近年「病気の質」が変わってきているといわれています。1940年までの主な死因は結核や肺炎などの感染症でした。その後、医療の発展や生活水準の向上により感染症は「治る病気」になりました。しかし感染症と引きかえにある病態が増えています。それは生活習慣病(Non Communicable Disease)です。
感染症は薬による治療で完治する病気ですが、生活習慣病は日常生活の改善による「予防」が大切な病気です。しかし予防のために「運動しましょう」「食生活を見直しましょう」と医師が指導しても、なかなか患者さんへ届いていない現状があります。
「伝わりにくい医療情報をどうやって患者さんへ伝えるか」。このことを考え取り組み進める広告医学研究会が、2016年12月7日、COPEN LOCAL BASE KAMAKURAにて「第5回広告医学研究会(ADMEDCAFE)」を開催しました。本記事ではこのイベントをレポートします。
広告医学とは「デザインやコピーライティングなど、人々に影響を与えやすいものを取り入れながら、多くの人が受け入れやすい形で医学を伝えていくことで、人々の行動変えて健康的な生活を作っていく」という概念です。この概念は、横浜市立大学のグループにより世界で初めて提唱ました。
広告医学研究会では、大学、企業、自治体が連携を図りながら、共同で研究開発プロジェクトを推進しており、年に1度、その取り組みを共有する場として「広告医学研究会(ADMEDCAFE)」を開催しています。第5回目となる今回は本研究会で行われた取り組みや、同じような考えを持ちアクションを起こしている団体の事例が紹介されました。
広告医学研究会AD-MEDウェブサイトより引用
まず紹介されたのは「認知症と食生活を考えるきっかけ作りプロジェクト」についてです。横浜市立大学医学研究科臓器再生医学特任助手 小井土大氏が本プロジェクトについてご講演されました。この取り組みでは、湘南地区の地域住民の方々に認知症や食生活について考えるきっかけ作りを目的として、医学とアートポスターを融合させた作品を制作しました。
ポスターには「さてなに食べようか」という言葉と、少し小太りの女性、そして空白の吹き出し。女性は無機質で何考えているかわからない表情をしています。このポスターを見て、鑑賞者は「この人はケーキが食べたいと思っているのかな?」「でも少し太っているな」「カロリーや炭水化物を抑えた食事を摂るべきだな」といろいろと思考を巡らせます。
このように、空白の吹き出しと何を考えているかわからない人物、という絶妙なバランスを持ったデザインよって、鑑賞者がただ絵を受け止めるのではなく、このデザインの意味を考えようとします。これは知らず知らずのうちに鑑賞者が個々に考えることで、絵を介したコミュニケーションが実現しているといえます。このようなコミュニケーションによって、食生活について無意識に考え、食生活改善の行動へと繋がっていくことがこのポスターの目的です。このようにアートを使うことで、言葉で論じられるよりも受け入れやすい形で、健康を考える機会を創造しています。
続いて、湘南地域で臨床医として認知症のサポートと地域のために様々な取り組みを進めているいなほクリニックグループ共同代表・湘南いなほクリニック院長 内門大丈先生より「湘南オレンジプラン」という取り組みについて発表がありました。「湘南オレンジプラン」とは認知症の方の意思が尊重され、住み慣れた環境で自分らしく暮らし続ける社会の実現を目指して定められた国の政策「新オレンジプラン」を、地元・湘南で積極的に推進していこうという活動です。2016年、湘南オレンジプランでは、認知症を分かりやすく、親しみやすく啓発していくためにこのような取り組みを行い、認知症の理解促進の輪を広げています。
●映画「パーソナルソング」上映会
認知症を患う人々が、音楽療法のひとつとして思い入れのある曲を聞くことで、昔の記憶や生きる喜びを取り戻していく様子を記録したドキュメンタリー映画の上映会を開催
●認知症カフェ
認知症の人とその家族が気軽に集まり、交流や情報交換できる場を作ろうというイベントを開催
●募金活動
9月の世界アルツハイマー月間中、医療機関・レストラン・カフェなど計19施設に認知症啓発バナーを掲げた募金活動を展開(募金は公益社団法人「認知症の人と家族の会」へ全額寄付しています)
●メディカルノート×NPネットワーク研究会のコラボ記事
