インタビュー

再生医療で脳梗塞後遺症を救う~骨髄間質細胞の有用性~

再生医療で脳梗塞後遺症を救う~骨髄間質細胞の有用性~
寳金 清博 先生

北海道大学大学院保健科学研究院 高次脳機能創発分野 特任教授

寳金 清博 先生

この記事の最終更新は2017年03月01日です。

脳梗塞によって脳に障害が起きると、手足の痺れや言語障害といった後遺症が残ることがあります。医療が進歩した今でも寝たきりや車いす生活など脳梗塞の後遺症は依然重篤なものであり、より効果的な治療法が求められています。

そして近年、脳梗塞の後遺症に対する新しい治療法の開発が進み始めました。そのひとつが骨髄間質細胞を用いた再生医療です。骨髄間質細胞を用いた治療とはいったいどのようなものでしょうか。研究に取り組む北海道大学大学院 医学研究科 神経病態学講座 脳神経外科学分野 教授 寳金清博先生に解説いただきます。

脳梗塞後の後遺症・再生医療の可能性についてはこちらの記事1『脳梗塞後の後遺症への治療-「再生医療」という新たなアプローチの可能性』をご覧ください。

骨髄間質細胞とは骨髄の中にある細胞の一種です。

骨髄とは、骨の内部にあるゼリー状の組織で、白血球・赤血球・血小板などの血液を作り出す働きがあります。この働きは骨髄に存在するいくつかの細胞が担っています。その細胞の一つが骨髄間質細胞です。この骨髄間質細胞は、自分と同じ細胞を作る機能や別の細胞を作る機能を持っており、様々な臓器・細胞の再生に役立てられる可能性があると期待されています。

近頃、話題にのぼることが多い再生医療ですが、再生医療には主にES細胞・iPS細胞・幹細胞が利用されます。骨髄間質細胞は幹細胞のひとつであり、幹細胞の中では骨髄間質細胞を用いた研究が最も盛んに行われています。

ES細胞:胚性幹細胞[embryonic stem cells]

ヒトの受精卵(発生初期の胚)の一部の細胞を取り出し、特殊な条件下で培養したもので、様々な細胞に分化する能力をもつ。

iPS細胞:人工多能性幹細胞[Induced Puluripotent Stem cells]

ヒトの皮膚などの細胞にいくつか遺伝子を導入して培養したもので、様々な細胞に分化する能力をもつ。

幹細胞:ステムセル[stem cell]

体の中にもとからある細胞の中で、自分と同じ細胞を作る機能(自己複製能)と別の細胞を作る機能(他分化能)をもつ。

骨髄間質細胞は下記のような特徴があります。

・骨髄から容易に採取し準備することができる

・患者自身の細胞を使うため免疫反応、腫瘍形成などの問題がない

・患者自身の細胞を使うため生命倫理的な問題がない

こういったメリットから骨髄間質細胞を使った治療は臨床応用に有用だと考えられており、盛んに研究が進められています。

この骨髄間質細胞を利用して脳梗塞後の後遺症を回復させようという研究が、北海道大学病院で進められます。

現在、北海道大学病院 ( 臨床研究中核病院 ) では自己骨髄間質細胞移植による脳梗塞再生治療と治療メカニズムの解明を目的とした臨床試験(治験)の準備が始まっています。この研究は医師が主導して進めています。

試験に参加いただいた患者さんから骨髄間質細胞を摘出し、培養後に脳中へ戻すことで、脳機能の再生・回復を図ります。骨髄間質細胞は全身麻酔をした後、腰の腸骨に数十回針を刺して移植必要量を採取します。

