ロービジョンケアとは、視覚的な障害があるため、日常生活に何らかの支障をきたしている人に対して医療的・教育的・職業的・社会的・福祉的・心理的など様々な面から行われる支援の総称を指します。ロービジョンケアは一般の方はもちろん、医療関係者にもまだあまり知られていない分野ですが、現在医療・福祉・教育などあらゆる角度から支援がなされはじめています。今回はロービジョンケアとはどのようなものなのか、その方法を交えて、日本ロービジョン学会長の加藤聡先生にお話しいただきます。
ロービジョンとは、病気やけがなど、何らかの原因のために視力が不十分であり、視野が狭くなっている状態を指します。また、視機能を矯正することができず、日常生活や社会活動において不自由な環境に陥っている方のことをいいます。
ロービジョンは英語表記で“low vision”であり、直訳すると「弱視」になります。ロービジョンと弱視、視覚障害の使い分けに関しては、医師ですらも混在しているのが現状です。
ロービジョンという言葉が用いられる以前、日本では「盲」という言葉が用いられていました。元々「盲」は、当時戦争などで物理的に目を失った方を対象とした言葉であり、全盲(全く見えない方)を指していました。現在でも日本盲人連合会などは「盲」の言葉を残していますが、今は全く見えない状態の方の割合が少なくなってきているため、残された機能(残存機能)機能を最大限生かす方法を考えていくことが重要になってきました。これに基づき、ロービジョンという言葉が使われるようになってきたのです。
では、ロービジョンと弱視の違いは何でしょうか。
弱視は、眼科医が呼ぶ「弱視」と世間一般でつかわれる「弱視」で意味が異なってきます。
眼科医からみた「弱視」は、眼球および視路の器質的な障害を伴わない視力障害で、もちろん眼鏡などでの矯正は不可能な状態のことをいいます。一方、世間で用いられる「弱視」は、糖尿病性網膜症や緑内障など、明確な疾患を持っている方が眼鏡などを用いても見えづらくなっている状態を指します。ですから、眼科医が糖尿病網膜症によって見えづらくなっている方のことを「弱視」と表現することはありません。
このように、弱視という言葉では患者さんの疾患の有無で使い方が異なるため、疾患の有無に関わらず該当する言葉として「ロービジョン」が普及されていったのです。なお世界保健機関(WHO)の基準では、ロービジョンは矯正視力が0.05以上0.3未満と定義されていますが、ロービジョンケアという場合には、実際にはそれ以下の視力の方も含めてロービジョンと呼んでいます。
ロービジョンケアとは、ロービジョンの方に対して医療的・教育的・職業的・社会的・福祉的・心理的など様々な面から行われる支援の総称を指します。
主な目的は、発達・成長期である子どもに必要なハビリテーションや、大人の中途障害に対応するリハビリテーションです。
よりよく見える工夫として、眼科医は以下のような事柄ができるよう情報提供を行い、アドバイスや指導、訓練を実施していきます。
・視覚補助具や照明などの活用や視覚以外の感覚の活用(音声機器や触読機器など)、
・情報入手手段の確保(ラジオ、パソコンなど)
・公共施設の活用(点字図書館、生活訓練施設の利用)
・進路の決定(特別支援学校への進学、職業訓練施設の利用)
・福祉制度の利用(身体障害者手帳、障害年金)
・視覚障害者同士の情報交換(関連団体、患者交流会)
日本ロービジョン学会の会員割合は3分の1が医師(眼科医)、3分の1が視能訓練士ですが、実際のロービジョンケアには教育関係者、福祉関係者、補助具販売店などの役割が非常に大きいといえます。ロービジョンケアの歴史は福祉や教育のほうが圧倒的に長いため、眼科医(とくにロービジョンケアを専門にしている医師)が主体となっていると、かえってロービジョンケアは広まらなくなってしまうでしょう。
眼科では、主に目が見えづらくなった患者さんの「窓口」としてロービジョンケアを行っています
目が見えづらくなった患者さんは、最初のうちは白杖の正しい使い方などを知りません。たとえば東京都などの都心では身体障害者センターなどのインフラストラクチャーがしっかりとしているため、患者さんの要望に応じて適切な場所を紹介することができます。このように、患者さんの状態を確認し、その方が必要とする支援を行っている施設へ橋渡しを行うのが、ロービジョンケアにおける眼科の役割です。
