ジストニアの外科手術には「記事4:脳深部刺激療法」でお伝えした、「脳深部刺激療法」以外にも、「熱凝固手術」があります。ではどのような手術であり、その手術の違いは何なのでしょうか。東京女子医科大学 脳神経外科の平孝臣先生にお話しをお伺いしました。
「熱凝固手術」とは高周波の熱で脳内の特定部位をピンポイントで焼いて破壊し、諸症状を改善させる手術のことです。異常な部位を焼ききることで症状が改善され、一生ジストニアに苦しまないのだったらそのほうがいいのではないか。前述した、1粒だけ薬を飲んで一生病気が治るのと同じように、1回の手術で治る方が患者さんにとってもよいのではないかと思ったのが、熱凝固手術を始めたきっかけです。
医学の世界ではひとつの考え方が浸透するとなかなか抜けきれないという慣習があります。 現状でいいますと、今のベストな治療方法は脳深部刺激療法なのです。「機械を体内に留置するのがベストであり、熱で脳を焼ききるなんてありえない。過去に数多く熱凝固手術を行って危険だったにも関わらず行うのか」というような批判をたくさん受けました。しかし、過去に行っていたことと、現在行えることの方法論を無視しておられる方がそのような批判をされます。
例えば昔は、脳卒中が起きた場合、絶対に動かしてはいけないといわれていました。首相だった佐藤栄作は会食中に脳卒中を起こしましたが、絶対安静を守ってトイレで寝かされ、医師が現場に往診にきたといわれています。現在ですと、すぐに救急車を呼び、ICUへと運び込み、必要に応じて開頭します。この40~50年で、トイレでの絶対安静からICUでの緊急手術にまで治療の概念は変わったのです。
私が学生の時はジストニアという病気が世の中にあると思っていなかったですし、日本にも患者さんがいるとも思っていませんでした。それが現在では一般的に知られる病気にまでなりました。そのように過去から現在へ治療方法も病気も変遷するのです。
定位脳手術の場合ですと、脳の中を詳しく見る方法がなかった時代には、病巣と思われる脳の場所におおよそで目安をつけて管を入れ造影剤を注入し、レントゲンを撮って治療を行っていました。レントゲンは影絵のようなものですから、歪んで映ることもありますし、病巣がどこにあるのか、どうなっているのかわからなくなることもありました。しかもレントゲンを1枚現像するのに10分~15分もかかっていたのです。そしてレントゲンが現像されるのを待ち、そのレントゲンを見ながら治療を行っていました。ですから、1人の手術に朝から夕方までかかっていたのです。
それがもはや現在では、脳の中は全てMRIやCTでみることができます。脳の中にどの様に針が入り、治療すべき部位と触れるべきではない重要な部位などが画像ではっきりと見えるので大変治療が行いやすく、かつて朝から夕方までかかっていた手術がなんと1時間で終わるようにまでなったのです。
また、局所麻酔ですから患者さんと会話をしながら手術を行います。そのため症状が改善されたのをその場で確認できますし、正確な部位にアプローチできたか・出血などが起きていないかということも手術中にチェックできます。そのように手術が非常に行いやすくなりましたし、しかもより安全で正確になったのです。
上記のような理由で、できるだけ脳深部刺激療法を行わないようにし、熱凝固手術へシフトしてきました。実績で申し上げますと、2014年は脳深部刺激療法と熱凝固手術の症例は同じ数でした。その前までは、正確には数えていませんが全て脳深部刺激療法を行っていました。 2015年は熱凝固手術が60人、脳深部刺激療法は3人しか行っていません。これはある意味先端的な治療法を行っていると私は思っています。先ほどもお話ししましたように、過去の経緯と現在の経緯を知っているからこそ、自信をもって熱凝固手術を行えるのだと思います。
前述しましたが脳深部刺激療法は数百万と費用がかかるのでお金が動きますが、熱凝固手術は熱で脳の特定部位を焼いて破壊するだけなので、20年間も使っている機械で行えます。脳深部刺激療法に比べて費用は少なくて済みますしお金も動きません。そのため機械メーカーにはメリットが無いので熱凝固手術を宣伝しないですし、医師もメーカーも啓発や指導をしようとはしません。全ての治療がそうではありませんが、治療成果を見ずに治療方法を決めてしまう。これは私の専門領域に関わらず、現在の医療の問題点であると思います。