本試験では具体的に下記のことを明らかにする予定です。

①患者さん自身の骨髄間質細胞の培養・移植の安全性評価

②中枢神経再生治療の有効性・安全性に関する評価方法

②についてはバイオイメージング技術を用いて下記のような、中枢神経再生医療におけるこれまでにない評価法を取り入れようと考えています。

・培養細胞に関するグライコミクスによる品質評価法

・移植細胞の生着・遊走に関する MRIによる経時的追跡法

・治療効果に関する PET による脳機能評価法

このような新たな評価方法の導入は本研究分野では画期的な試みです。これらの結果をもとにして臨床試験開始のための体制整備・プロトコール作成を進める予定です。

この臨床研究を開始することは2017年2月にアメリカで行われる国際脳卒中学会議(ISC)という有名な脳卒中の学会で発表する予定です。本試験のような臨床研究が日本で行われることは大変大きな意味があります。試験結果に対する注目度は大きいと考えられます。

近年このような脳梗塞に対する細胞治療の研究が進み、実臨床への応用の動きが活発化しています。そういった背景を踏まえ、細胞治療の臨床試験をどのように行っていくかの指針を打ち出すべく、2016年に脳梗塞の細胞治療に関する開発ガイドラインが制作されています。

このガイドラインは北海道大学医学研究科の脳梗塞の細胞治療に関する開発ガイドライン作成ワーキンググループが中心となり制作しました。

このガイドラインは日本で脳梗塞に対する細胞治療に関する治験を行う場合に、開発者が参考にするための手引きです。細胞治療や再生治療が実臨床で活用される場合は、作用機序に基づく製品品質の保証、製造プロセスの運用、品質リスクを踏まえた管理方法の検討が必要です。これらを規定して細胞を「医薬品」として活用していくためのフロー確立が求められます。

細胞を用いた医薬品開発は、既存の医薬品開発と比べ様々な困難があります。

①原材料が細胞であることの難点

これまでの薬剤(つまり化合物)は物質として構造が一つに定まります。しかし細胞治療における原材料は細胞です。細胞は化合物のように構造を持った物質ではなく、一つ一つが組織の集合体であるため、個体差が非常に大きいです。そのため医薬品を承認する機構である医薬品医療機器総合機構(PMDA)における承認申請は非常に難しくなります。

②臨床試験の対象となる患者さんへの倫理性

臨床試験では医薬品の効果を証明するために、実際の細胞を用いて効果をみるグループと、プラセボ(実際の細胞は含まれないもの)を用いるグループを設定します。これはプラシーボ効果を差し引いた医薬品本来の効果を明らかにするためです。化合物の場合には無害な偽薬を服薬する方法で行いますが、細胞治療の場合には細胞の含まれない培養液を投与することになります。その場合、例えば脳内に注射によって投与する細胞治療であれば、プラセボグループは脳内に治療効果はないと考えられる培養液を注入されます。このような手法が倫理的に問題ないかという点は議論の対象になります。

※プラシーボ効果…効果のない偽薬を用いても、投薬されているという認識によって、何らかの症状改善や副作用が確認されること

③神経を再生することの難しさ

再生医療は脳だけでなく体の様々な部分での応用が検討されていますが、筋肉などの再生に比べ、神経の再生はより難しいと考えられます。なぜならば神経はネットワークを構築しているからです。失われている体の部位を補うだけではなく、既存の脳内ネットワークを回復させることは非常に難易度が高いと思います。

これらのことを考慮しながら臨床応用を検討していく必要があります。既存の薬物治療などでの臨床応用とはルールが大きく異なるため、ガイドラインによって臨床応用までの指針を明らかにすることの重要性は大きいといえるでしょう。

これまで脳梗塞の後遺症に対して様々な細胞・治療手法による研究が行われてきました。しかし現状では臨床試験での有用性が示されたものはありません。たとえ動物実験で有用性が示されていても、臨床試験ではプラセボグループと細胞治療グループのほうが有意であるという結果がなかなか得られないのです。

先ほどの「神経再生治療の難しさ」でもお話したように、細胞治療では原材料である細胞に個体差があります。そのため、これまでの薬物治療の研究のように「動物実験で成功したため、臨床でも同様の結果が得られるだろう」という予測はなかなか難しいところがあるといえるでしょう。

開発の難しさがある一方で、細胞治療は脳梗塞後遺症に対する新しい治療として最も期待されている領域です。この領域の発展によって、次世代脳梗塞治療法の確立が期待されています。

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