脳の血管が詰まり血流が遮断される病気、脳梗塞。この病気を発症して酸素や栄養が届かなくなると、脳内の組織が壊死してしまうため、一刻も早く治療を受けることが大切です。かつて脳梗塞は治療の難しい病気とされていましたが、超急性期にカテーテルによる血管内治療を受けることにより、これまで寝たきりになってしまうような患者さんが歩いて帰宅することができるようになる可能性が増えてきています。今回は脳梗塞急性期におけるカテーテル治療(機械的血栓回収療法)の方法や治療後の過ごし方について、国際医療福祉大学三田病院予防医学センター長・神経内科教授の桂研一郎先生にお話を伺いました。
脳梗塞とは何らかの原因によって脳の血管が詰まることで、脳に血液が行き渡らなくなる病気です。脳梗塞は、血管が詰まった箇所や原因によって大きく下記の3つに分類され、どのタイプであるかによって、後ほど解説するカテーテル治療の適応や予後(治療後の経過)が変わります。
脳梗塞のなかでも比較的小さな脳梗塞です。穿通枝(せんつうし)という脳の細い血管にでき、径15mm以下のものをラクナ梗塞と定義します。
ラクナ梗塞の場合、病変のある血管が細すぎるため、カテーテル治療の適応とはなりません。基本的には薬剤の点滴や内服による治療が行われます。
アテローム血栓性脳梗塞は、首から脳に通じている頸動脈や頭蓋内の動脈壁に粥状(アテローム性)の隆起(プラーク)ができ、だんだんと肥厚(ひこう)することで、血管が詰まってしまうタイプの脳梗塞です。
機械的血栓回収療法が行われることもありますが、時間をかけてできたアテロームは非常に硬い場合が多く、カテーテル治療の難易度は高くなることがあります。
心房細動(不整脈の一種で心臓の拍動がうまくいかず細かく震えるだけの状態)が起きることで心房内にできた血栓が血流に乗って脳へ飛び、脳の血管に詰まると、心原性脳梗塞を発症することがあります。心原性脳梗塞は、突然発症することからノックアウト型脳梗塞ともいわれており、ほかの脳梗塞よりも予後が悪いことが特徴です。
しかしながら、急激に発症するため、他のタイプの脳梗塞より病院受診までの時間は短くなることが多く、機械的血栓回収療法の適応となる場合があります。これらの症例のなかに、これまでは、まず回復が不可能で寝たきりになると推察された症例の一部に、カテーテル治療が著効を示し、歩いて帰れるようになる場合があることが報告されてきています。
意識障害や麻痺などで脳梗塞が疑われる方には、まずは病歴の聴取や身体的な所見、CTやMRIなどの画像検査を行い、脳内出血の有無を確認します。出血の可能性が除外されたら、脳梗塞に対する治療を開始します。
脳梗塞発症後24時間以内であれば、エダラボンという脳神経を保護する薬剤を投与し、なおかつ脳梗塞発症から4.5時間以内であれば、エダボランの投与後にt-PA(血栓を溶かす薬剤)を静脈点滴するt-PA療法が適応となります。
上述したようにt-PA療法は脳梗塞発症4.5時間以内と適応の制約があるため、発症後に時間が経っている場合などはそもそもt-PA治療ができないことがあります。また、t-PA療法を行っても、患者さんによっては効果がない場合もあります。
そのようなときには、脳梗塞発症8時間以内であれば、カテーテルによる機械的血栓回収療法を行うことができます。
カテーテルによる機械的血栓回収療法とは、鼠径部(そけいぶ)という足の付け根の大腿動脈からカテーテルを挿入し、脳まで到達させて病変部の血栓回収を行う治療です。
カテーテル治療にはいくつかの方法があり、時代とともに変化してきました。
2010年に日本で初めて保険で認可されたカテーテル治療は、「メルシー(Merci)」という血栓回収用のカテーテルを使用する治療法です。この方法では、まずカテーテルを血栓のなかを通過させ、カテーテルの先端から、らせん状のワイヤーを出して血栓を絡めとり、ワイヤーごと回収します。
メルシーの次に登場したカテーテルは「ペナンブラ(Penumbra)」といって、カテーテルを血栓の近くまで到達させ、血栓が硬い場合にはワイヤーの先で突き、陰圧をかけて血栓を砕きながら強い吸引力で吸引することができます。
