腕にしびれや痛みが現れる病気は非常に多岐に渡ります。このうち、首の骨を支えている椎間板が加齢により変形することで神経を刺激し、片側の腕や手、肩に症状が現れる疾患を「頚椎症性神経根症」といいます。頚椎症性神経根症の治療法や発症しやすい年齢、日常生活で避けたほうがよい動作や姿勢について、杏林大学医学部付属病院副院長の市村正一先生にお伺いしました。
頚椎症性神経根症のメカニズムを理解するためには、まず首の骨である「頚椎」の構造を知る必要があります。頚椎の中心部には脊髄が通っており、ここから計8本の神経根が上肢(腕)に向けて伸びています。
脊髄の通る管は脊柱管、神経根の通る管は椎間孔(ついかんこう)と呼ばれます。
頚椎は7個の骨が積み重って形成されており、それぞれの間にはクッションの役割を果たす「椎間板」が存在します。しかし、この椎間板は「加齢」に伴い傷み、弾力性を失って後方へと飛び出すように膨らんでいきます(膨隆)。
このように椎間板が加齢により変性した状態を、「頚椎症」と呼びます。
椎間板がクッション性を失うと、頚椎は正常な動きができなくなり不安定になるため(頸椎異常可動性)椎骨には異常なストレスがかかるようになります。これにより椎骨の周囲が棘のように突出する「骨棘(こつきょく)」が形成されます。骨棘が形成される理由は、異常なストレスを抑えようとする生体の反応によるものです。
本記事で扱う「頚椎症性神経根症」の症状は、変性した椎間板や突き出た骨棘が、椎間孔を狭めて神経根を圧迫することで起こります。
(※頚椎症により、神経根ではなく脊髄が圧迫される疾患を「頚椎症性脊髄症」(記事2)といいます。詳しくは記事2をご覧ください。)
頚椎症性神経根症の主たる原因は「加齢」です。椎間板は年を重ねることで自然と変性してしまうため、外傷や転落、事故などで大きな衝撃を受けずとも、ある程度の年齢になると一定の割合で発症してしまいます。
しばしば「パソコン作業」などが直接的な原因になるかと質問を受けますが、これは頚椎症性神経根症の発症には関係していません。
頚椎症性神経根症の症状の特徴は、左右どちらか片側の上肢にしびれや痛みが現れることです。この理由は、通常一側の神経根のみが、骨棘や椎間板変性により圧迫されるからです。
また、一方の肩に肩こりが現れることもありますし、肩甲骨の内側に痛みが及ぶこともあります。肩甲骨の内側は首とは離れているため、胃潰瘍などの内臓疾患と間違われることもあります。反対に、頚椎症性神経根症ではなく心筋梗塞で上肢痛が生じることもあります。
頚椎症性神経根症は加齢に伴う椎間板変性が原因となるため、10代などの若い方には起こりません。ただし、椎間板の変性は20代からはじまるため、20代や30代といった若年層の方でも一定の割合で痛みが現れることはあります。とはいえ骨棘が形成されるまでには時間がかかるため、実際に頚椎症性神経根症や記事2で解説する頚椎症性脊髄症を発症するのは40代・50代以降の中高年の方が多くなります。
更に年齢を重ね70代や80代になると、今度は骨棘が多数形成されて頚椎の不安定な動きが少なくなくなるために、痛みなどの症状が軽減することもあります。
ですから、椎間板が突出していたり骨棘が形成されていても、全ての方に痛みが現れるわけではありません。多くは以下二つの因子が重なり合うことで現れると捉えていただくのがよいでしょう。
(1)神経や脊髄への圧迫(静的な因子)
(2)頚椎の異常な動き(動的な因子)
頚椎症性神経根症が疑われる場合、まずはレントゲン検査を行います。なぜなら、首から上肢に痛みやしびれが生じる疾患は非常に多く、鑑別診断が必要になるからです。
たとえば、若い女性の方で腕がしびれる場合には「胸郭出口症候群」という、頻度は少ないものの広く知られた疾患の可能性もあります。
胸郭出口症候群はなで肩の方に起こりやすく、典型的な症状として、電車のつり革をつかんでいると腕がしびれたり、だるくなるといったものが挙げられます。しかし、胸郭出口症候群は神経ではなく「血管」が圧迫されることが原因となって起こるため、症状は似ていても頚椎症性神経根症とは全く異なるものなのです。
このほか、先天的な頚椎の奇形や肺がんによって神経が圧迫されていることもあるため、レントゲン撮影は検査の基本となります。
さらに正確な診断のためMRIを行うこともあります。MRIにより椎間板変性の程度や神経の圧迫の評価が可能となり、椎間板ヘルニアや、ときには神経の腫瘍が発見されることもあります。頑固な肩こりやしびれが持続する場合はMRIを行うことが推奨されます。
レントゲンとMRIは画像検査ですが、「筋電図」は主に神経筋疾患を診る“電気生理的な検査”です。腕や手にしびれが出る疾患の中には、以下のように画像診断のみでは判断できないものもあります。
たとえば、正中神経が手首の部分で圧迫されることにより、親指、人差し指、中指、薬指にしびれが生じる「手根管(しゅこんかん)症候群」や、尺骨神経が肘の内側で圧迫されることで小指にしびれが出る「肘部管(ちゅうぶかん)症候群」は、筋電図を用いて診断します。
上記のほかにも類似疾患は多々存在します。中には髄液採取を要する疾患もあり、このような場合は神経内科へ紹介することとなります。
