前の記事「血管再生が神経再生を促進する」で、神経細胞の再生に必要な血管再生が造血幹細胞移植によって誘導できるということを説明しました。次にその造血幹細胞移植が神経細胞や神経機能再生に効果があるのかを検証する必要があります。本記事では引き続き、公益財団法人 先端医療振興財団 先端医療センター研究所 再生医療研究部 部長の田口明彦先生に、脳梗塞動物モデルの開発やその動物モデルを用いた非臨床試験、患者さんを対象にした臨床試験についてお話しいただきました。
現在まで脳梗塞後の治療薬の開発がうまく進まなかった理由のひとつに、治療効果を科学的に検証できる脳梗塞動物モデルがなかったことが挙げられます。かつての脳梗塞動物モデルは、個体間の脳梗塞サイズの差異が大きすぎるもの、脳梗塞の範囲が大きくすぐに死んでしまうもの、あるいは普通の脳梗塞患者さんの病態とは全く異なる一過性脳虚血モデル(短時間血流を遮断し、神経細胞死を誘導するモデル)など、実際の脳梗塞患者さんへの効果がほとんど検証できないモデル動物が汎用されてきました。そこで私たちは兵庫医科大学の松山知弘教授とともに、脳の同じ部分に同じ大きさの脳梗塞ができ、長期生存率が高く、かつ脳梗塞患者の病態に近似した脳梗塞モデルマウスを開発しました。この動物モデルにより様々な細胞、薬剤の治療効果が正確に検証できるようになったため、今後の脳梗塞治療に関する研究が大きく進歩すると考えています。
私達が確立した再現性と長期生存率が高い脳梗塞動物モデルに造血幹細胞移植を行い、血管再生・神経再生・神経機能について評価する非臨床試験を行いました。その結果、①脳梗塞後の造血幹細胞移植は、梗塞周囲における血管再生を促進すること、②造血幹細胞移植による血管再生は、脳梗塞により誘導された神経幹細胞の生着を促進すること、③造血幹細胞投与による血管再生は、脳神経組織の再生を促進すること、④造血幹細胞投与による脳神経組織は、脳神経機能の再生を促進すること等、脳梗塞後の血管再生が神経機能再生を促進することを世界に先駆けて明らかにしてきました。さらに、最適な細胞投与時期に関する検討では、脳梗塞後2日から14日後の造血幹細胞移植では、治療効果があるものの、それ以前あるいはそれ以後の細胞移植では、その効果が認められませんでした。
しかし一方、造血幹細胞を骨髄から動員する作用のある薬剤(顆粒球コロニー刺激因子)の投与では、予想とは逆に脳萎縮および神経機能の低下を引き起こすことが判りました。この理由は、この薬剤が骨髄から治療効果のある造血幹細胞だけでなく、脳梗塞に悪影響を与える細胞も併せて末梢血中に動員する作用を有するためと考えています。また、実際この薬剤を使った脳梗塞患者さんへの臨床試験が欧州で実施されましたが、治療効果がないことが報告されています。また、図のように、骨髄中には未分化な造血幹細胞からかなり成熟した白血球細胞まで含まれていますが、未分化な細胞が含まれる骨髄単核球分画の移植でも、純化された造血幹細胞移植と同様の効果があることが判っています。
以上の脳梗塞動物モデルの臨床試験の結果を基に、国立循環器病研究センター病院(大阪府吹田市)および先端医療センター病院(兵庫県神戸市)において、私たちは“急性期心原性脳塞栓症患者に対する自己骨髄単核球静脈内投与に関する臨床研究”の臨床試験を実施してきました(患者さんのエントリーは既に終了しており、新しい患者さんの受付は現在しておりません)。対象患者さんは重症の心原性脳塞栓症患者さんで、かつ脳梗塞発症1週間後においても神経機能回復が十分でない患者さんのみを対象に実施しましたが、過去のデータより、これらの患者群はその予後は極めて悪いことがわかっていました。治療方法の概略は、①治療時期は脳梗塞発症10日以内、②低用量群6例は25mlの骨髄液採取、高用量群6例は50mlの骨髄細胞を採取、③骨髄細胞採取日に骨髄単核球細胞を分離、④静脈内に全量投与、というものでした。
その結果は、低用量群と高用量群の比較では、脳梗塞の重症度や予後良好群の頻度などすべての指標に関して高用量群のほうが優れていました。また過去の成績と比較しても治療群の方が優れた機能回復を示しました。つまり、細胞治療によって脳梗塞後の機能再生が促進された可能性が高いと考えています。また、脳循環代謝(脳の血流と酸素代謝)においても改善が見られました。一般的に重症の脳梗塞を発症すると1ヶ月後に比べてその後の脳血流量や酸素代謝量は減少するといわれていますが、今回の治療をうけた患者さんの場合は増加ないし維持という結果になりました。
12名のうち3名の患者さんが歩いてくれるまでに回復すればよいほうだと考えていましたが、結果は9名の患者さんが歩けるようになったのです。このように、造血幹細胞や骨髄単核球細胞を使った血管再生治療は、四肢虚血患者さんだけでなく、脳卒中患者さんにも広く有効である可能性が高いと我々は考えており、現在、さらにエントリーする患者さんの数を増やした臨床試験の準備を行っています。
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