肺動脈スリングの手術は先天性気管狭窄症の治療にも関連しています(詳細は『肺動脈スリングとは? ~肺動脈が通常通りに形成されていない先天疾患~』)。前身の東京都立清瀬小児病院時代から症例経験を積んできた東京都立小児総合医療センターで心臓血管外科部長を務める吉村 幸浩先生に、肺動脈スリングおよび先天性気管狭窄症の治療についてお話しいただきました。
東京都立小児総合医療センターは、前身である清瀬小児病院時代から先天性気管狭窄症の外科治療に取り組んできました。先天性気管狭窄症の手術をする子どものおよそ半分に『肺動脈スリングとは? ~肺動脈が通常通りに形成されていない先天疾患~』でご説明した肺動脈スリングが合併し、一方、肺動脈スリングの子どものほとんどに先天性気管狭窄症が合併します。先天性気管狭窄症の程度は、症状のない軽度のものから命にかかわるほどの重症なものまでさまざまで、気管狭窄の程度や長さ、症状などから総合的に手術適応が決まります。東京都立小児総合医療センターが開院してから2022年6月までに手術が行われた肺動脈スリングは34例で、そのうち気管狭窄が軽度であった4例では気管形成術は行わずに、肺動脈スリング手術および併存する心疾患の手術のみ行いました。
また、先天性気管狭窄症の手術成績も向上しています。
肺動脈スリング手術は、右肺動脈から出てきている左肺動脈を切離し、その左肺動脈を気管と食道の間から左肺門部分(気管支から肺につながる入り口の部分)に引き抜いてきて主肺動脈(肺動脈幹)に吻合(つなぎ合わせること)します。肺動脈スリングの手術のみでは命にかかわることはありませんが、手術後に左肺動脈の狭窄(狭くなること)が問題となるケースがみられます。医学の教科書では、左肺動脈の吻合部は動脈管索の接合部とされているのですが、近年、当院では動脈管索の位置とは関係なく、自然な形となるような位置に吻合するように改良しました。また、左肺動脈が非常に細いケースでは、右肺動脈の動脈壁ごと切り離し、左肺動脈の吻合部での狭窄を回避するような工夫も行っています。このように、改良や工夫を加え左肺動脈の吻合に細心の注意を払うことで吻合部の狭窄は減ってきています。また、左右肺動脈の太さや走行する位置、気管や気管支との関係も患者さんごとに異なりますので、個々の患者さんの形態に応じたよりよい再建法を心がけています。
先天性気管狭窄症に対するスライド気管形成術は、狭窄の中央付近で気管を切り離し、頭側の気管には後方(背側)、尾側の気管には前方(腹側)に縦方向の切開を入れ、お互いを重ね合わせるようにスライドさせて再度吻合する方法です。これにより狭かった気管が太くなりますが、気管の長さはスライドさせた分短くなります。したがって、肺動脈スリングと気管狭窄の手術後は、左肺動脈と気管・気管支との位置関係が変化することも医師は知っておかなければなりません。
肺動脈スリングに関しては、年齢や体格に関係なく手術が適応されますが、肺動脈が細いと術後の狭窄が問題になる場合があるので年齢や体格が大きいほうが有利といえます。先天性気管狭窄症の手術も小さければ小さいほど手術や管理も難しくなりますが、待機することが難しい場合には手術が必要となります。肺動脈スリングと先天性気管狭窄症の手術を同時に行う場合には、生後2か月以降を原則としていますが、術前に補助循環が必要になった最重症例では2か月前でも手術を行ったこともあります。また、ファロー四徴症やさらに複雑な先天性心疾患と先天性気管狭窄症との合併例では、まず肺動脈スリングと心疾患の手術を行い、その数日から1週間程度の間に気管形成術を行うようにしています。これは、同時に行うと手術時間が長くなることで出血が増え、心臓への負担やむくみが強くなってしまうなどのリスクが高まってしまうためです。
肺動脈スリングおよび先天性気管狭窄症の術後は、形成した肺動脈や気管の状態などを確認するために、定期的な外来で経過観察を行います。単純CT検査は気管の状態を見るために行いますが、造影CT検査を行えば肺動脈の評価もできます。また、肺動脈スリングの術後には心臓カテーテル・造影検査を行い、手術した肺動脈や心臓の評価をして、肺動脈の狭窄がみられた場合にはカテーテルでの治療を行うこともあります。