一般的に頚椎症性神経根症の予後も良好といわれています。このため、頚椎症性神経根症の治療は、手術をしない「保存療法」が主となります。一方、記事2で取り扱う頚椎症性脊髄症は基本的に手術が必要になります。
保存療法には大きく分けて薬物療法と装具療法の2つがあります。具体的にどのような治療を行っていくのか、以下に詳細を記します。
炎症を抑える消炎鎮痛剤(NSAIDs)、神経痛やしびれを改善するビタミンB12製剤、神経障害性疼痛を緩和するプレガバリンなどを用います。
首に装着する頚椎カラーなどの装具を用いて、異常な動きをする頚椎を固定し、骨棘による神経の刺激を低下させます。頚椎カラーを就寝時にのみ用いる方法もよいでしょう。
日中、起きている間は首の筋肉がはっており、異常な動きが抑えられている場合でも、夜間寝ている間は首に負担がかかるような姿勢をしている可能性があります。寝返りを打つこともあるでしょう。私自身も痛みを感じるときには、就寝時のみ頚椎カラーで固定を行うことがあり、おすすめしている使用法です。
上述した保存療法により大部分の方の炎症は治まり、症状は改善されます。ただし、保存療法によって椎間板変性が治ったり、骨棘がなくなるわけではありません。頚椎症性神経根症は基本的に“腰痛持ち”などと同じようなイメージで、「うまく付き合っていくもの」と捉えていただくのがよいでしょう。
たとえば、薬を慢性的に長期間服用するのではなく、長時間の車の運転などで痛みを感じたときにのみ服用します。頚椎カラーも夜だけ使うなど、ご自身の負担にならないように使用することが大切です。
このほか、椎間板への荷重を減らすためご自身で首を牽引する「牽引療法」をお教えすることもあります。ただし、牽引時に首を後屈させてしまうと症状が悪化することもあるため、やり方には注意が必要です。私は患者さんに対して「顎を引く」などの方法を指導したうえで、「やってみて気持ちがいいと感じる場合は、どうぞ使ってください」といった形でおすすめしています。実際に心地よいといわれる方も多くみられます。
前項でも触れた通り「後屈」動作はおすすめできません。特に女性の方の場合、首を反るように仰向けになる美容院でのシャンプーは避けるようにしましょう。ただし、痛みがあると人間は自ずと動作を制限するため、ご自身で行う分には問題ありません。
また、ご自宅のソファなどで姿勢を崩して寝ることも症状悪化の原因になります。
このほか、新幹線や車の座席に長時間座り続けることも、頚椎に対し負担をかける“無理な姿勢”を長時間続けることになりますので注意しましょう。
また、肩こりがある場合は凝っている方の腕で重い荷物を持たないよう意識することをおすすめします。軽いカバンなどでしたらあまり問題にはなりませんが、重い荷物を症状がある側の腕で長時間持つことで、首にも負担がかかってしまうのです。
ご自身が楽だと感じる枕を使用することは、頚椎症性神経根症に限らず大切なことですが、枕にあまり過度な期待は持たないほうがよいでしょう。先述した通り、寝ている間は無意識に首を動かしたり寝返りを打っている可能性もあり、枕だけでは動作をコントロールすることはできません。枕はあくまで補助的なものと考え、頚椎カラーなどの装具で固定することをおすすめします。
頚椎症性神経根症のほとんどは保存療法で治療できますが、頑固な痛みが続く場合は手術を行うこともあります。手術の目的は、症状の原因である(1)神経への圧迫(静的因子)と(2)頚椎の異常な動き(動的因子)を除去することです。
手術法は患者さんの病態により使い分けますが、原則としては圧迫部位のある前方からアプローチします。
具体的には、頚の前側に切開を加え、神経を圧迫している膨隆した椎間板や骨棘を切除します。これを「除圧」といいます。
その後、椎間板を除去することで生じた空洞部分に骨を移植して「椎間を固定」し、頚椎のぐらつきを抑えます。
以前は空洞部分に患者さんご本人の腸骨(骨盤の骨)を移植していましたが、現在は採取部位に生じる痛みを最小限に抑えるため、人工骨に一部だけ腸骨をプラスし、採取する骨を減らす工夫をしています。
また、腕を骨折したときに金属で固定するのと同じように、場合によっては頚椎の手術にも金属製プレートを用いて固定し、患者さんが早期にリハビリできるようになりました。
既になんらかの手術を行っており頚の前方からは手術ができない場合などに、後方からアプローチする方法を選びます。
ただし、膨隆した椎間板を後ろから除去することは技術的に困難です。このため、骨棘と同様に後ろの椎弓を削って、神経根の圧迫を後方から除圧することもあります。一般的には後方から手術を行う場合除圧のみを行いますが、時には後方からでも固定が必要な場合もあります。この際にも骨癒合(骨同士がくっつくこと)を促す様々な工夫を用い、患者さんがより早く社会復帰できるよう努めています。
杏林大学医学部付属杉並病院 院長、杏林大学医学部付属病院 杏林大学医学部客員教授(整形外科学)
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