムを説明した後、善悪の判断や意味を持たせることをしてはならないのです。

医師が目の前の困っている患者さんの治療をするのは当然のことですが、そのほかにも意識しなければならないことがあります。診察室の中にも社会が関わってきます。医師の医療行為は常に社会とつながっているのです。なぜなら、健康保険制度という互助制度のもとで行われているからです。医師は、どこからが病気で治療の対象になるのかという線引きについて慎重に考えなくてはならないのです。

最後に、司法精神医学が持つ特有の難しさを、法医学と比較して説明していきます。法医学も司法精神医学も「法律の専門家」につなぐ前段階として非常に専門性の高い分野です。ここでのポイントは「法律の専門家」に渡すべき段階の見極めが難しいということです。

殺人事件について考えてみましょう。このとき、被害者の死因を探求するにあたり、法医学の専門分野は明確です。この場合の法医学の専門分野とは、遺体について徹底的に解明することです。そこから先は法律家の専門分野ですから、ここに明確な一線を引くことができます。

これに対し、司法精神医学の難しさを考えます。

精神鑑定では、精神障害の診断、犯行への影響と程度を判断し、そのうえで法律の専門家が刑事責任能力を問います。

精神障害の診断までは司法精神医学の専門分野です。しかし、犯行への影響と程度を考えることは、厳密に言えば完全に専門分野であるとは言えません。これを語るためには「精神障害の影響がない犯罪」についても知らなくてはなりませんが、これは法律の専門家のみが行う部分であるからです。つまり、これについては司法精神医学の専門領域とは言い切れないのです。このように、司法精神医学においては、その専門家と法律の専門家が扱う部分の境界が曖昧であることがそれをより難しくさせているのです。

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