ストレスなどが密接に関与する「心身症」と聞くと、いわゆる「心の病気」のひとつだと思われる方も少なくはないのでしょうか。しかし、これは誤った認識です。医療者間においても誤解が多いといわれる心身症を正しく理解するために、東京大学医学部附属病院心療内科科長の吉内一浩先生にご解説いただきました。
病気とは、大きく「身体疾患」と「精神疾患」にわけられます。このうち、「心身症」とはストレスなどの心理・社会的因子が大きく関与するものの、「身体の病気」に分類されます。
日本心身医学会では、心身症を以下のように定義しています。
『身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する』
この定義は1991年に定められて以降、変更されていません。しかしながら、20年以上が経過した現在においても、「心身症は神経症やうつ病といった精神疾患のひとつである」と誤解されやすい傾向にあります。これは、一般の方だけでなく医療者においてもいえることです。このように、心身症に関する正しい理解が進まない原因には、心身症の専門科である「心療内科」の講座・診療科が、日本の81大学医学部中、私が勤務する東京大学も含め、わずか8つしかないといったことが挙げられます。
本記事では、心身症に関する多くの「誤解」を解消するために、心身症の特徴や混同されやすい精神疾患について述べていくものとします。
心身症とはあくまで身体疾患であり、身体疾患のうち、その病気の「発症」や「過程」に心理・社会的因子が大きく影響してくるものを指します。心理・社会的因子の中でも、最も大きいものは「ストレス」です。ですから、“ストレスが発症や過程に関わる身体の病気”が心身症であると捉えていただけると、イメージがしやすいでしょう。
ここでいう「発症」と「過程」は、“and”もしくは“or”で考えます。病気の発症のみに心理社会的因子が関係している場合、経過のみに関係している場合、あるいは発症と経過両者に関係している場合の全てが該当します。
具体例として消化性潰瘍を挙げましょう。消化性潰瘍の原因は、ピロリ菌感染もしくはアスピリンなど、NSAIDsと呼ばれる解熱鎮痛剤の長期服用です。つまり、心理社会的因子は消化性潰瘍の発症の直接的な原因とはなるケースはほとんどないと考えられています。
ところが、芦屋市立芦屋病院(兵庫県)が、阪神・淡路大震災後に報告した「阪神淡路震災後の追跡 肺炎,気管支喘息,消化性潰瘍及び糖尿病に及ぼす別個の影響」によると、損傷患者が初期に殺到した後の3か月間(1995年2月から4月)に、消化性潰瘍の患者が増加しており、そのうち39.5%は巨大潰瘍、34.8%は出血性の合併症を伴っていたと示されています。胃潰瘍のみに目を向けると1995年2月の患者数は、前年2月の4倍にも増加しています。
このことから、震災によるストレスが、消化性潰瘍の「過程」において間接的に影響したものと考えられます。
また、同論文では震災後の「糖尿病」の増加にも言及しているほか、他の研究では心血管疾患(心臓・血管などの循環器における疾患)と突然死も増えたと報告されています。
これらが、「心身症」の一例です。消化性潰瘍や糖尿病といった病名から、大きなストレスが関与しているものの、精神疾患ではなく「身体の疾患」であるとご理解いただけるのではないでしょうか。
心身症を正しく理解するにあたり、「身体疾患」と「身体症状」を明確に区別して捉えることは非常に重要です。心身症は身体疾患ですから当然身体症状を呈しますが、精神疾患にも身体症状を伴うことがあるからです。
極端な例になりますが、かつてフロイトが「ヒステリー神経症」として報告した、ヒステリーによる麻痺などが、精神疾患による身体症状に該当します。この疾患は、解剖学的には全く異常がないにもかかわらず、「足が動かない」という身体症状がありました。身体症状を呈し、心因的な要因も関係しているという点においては心身症と同じですが、これは精神疾患であるため心身症ではないのです。
胃腸障害や、身体の様々な部位に痛み症状が現れる「身体表現性障害/身体症状症」なども、身体症状が主症状として現れる精神疾患であり、心身症ではありません。
冒頭に記した心身症の定義の中に、「器質的ないし機能的障害が認められる病態」という文言がありました。器質的障害とは、身体の組織や器官が物理的に損傷されており、病変部位を物理的に特定できるものを指します。対する機能性疾患とは、解剖学や病理学的な異常は特定できないものの、心身に機能低下などがみられる状態を指します。
心身症にはこのどちらも含まれ、機能的障害が認められる疾患には、機能性腸疾患などが挙げられます。これは、内視鏡でみても胃や腸には病変が認められないものの、便秘や下痢を繰り返す疾患です。