(ただし、この橋渡しには地域差があり、現在の課題となっています。詳細は記事2『ロービジョンケアの課題と展望、ロービジョン学会の取り組み』でご説明します)
※ロービジョンケアを行っている施設は日本ロービジョン学会のホームページ、もしくは日本眼科医会のホームページで知ることができます。
日本では、視覚障害の患者さんが日常生活を少しでも支障なく過ごせるよう様々な視覚補助具が開発・活用されています。視覚補助具は工学的補助具と所謂「便利グッズ」の2種類に大別できます。
*1:視覚障害者のための光学的補助具
光学的補助具には、眼鏡や拡大鏡、拡大読書器などがあります。
・眼鏡
一般的に活用されている補助具です。見えづらさを感じたら、まずは眼科で眼鏡の装着を相談することが推奨されます。羞明(しゅうめい:眩しさを感じやすい)対策用の遮光眼鏡もあります。
・ルーペ(拡大鏡)
手持ち式や卓上式、取り付け式など様々な種類があります。
・単眼鏡
駅の表示や掲示板、学校の黒板などを診るのに便利な、小型望遠鏡です。
・拡大読書器
最大40倍程度まで拡大可能な補助具です。授業や化粧の際にも用いられます。
*2:視覚障害者のための便利グッズ
市販されている便利グッズを活用することも良い方法です。例えば、ボタン式で適量の醤油が出てくる醤油さしや、白米とのコントラストがはっきりとして食べ残し防止につながる黒いお茶碗、振動や音声で時刻を知らせる音声時計などを活用することで、生活の質は向上するでしょう。
視覚補助具については、日本ロービジョン学会でもガイドブックを作成して、用途や使い方を紹介しています。眼科医が患者さんに直接補助具を販売することは難しいため、そのような形で患者さんに多くの補助具を紹介し、その中からご自身で必要なものを選んでいただきたいと考えます。こうした補助具があることを知ってもらうだけでも、患者さんの生活は全く異なってくるでしょう。
なお、タブレット端末もロービジョンケアの分野で非常に期待されている補助具ということができます。タブレット端末は、文字の拡大や白黒反転、文章読み上げ機能など視覚障害の方をサポートする機能が充実しています。
タブレット端末を用いるメリットは他の視覚補助具に比べて安価であること、加えてご自身のお子さんやお孫さんが使い方を知っていれば、身近な人から使い方を教えてもらえるということにあります。
また盲学校においても、子どもにタブレット端末はもはや必需品です。教科書の字も拡大して見ることができますし、生き物の観察なども写真で撮ったものを拡大すれば容易に観察が可能です。以前は拡大教科書という分厚い教科書が主に用いられていましたが、小中学生の子どもに持ち運びをさせるにはあまりにも重く酷な話でした。今後は、タブレット端末を用いた教育の充実が望まれます。
今後10年、20年と経過すれば、高齢者でもタブレット端末やパソコンを使ったことのある方が増加していきます。ですから、より一層パソコンを用いたロービジョンケアが必要になってきます。勿論、タブレット端末の使用でロービジョンのすべてが解決できるわけではありませんが、これからは今まで以上にタブレット端末によるロービジョンケアが普及していくでしょう。
ロービジョンケアでは福祉分野が中心となった就労支援も行われています。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構やハローワーク、市町村などの公的機関が主に支援活動を行っており、NPO法人によるサポート体制も整いつつあります。
また、法的に視覚障害者を守る制度も存在します。例えばマッサージ師という職業は、本来国家試験を所持する方が名乗れるものであり、マッサージは正式には「指圧」と呼びます。このマッサージ師の国家資格を取るための学校は、正常の視力を持つ方が一定以上入学できないように、法律で規制されているのです。
かつてから視覚障害者の方の多くが指圧の技術を身に着け、マッサージ師の職を得てきたという背景が関係します。通常通り見える方が指圧の世界に参入すると、当然効率的に指圧が行えるため、顧客も流れてしまいますから、その結果、視覚障害者が職を失うことになりかねません。この法律は、視覚障害者の雇用を守るためにできたといえます。
東京大学 医学部眼科准教授
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