インタビュー

血管再生が神経再生を促進する

血管再生が神経再生を促進する
田口 明彦 先生

先端医療振興財団 先端医療センター 再生医療研究部 部長

田口 明彦 先生

この記事の最終更新は2015年12月05日です。

前の記事「脳卒中治療の歩み-今後の治療では、どのようなことが期待されているのか」では、脳卒中治療の歩みや血管再生に目を向けた理由などをご説明しました。本記事では引き続き、公益財団法人 先端医療振興財団 先端医療センター研究所 再生医療研究部 部長の田口明彦先生に、神経幹細胞の生着になぜ血管が重要であるのかを、ヒントを得た症例を実例に挙げてお話しいただきます。

脳卒中後に誘導される神経幹細胞は、脳機能の再生に貢献するであろうことは当然予想されますが、残念ながらそれらの神経幹細胞の99%以上が生着せずに死んでしまうことがわかっていました。そこで、私たちは誘導された神経幹細胞の生着には血管再生が必要ではないかと考え、脳卒中後の血管再生と神経再生の関連に関する研究を行いました。

この神経再生に血管再生をリンクさせることは、鳥類における神経再生からヒントを得ました。例えばカナリヤは毎年春になると新しい歌を覚えます。実は歌を覚えるために脳内で毎年春に神経の再生が起こっています。そのメカニズムはカナリヤの脳でまず血管再生が起こり、その再生血管上に神経幹細胞が生着し、成熟して神経になるのです。逆に血管再生を阻害すると神経再生が起こらずカナリヤは歌が覚えられません。つまり神経再生には血管再生が必須だったのです。

この血管再生と神経再生の関係は、成人の脳でも同様に起こるのではないかと考えました。脳卒中の起こった部分の周囲に血管再生を起こすことで、脳卒中により誘導された神経幹細胞が生着し、その結果神経機能の再生を期待しました。これらのことから、わたしたちは脳卒中後に外から神経幹細胞を人工的に移植するのではなく、血管再生を起こすことで、脳卒中によって自然に誘導された神経幹細胞を有効に使うという研究を進めるに至ったのです。

次の私たちの課題は、「どのようにして人の体に血管を新しくつくり出すか」でした。これには、独立行政法人国立病院機構 大阪南医療センターの循環器科に私が勤務していたときのある患者さんの知見からヒントを得ました。

その患者さんは指に虚血性潰瘍(十分な血液が供給されないことにより、皮膚の傷が治らない状態)がありました。2本の指は虚血性潰瘍のためにすでに切断されており、残りの指も傷が慢性的に治らない状態でした。この患者さんの血管造影(血管の状態や血液の流れを調べるための検査)をみると、指先までは血がほとんど通っていないということが分かりましたが、病状よりバイパス手術(新しい血管をつなぐ手術)ができない状態でしたので、その時期に新たに始められていた骨髄造血幹細胞による血管再生治療を行うことになりました。その方法は比較的簡単であり、患者本人の骨髄細胞を採取し、造血幹細胞分画を含む骨髄単核球分画を分離したものを、局所に注射器で移植するというものです。(分画:混合物を分けたそれぞれの成分)

手術から4週間後、その患者さんは傷が非常によくなり仕事に復帰するまでに回復されました。治療後の血管造影の所見からも、骨髄細胞を使えば、比較的容易に血管再生を誘導することがヒトにおいても可能なことが証明できたと考えています。

虚血性潰瘍の患者さんの血管造影 (左)治療前(右)治療後

(出典: Taguchi et al. Eur J Vasc Endovasc Surg. 2003)

発生学的に造血幹細胞と血管内皮細胞は共にヘマンジオブラストという共通の幹細胞から分化します。最近の研究では、移植した造血幹細胞が血管内皮細胞に分化することはほとんどないことが示されていますが、胎生期における血管の発生に造血幹細胞が重要であるだけでなく、成体の血管の維持にも造血幹細胞が重要な働きをしていることがよく知られており、造血幹細胞移植が虚血部位の血管再生を促進することは、生理学的にも理にかなったことであると考えられています。

  • 先端医療振興財団 先端医療センター 再生医療研究部 部長

    日本脳卒中学会 脳卒中専門医日本再生医療学会 再生医療認定医日本内科学会 認定内科医日本医師会 認定産業医

    田口 明彦 先生

    米国コロンビア大学、国立循環器病研究センターを経て、現在は先端医療振興財団 先端医療センター 再生医療研究部の部長を務める。脳卒中後の機能回復治療に関する研究のトップランナーであり、世界に先駆けた研究に取り組んでいる。「脳梗塞による寝たきりの患者さんを減らしたい」という強い想いのもと、日本のみならず世界における脳卒中治療を大きく牽引している。