脳深部刺激療法の治療数を減らして熱凝固術を行っているのは、ひとえに患者さんのためです。患者さんのこれからの40年~50年という長いライフスパンを考えると、1回で済む治療法を行ってあげたいのです。
熱凝固手術は脳深部刺激療法に比べて格段に難しい手術です。ウィリアム・テルが息子の頭の上にのせたりんごを矢で射抜いた話がありますが、例えるなら、ウィリアム・テルのさくらんぼバージョンといった方がわかりやすいでしょうか。熱凝固手術はさくらんぼをライフル銃で命中させなければならないくらいの非常に高い精度が求められます。しかし脳深部刺激療法はレーザービームを使って、さくらんぼに命中するまでやり続けることができるのです。
熱凝固手術の際は、技術の難易度も高くかなり集中力も要するので、精神的に大変すり減ります。手を付けづらい・失敗が怖い治療法のために敬遠されてしまうのでしょう。しかし私は「失敗が怖い」という医師ほど脳深部刺激療法がベストな治療方法であるといって、ごまかしていると思います。本当にベストな治療は何かと突き詰めると、私たちがリスクを背負ってまで行わないといけない治療に行きつくのです。
治療に関しては世界中で同じような傾向にあり、「これではいけない」という危機感のもと、3年前から私と同じような方向性の医師が世界中から集まって、年1回・3日ほど合宿して、若い世代に徹底的に熱凝固手術のノウハウを教えています。2014年は東京で行い、欧米から約50人が集まりました。手取り足取り教育を行うので大変ですが、とても意義のある会合であると思っています。
熱凝固手術を1度行い、3か月間効果があれば、その効果は一生続きます。しかし、「脳に穴を開ける・開頭するのは、いくら縫合をするといえども心理的に嫌である」「機械を体内に入れるのも嫌である」という患者さんもいらっしゃるので、私はしっかりと患者さんと対話します。「脳深部刺激療法は現在標準的な治療で、世界で広く認められている」「熱凝固手術は世界の一部しか行っていないですし、脳を焼くので世間では危険な手術だと思われていますが、機械は体内にいれなくてもいいです。どちらを選ばれますか?」と聞くと、大多数は熱凝固手術を選ばれます。機械を体内に入れられたくない方は相当多いです。
特に社会的にアクティブな年代の方々にとって、異物を体内に入れ、数年ごとに電池交換手術をしなければならないというのは社会的なハンディになりえるのではないかと思います。
アプローチポイントがずれてしまった・再発をした(手術の直後は効果があるが、3か月以内に再発することもある)場合、再手術を行うこともあります。局所麻酔をして脳に電極を刺す手術は、普通は辛く苦しいものです。ですから患者さんは二度と手術を受けようと思わないはずです。しかし患者さんは「早く治療を受けたい」と再び来院されます。
それはなぜかと申しますと、例えるなら手術室を高級エステサロン並みの仕様に整えて、手術を行うからなのです。まず、医療従事者を徹底的に教育します。髪の毛に関しては、大きく剃りませんし(必要な部位だけ最小限にバリカンで髪の毛を剃ります)、患者さんのお好きなシャンプーで丁寧に洗髪し、乾かします。また、ご本人のお気に入りの音楽をかけることも可能です。手術室の室温調節も患者さんのご要望に合わせ、適宜行います。患者さんと話しながら手術を行うこともあります。患者さんは局所麻酔で意識がありますから、手術が怖くてたまらないはずです。ですから、手術にまつわる細やかな配慮がとても大事なのです。これは私が大切にしているポイントと言っても過言ではありません。
不可避な出血もありますし、定位脳手術の安全性は高いとはいえません。ですから、気軽に受ける手術ではないですし、私たちも手術前にはしっかりと説明をします。しかし本当に症状に困っている方にとって有効性は大変高いですし、手術後の体への負担は軽いです。
ジストニアには全身性から局所性まで色々なジストニアがありますから、何回も執刀しなければならない場合もあります。特に全身性ジストニアはそのケースが多いです。実際のところは、患者さんは局所性ジストニアの方が多いですから、何度も何度も執刀することはそうありません。なお、10人に1人は再発されますが、予後3か月経って再発が無ければほとんどの方は一生症状が出ません。
三愛病院 脳神経外科
平 孝臣 先生の所属医療機関
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