器質的疾患の典型的なものとしては先に挙げた「消化性潰瘍」があります。また、「バセドウ病」も、器質的障害が認められる心身症といえるケースがあります。バセドウ病は、ストレスなどがかかったとき、甲状腺に対する自己抗体が生じ、甲状腺ホルモンが過剰分泌されてしまう疾患です。
ただし、上記した消化性潰瘍もバセドウ病も、心理社会的因子が必ずしも関与しているというわけではありません。たとえば、消化性潰瘍であれば、ストレスを受けておらずとも、ただ単にピロリ菌感染したことにより発症することもあるわけです。
ですから、ある身体疾患のうち、ストレスが関与している「一部」が心身症ということになります。
エビデンス(科学的根拠)レベルが強いわけではありませんが、心身症になりやすい人とは、ご自身の感情に気づきにくい人、ストレスがかかっていることを感じにくい人といわれています。これを、医学の世界では「失感情症(アレキシサイミア)」と呼びます。失感情症の方は感情表現が不得手であり、またストレスが蓄積していたとしても辛いという意識がないため、周囲の方も「いつもどおり」と感じてしまい、患者さんの受けているストレスの重さに気づけないことがあります。
心身症を診る専門の診療科は、「心療内科」です。心療内科は、しばしば精神科や神経内科と混同されることも多い科ですが、正式には「内科の一部」です。後者は精神疾患を専門にみる科であり、心身医学に基づき身体の疾患を診る専門家は心療内科ですので、より適切な施設へとたどり着けるよう、受診の際に医師とよく相談することをおすすめします。
心療内科とは、心身症を主な対象疾患とし、薬物治療に加えて心理的なアプローチも併用して治療を行う診療科です。
たとえば、非常にストレスフルな職場で勤務されていた方が本態性高血圧症を発症し、降圧剤だけではコントロールできないということで当科にいらっしゃり、心理療法の併用で落ち着かれた実例があります。このほか、糖尿病なども心身症に該当する場合は心療内科で治療することがあります。
私たちが用いる心理療法の中でも比較的エビデンスが強いものは「認知行動療法」です。次いで「自律訓練法」があるほか、「バイオフィードバック法」も海外でいくつかのランダム化比較試験が行われており、エビデンスが確立されつつあります。
使用する薬剤(主に向精神薬)は、ケースバイケースです。
ただし近年の傾向として、心療内科ではベンゾジアゼピン系薬剤は、依存性などの問題があることから慎重に使用されるようになっています。日本では、ベンゾジアゼピン系薬剤が気軽に処方されるケースも経験しますので、診療科を超えて認識を改めていくことが必要であると感じています。
心身症が精神疾患とは異なるものであることは、おわかりいただけたかと思います。
ただし、食行動に問題が生じる摂食障害については、捉え方により心身症であるか否か分類が難しくなります。
食事を摂りすぎ、二次的に肥満の状態になり、三次的に身体に様々な障害が現れる「肥満症」は、身体疾患として扱われます。摂食障害もまた、「やせ」など二次的に非常に大きな身体的異常が生じるため、この肥満症の逆の病態と捉えることもできます。
そのため、心身症に分類する見方もできますし、病気の本態である「体型や体重に対する認知のゆがみ」に焦点を当てると精神疾患として捉える見方もできるのです。摂食障害をどう捉えるかは専門家の間でも立場によって変わることがあります。
次の記事「摂食障害とは、その原因と最新治療」では、この摂食障害について、詳しくお話します。
東京大学大学院医学系研究科・ストレス防御・心身医学分野 准教授、東京大学医学部附属病院心療内科 科長
吉内 一浩 先生の所属医療機関
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日中入浴後の体調不良
本日、日中入浴後めまい頭痛胸の痛み発生。体が重く脱力感(通常通り) 就寝後7時過ぎストレスを受け頭の血管が切れそうな感覚。その後現在も頭全体がぱちぱちとする。脈107/分 →明日内科受診予定 手の痺れは半年以上前から→整形外科受診 (頚椎ヘルニアではないようす。体調不良のため現在通院中断中) ストレス症状諸々→現在の精神科病では1年通院 (障害者手帳所持) (ビタミン剤 鎮痛剤 寝る前の薬処方) 症状詳細 ほぼ寝たきり 脱力感 頭痛 不眠 体の激痛 意欲低下 手の痺れ お腹の張り イライラしやすい 虚無感 食欲の波 一時歩行障害 PMS→精神科にて漢方処方 どれも違う病気の症状かと思っていましたが、もしかしたら同じ病気の症状なのでしょうか?
