脳梗塞予防のための抗血栓薬として、もっともよく使われているワルファリンには、納豆が食べられないといった食事の制限が必要なことがよく知られています。一方、ワルファリンにはその強力な抗凝固作用のため、効きすぎると出血しやすくなるなどのさまざまな問題もありました。ワルファリンの問題点と、それらを克服した新しい経口抗凝固薬について、国際医療福祉大学三田病院 予防医学センター・心臓血管センターの加藤貴雄先生にお話をうかがいました。
従来の抗凝固療法の中心であったワルファリン療法には、以下のような問題点がありました。
ワルファリンが血液を固まりにくくする働きは、食品に含まれるビタミンKによって阻害されます。せっかくワルファリンを服用していても効かなくなってしまうため、ビタミンKを含んだ食品を避ける必要があります。納豆はその代表的なものですが、その他にも青汁・ブロッコリー・小松菜のような緑色の濃い野菜類を大量に摂るとワルファリンの効果が落ちると言われており、かなり食事の制限をしなければなりませんでした。これは患者さんにとって、もっとも大きなデメリットであるといっていいでしょう。
ワルファリンはその効果を安定的に発揮させることが難しく、ある意味不安定な薬剤です。したがって、その抗凝固効果が本当に維持できているかどうかを判定することは困難でした。それを知る方法としてINRという指標がありますが、これはプロトロンビン時間(prothrombin time)という血液の固まり方をみる検査値を世界標準に換算したものです。
このINRの値を検査で確認しながら、適切なレベルになるように薬の量を調整する必要があるのですが、それは非常に手間のかかるものでした。通常はINRの値が2〜3になるように薬の量を調整しますが、これはワルファリンをまったく服用していない方を1とした場合、血液が固まらないようにする効果がその2倍から3倍であることを示す値で、これを治療目標にするというものです。
この治療目標を達成するためには、たとえば1錠1mgの薬を通常2mg使っているとしたら、それを2.5mgや3mgに増やす、あるいは逆に1.5mgに減らすなどして、INRの値が3を超えたり2を下回ったりすることがないように、きめ細かく調整する必要があります。したがって、定期的に患者さんに来ていただいて採血をし、採血の結果が出てから薬の用量を調整するという手間がかかっていました。
また、いったん用量を決めたからといって、何ヶ月もそのままにしておくということもできません。たとえば2週間に1度来ていただき、血液を調べるということが必要になってきます。しかも少し油断をするとINRの値が急激に高くなって、今度は出血のリスクが出てきてしまうこともあります。脳で大出血があっては大変ですし、胃など消化管からの出血といったことも起こりえます。
特に高齢者の場合には効きすぎることが多いため、最近では70歳以上の高齢者についてはINRの値を3に近づけるのではなく、1.6〜2.6を基準範囲として、おおよそ2前後のところを目標とするように変わってきています。
このようにワルファリンは効きすぎが怖いわけですが、だからといってINRの値が適正範囲を下回って十分に効かなくなってしまうと、せっかく脳梗塞を予防するために薬を服用しているにもかかわらず、血栓ができて脳梗塞が起きてしまっては意味がありません。
年齢ばかりでなく、薬の効き方には個人差が大きいという問題もあります。単に生物学的な年齢だけで決めるのはなかなか難しいところがありますし、ワルファリンは内服薬ですので、たとえば下痢をしていると吸収しなくなって効きが悪くなるといったこともあります。そういったさまざまな理由による用量調整の難しさが、主治医を悩ませてきた大きな要因だったのです。
そこで、これまで述べてきたワルファリンの問題点を解決すべく、新規経口抗凝固薬(Novel Oral AntiCoagulants; NOAC)が開発され、わが国では現在以下の4種類の薬剤が使われています。
これらの薬剤は抗凝固作用の仕組みがワルファリンとはまったく異なるため、ビタミンKを含む食事の影響を受けることがありません。また、ワルファリンと同等以上の抗凝固効果が得られることに加え、これまでのワルファリンよりも使いやすいさまざまな特徴を持っています。