2014年には従来のタイプとは違うステント型(金属でできた網目状の筒)のカテーテルが登場しました。ステント型によるカテーテル治療は、カテーテルを血栓まで運び、血栓のなかでステントを広げ、ステントの網目で血栓を絡めとり回収する方法で行います。血栓に覆いかぶさるようにステントが広がるため、取り残しが少なく成功率の高い治療法といわれています。
このカテーテルには「ソリティア(Solitaire)」「トレボ(Trevo)」という種類があり、2017年現在これらのカテーテルを使用した血管内治療が主流となっています。
下図は実際のカテーテル治療前とカテーテル治療後の病変部の所見です。治療前には遮断されていた血流が治療後には再開通されて、レントゲンにもくっきりと血管像が写っていることがわかります。
急性期の脳梗塞におけるカテーテル治療の成功率(日常生活を自分で行うことができる状態まで回復する)は約60%といわれています。t-PA療法の成功率が約37%ですから、60%という数字は高い確率であると考えます。また、カテーテル治療後の回復は速く、約2週間で多くの患者さんが歩けるようになるまで回復します。しかしながらこれらの割合は機械的血栓回収療法が可能と判断された症例の中での割合であり、脳梗塞全体でみれば数%に過ぎません。t-PA療法および機械的血栓回収療法の両者を24時間行える施設がまだまだ少ないことが問題となっています。
カテーテルを鼠径部から脳血管まで進める間に、カテーテルが血管に触れることで、血管の壁に付着している血栓を遊離させ、新たな血栓症を発症させたり、カテーテルにより強い力が血管にはたらき、破れて出血してしまうことがあります。
残念ながら、脳梗塞は治療後高い確率で再発しています。少し前のデータではありますが、約50%の患者さんが10年以内に再発するといわれています。
そのため、脳梗塞は治療が終了したあとも決して油断せず再発予防に努めることが大切です。
再発を防ぐための方法は、脳梗塞の種類によって変わります。
ラクナ梗塞やアテローム血栓性脳梗塞の場合、まずは高血圧に気をつけましょう。そのほか糖尿病の予防やコレステロールの管理・禁煙を行うことも大切です。
また発症後には血栓ができることを防ぐため、抗血小板薬(アスピリン・シロスタゾール・クロピドグレル硫酸塩など)が処方されます。
一方、心原性脳梗塞の場合は、心房細動に伴う血栓の発生予防に努めます。
心房細動は、心臓の拍動がうまくいかず細かく震えている状態のため、血流が滞ることで心房内にフィブリン血栓というものができやすくなります。このフィブリン血栓の生成を防ぐための薬が抗凝固薬で、代表的なものにワルファリンカリウムや、最近はDOAC(Direct Oral Anti Coagulant)と呼ばれる新規抗凝固薬を使うことができるようになっています。
脳梗塞の再発のためには、日常の生活習慣を意識して予防に努めることはもちろんですが、処方された薬を怠らず服用することが何よりも大切です。
国際医療福祉大学三田病院 予防医学センター長/神経内科、国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター教授
国際医療福祉大学三田病院 予防医学センター長/神経内科、国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター教授
日本神経学会 神経内科専門医・指導医日本脳卒中学会 脳卒中専門医・脳卒中指導医・評議員日本頭痛学会 認定頭痛専門医・指導医日本内科学会 認定内科医・指導医日本医師会 認定産業医
日本医科大学を卒業後、スウェーデン王国ルンド大学実験脳研究所助教授、日本医科大学神経内科准教授、同大学多摩永山病院脳神経内科部長を経て、現在は国際医療福祉大学三田病院予防医学センター長・神経内科教授を務める。2017年4月よりは、成田の医学部にて医学教育統括センター教授を兼ねている。神経内科全般、特に脳卒中、頭痛を中心に長年第一線の診療、教育、研究に携わってきた脳神経分野のスペシャリスト。予防医学から現場の臨床へのスムーズな連携を目指している。また、日本脳卒中学会評議員を始めとして、日本頭痛学会評議員、日本脳ドック学会監事、日本神経治療学会理事、日本脳循環代謝学会幹事など、様々な学会においても幅広く精力的に活躍している。
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