かつて公衆衛生や栄養状態が良好でなかった時代は、病原体の感染によって起こる病気が大多数を占めていました。しかし、今日では生活習慣によって起こる疾患が大多数を占めています。膝の変形や脊椎間狭窄症のように、ある意味においては病気というよりも、老化とも解釈できる病気によって健康を損ねる方が増えてきました。平均寿命が延びている時代ですから、いかにして若い状態を保つかということは、予防医学の側面からも重要な問題となっています。アンチエイジングの重要性について、国際医療福祉大学・大学院教授の和田秀樹先生に解説していただきました。
『高齢者における精神医療のこれから』では、高齢の方で精神科の治療が必要な方は、若い方より心身のバランスが乱れやすくなっていることがその一因だと述べました。すなわち、精神科疾患の症状が増悪(さらに症状が悪化すること)すれば身体的症状も強くなるし、逆に身体的症状の増悪によって精神科疾患の症状も増悪しやすいという状態です。
精神科医が精神科疾患を考える上で、脳の生理的な機能を切り離して考えることはまずありません。いささか乱暴かもしれませんが、精神科疾患も、「脳」という肉体の一部による疾患や変調によるものといえます。
したがって、疾患があれば早期に治療を開始するのはもちろんですが、健康な状態のときから加齢による変調、つまり老化を予防する生活習慣を実践していただくのが重要だと考えています。アンチエイジングというと美容面だけが強調されがちですが、内科的な視点から若い頃の健康状態を維持することを重視するということです。
現代医学においては臓器別の診療を行います。たとえば胃が悪ければ胃の治療を行うわけですが、もちろんその必要性は否定できません。ただし同時に、全身の状態を管理して若い頃から健康状態を維持することも重要です。しかし、これについてはまだ医師の間でも普遍的な医療として浸透していません。
私は、世界抗加齢医学会副会長のクロード・ショーシャ博士のもとでアンチエイジングについて研修を重ねました。ショーシャ博士のもとで学んだ理由は、35年以上、データに基づいた研究がなされているためです。その中で病気になりにくく若い頃の健康状態を維持することは、特に栄養状態とホルモンの状態を意識することが重要だということを学びました。
栄養状態が免疫力と関係することは、結核の問題と照らし合わせるとよくわかるでしょう。結核がコントロールされたのは、ストレプトマイシンンなどの抗生物質のためだと錯覚されている部分があります。しかしながら、抗生物質は結核の感染を防ぐわけではありません。したがって、あれだけ爆発的に流行していた結核の罹患率が下がったのは別に要因があると考えるべきです。
結核の流行が食い止められたのは、栄養状態が改善されたためという説に異論を持たれる方は少ないのではないでしょうか。現に、第二次世界大戦後、栄養状態が改善した時期から、急激に結核の罹患率が下がっています。公衆衛生の向上を理由に含めてもそれだけではやはり説明がつかないと思います。
また、栄養状態は確実に老化に関係しています。一例を挙げると、「サザエさん」という有名な漫画(アニメーション)があります。主人公のサザエさんは、24歳の女性という設定になっています。彼女だけでなく、漫画に登場するご家族を見たとき、現在の同年代の方よりも年配に見えてしまうという方もいらっしゃるでしょう。1946年に発表された漫画ですが、当時は現在ほど食事の西欧化が進んでいませんでした。このことから見ても、食事の西欧化は生活習慣病をもたらしたのも事実ではあるものの、免疫力の向上や老化を遅らせる働きをももたらしたのは間違いありません。
アンチエイジング医療においては、結果として生まれる美容的な効果だけが強調されています。しかしながら、それだけが目的ではありません。アンチエイジング医療の主な目的は、適切な栄養を摂取し、必要に応じてホルモンを補充し、若い頃と変わらない健康状態を維持することです。