原因不明の顎や頬の痛み、奥歯の痛みについて
私の妻が原因不明の顎の痛みに悩まされております。 7月11日に奥歯の左下を抜歯(医療センター)。14日頃から強い痛みがあり、通院しましたが、原因不明と診断。 22日になってもまだ痛みがあり、病院でドライソケットと診断され消毒しました。その際に消毒は引き続きしたほうがいいと話があり、24日、28日は近くの歯科で消毒を行いました。 8月に入る頃には痛みが治ったため、8月5日に右上の奥歯(虫歯となっていた)を抜歯。(近所の歯科) 抜歯自体はすんなり終わりましたが、2-3日後に頬や顎に強い圧痛が出る。 8月14日、最初に抜歯した医療センターに相談。レントゲンを取りましたが、異常なし。 8月17日、医科歯科大でレントゲン。異常なし。 8月22日、医療センターで相談をしたものの、異常なしと診断される。 8月22日前後に針の治療などを行う。 8月22日、痛みの原因がわからず、精神的に不安な状態となったため、内科で精神安定剤をもらう。 9月19日、別の歯科にて痛みを相談。歯の食いしばりに効くというマウスピースをもらい、装着を試すが、変化なし。 9月30日、大学病院の口、顔、頭の痛み外来にて診察。顎筋痛と診断。ストレッチを指導され、試す。口は多少開くようになるが、痛みは改善されず。 10月14、28日、大学病院に通院。口は開くようになっているから改善されていると診断。経過観察。 10月23日、27日、31日。痛みが続いていたため、顎関節の治療に定評がある整体へ通院。首が曲がっていると診断され、筋肉が硬くなっていると話があったものの、改善されず。 11月7日、心療内科にて診察。身体性表現障害の可能性があり、抑うつ状態と診断され、11月15日から会社を休んでいる状態です。 仕事を休んでいる状態ですが、顎や頬の痛みは取れません。 日によって痛みの波がありますが、夕方に痛みが増す傾向にあります。 食事しているときは痛みは気になりません。 鎮痛剤は効かず。 毎食後にツムラ酸棗仁湯エキス顆粒。 寝る前にクロチアゼパム5mg。 何か痛みを取るために良い方法はないでしょうか?
筋肉が痙攣する
2ヶ月ほど前から はじめはふくらはぎ辺りのだるさ、筋肉がピクピク動くのが気になることから始まりました。痺れや痛みはありません。 この症状が出る前に風邪を引きました。 医師から抗生物質などの薬を処方され、風邪の症状は治ったのですが、そのあたりからこのような症状が出てきた気がします。 それから2ヶ月の間、 症状が和らいだ時もありましたが、いまだに寝る時や座ったままの体勢のときに症状が出ます。ほぼ毎日です。 1ヶ月ほど前からは眼瞼痙攣や 二の腕などの筋肉もピクピクと動く感覚が出始めており、全身に広がってきているような気がします。 神経内科、脳外科、内科を受診し、 血液検査やMRI検査をしました。 血液検査は異常なしでした。 MRI検査で、下垂体に腫瘍があるかもしれないと診断されましたが、担当医師曰く、上記の症状とは関係ないと言われました。 立ち上がれなかったり、動かしにくいという事はないのですが、2ヶ月もの間ほぼ毎日のように症状が出ているので気になって仕事や家事にも集中できず困っています。 考えられる病気などありますか?
鼠径ヘルニア手術後の体調不良
10/4 総合病院にて鼠径ヘルニアの手術を受け、10/6に退院しました。 術後より明らかな発熱は無いものの、頭が暑く感じる・頭痛・だるさ・食欲不振が続いております。 入院中、担当医へも上記症状を訴えたものの「原因不明」と言われ対処療法も無くただ安静に過ごすのみです。 ①これらの症状は全身麻酔の一般的な後遺症でしょうか? ②後遺症であった場合、いつ頃まで続くものでしょうか? ③症状が続く場合、何科を受診すればよろしいでしょうか?(本来ならば手術を受けた病院にかかるべきでしょうが、原因不明のみしか言われないので不信感があります、、、) ④症状がどれくらい続いた場合、どのタイミングで受診すればよろしいでしょうか?(緊急性があるのか?) ご確認の程よろしくお願いいたします
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