日本は人口動態の変化から急速な少子高齢化が進み、超高齢化社会を迎えようとしています。国立社会保障人口問題研究所等によれば、2060年には65歳以上の老齢人口が総人口の39.9%になると推測されています。現時点でも老年人口は増えていますが、高齢になれば、基礎疾患を抱える方が増えます。また、単に病気の治療やコントロールだけでなく、高齢の方の生活の質を高め社会参加を促進する医療を行うためには、様々な課題があります。本記事では、国際医療福祉大学・大学院教授の和田秀樹先生に、高齢者医療全体をめぐる課題について解説していただきます。
1988年に浴風会病院に勤務して以来、私は、老年精神医学を診療の柱としてきました。あまり知られていませんが、実は当時、高齢者専門の総合病院は3つしかありませんでした。浴風会病院、東京都老人医療センター、東京都多摩老人医療センターです。その後、愛知県に国立の長寿医療センターができましたが、多摩老人医療センターが高齢者専用ではなくなり、一方、順天堂東京江東高齢者医療センターができたので、現在は高齢者専門の総合病院は、日本全体で4つしかありません。
高齢者専門の病院に勤務する中で、いくつか留意すべき点があることに気づきました。一つは、若年層の患者さんに比べて、高齢者の方は、心と体のバランスによって健康状態が大きく左右されるということです。精神疾患の既往がなくても、不安をはじめとした精神症状がみられるようになると、なんらかの身体的症状がみられるようになることが珍しくありません。また逆に、身体的症状の発現によって、精神状態の著しい変化が見られることもよく経験します。
もう一つは、精神科に限らず、高齢者の生理や病態を把握した上で、適切な治療を行う必要があるということです。たとえば高齢の方は、大多数の方が血圧や血糖の異常が見られるようになります。しかしながら、血圧や血糖をあまり低くしすぎると、かえって健康状態を損ねるケースが珍しくありません。また、薬についても、若い方より半減期(薬を投与した際に代謝される時間)が長くなります。そのため、適切な薬が処方されていたとしても、過剰投与となって、副反応を起こしたりしかねません。
ただし、エビデンス(医学的な根拠に基づいた証拠)に基づかない薬の減量は好ましくないと考えています。一時期、高齢者への薬の過剰投与が問題となりました。その後、長期入院の高齢者にはいくら薬の処方や注射を行っても定額しか保険から支払われない制度に変わり、それで薬が激減して、症状が改善する患者さんが現れたのは事実です。とはいえ、いわゆるドクターショッピング(複数の医師の診察を受けて、結果として過剰な薬を処方してもらう状態になること)を繰り返す患者さんは減っていないとされています。
そもそも、医学的な論拠を明確にした上で薬の減量を行っていないので、薬が減らされても患者さんが安心できなかったり、症状が悪化してドクターショッピングを繰り返す患者さんがいらっしゃることもありうると考えられます。
その一例ですが、高齢者への抗うつ剤処方の中止を検討するガイドラインが老年医学会から出されました。これについても、明確なエビデンスが示されていません。若い方と違って、高齢の方は脳神経系の生理的な問題が生じやすくなりますので、抗うつ剤を使うことによって症状が改善することは容易に考えられます。
また、高齢者には自殺が多いという問題もあります。一方、高齢者に処方される頻度が高い骨粗しょう症の薬については、このガイドラインでは中止を検討する薬に一つも入っていないのですが、効果がはっきりしない割に副作用が多いとされています。はたして医学的なデータをもとに処方が決められているかどうかは、検討が必要だといえるでしょう。
エッセンシャルドラッグ(保健医療において最低限必要となる医薬品。WHOが提示したモデルを元に、各国の医療事情を鑑みて再検討される)についても検討が必要です。
たとえばアスピリンのように発売が開始されてから長期間経過し、効果が安定している薬については、保険点数が下げられるため経済的な問題で医師が処方しにくくなります。そもそも、高齢者の健康について医学上の定義すらなされていないのが現状ですので、研究機関や専門医が積極的に研究を進め、データを開示した上で、これらの問題について再検討を図ることが重要ではないでしょうか。
先述のとおり、日本では高齢者を総合的に診察・治療できる病院が4つしかありません。重ねて、高齢者に必要となる医療を実践できる老年専門医、総合的に診断治療のできる医師、あるいは高齢者向けの精神科医が、あまりにも少ないのが現状です。
これらの問題をふまえた診療を行える老年専門医の増加を図ることはもちろん、高齢者専門の受け入れを行う病院を増加させることが高齢者医療の課題の大きな柱となります。ところが今の老年医学会は、高齢者を多く診る地域医療の医者が排除され、大学病院の元専門医が多いという問題があります。同時に、医療制度も実態を汲んだ制度に変えていく必要があるでしょう。
これらの理由によって、長期入院が必要な治療については制度上適切とは言い難く、拡充が必要なのは間違いありません。加えて、高齢者を介護する方や、高齢者の社会活動をサポートする制度、たとえば成年後見人制度などについても、高齢者の医療を円滑に進める上でさらなる充実が必要だと考えます。