信頼できる医療情報をわかりやすく紹介する医療メディア「メディカルノート」と、高齢者の精神障害、認知症、パーキンソン病などの診断や治療技術の向上を目指す「NPネットワーク研究会」のコラボで世界アルツハイマーデーに向けたメッセージを配信
▼「世界アルツハイマーデーに向けてレビー小体型認知症(DLB)を考える―「物忘れ」から始まる認知症がすべてではない」(小阪憲司先生)
▼「メンタルヘルスからアルツハイマー病の予防を考える―世界アルツハイマーデーに向けた平安良雄先生の思い」
▼「世界アルツハイマーデーに向けてアルツハイマー型認知症を考える―患者さんとご家族に対する繁田雅弘先生の思い」
次に、日本そして世界で広がる「広告医学」の活動について横浜市立大学 客員研究員 清水真哉氏と、横浜市立大学大学院医学系研究科臓器再生医学准教授 武部貴則先生よりご講演がありました。医学は論理的に説明されることが多くありますが、必ずしも説得だけが、人の行動を変える方法ではありません。人々の行動を変えるために日本、そして世界で行われるさまざまな事例が紹介されました。
広告医学研究会AD-MEDウェブサイトより引用
日本人に多いといわれる塩分の過剰摂取は、血管を傷つけ、そして脳卒中や心疾患に繋がります。そのため塩分を控える食生活が推奨されますが、具体的にどれくらい塩分を抑えたらよいかわからないと感じる方も多くいます。これを解決するために、ある企業の社員食堂で減塩実験が行われました。
この実験では、表にメニューの塩分量、裏に1日の塩分摂取基準値が書かれたPOPなどを制作し、食堂に置くことで、どれだけ減塩効果がみられるかを検証しました。その結果、塩分摂取抑制に関する1回の講義の受講、もしくは15ページの資料を読むだけのグループでは塩分摂取量に変化がありませんでしたが、食堂のプレートを見たグループでは塩分摂取量が毎日平均2g減ったという結果が得られました。POPというとてもシンプルなアイテムですが、人々の行動を変える大きな力があることが分かりました。
広告医学研究会AD-MEDウェブサイトより引用
メタボリックシンドロームの方には食生活や運動行動の改善が大切ですが、なかなかその重要性が患者さんへ伝わっていないことがあります。そこでメタボリックシンドロームの方に「体型と体調どちらが大切?」と調査を行ったところ、体型と答えた方が約7割という回答が得られました。このことからメタボリックシンドロームの方には「将来の病気のリスク」よりも「体型が変わってしまうデメリット」という視点から訴えかけたほうがいいという発想が生まれました。
そこで開発されたのがこの「ALERT PANTS(アラートパンツ)」です。ALERT PANTSにはメタボリック・シンドロームの基準値である、ウエスト85cmを境にして色が変わる仕組みが組み込まれています。このアイテムを身に着けることで、鏡に向き合う度に自分の体型変化を常に意識することができます。ALERT PANTSは発売当日に売り切れるなど人気を博し、医学会でも話題となりました。
このような「医学コミュニケーション」は世界でも行われています。例えば、「Second Life Toys」という取り組みでは、おもちゃを通して「臓器移植」を啓発する活動をしています。この活動では修理が必要な人形を、捨てるのではなく他の人形の一部を使って修理して、また子供たちと遊べるようにします。例えば耳がなくなってしまったクマにはネコの耳を、鼻が取れてしまったゾウにはリスのしっぽを移植します。これはおもちゃを通じた「臓器移植」の疑似体験に繋がっています。おもちゃを用いながら臓器移植の大切さを伝える、これも医学を分かりやすく伝えた例といえるでしょう。
また、Cincinnati Children's Hospital Medical Centerという世界有数の小児科病院では、院内に子供が楽しむための様々なデザイン・工夫がたくさん盛り込まれています。また本センターが行う「Design Thinking Research Awards」という大会では、病院の子供たちのためにできるよりよいアイディアが募集されています。この大会には医療分野に限らず、他の分野からも多くの企業が参加しています。このように医療をよりよくするためのデザインアイディアが世界中で考えられ続けています。
今回の広告医学研究会(ADMEDCAFE)の会場は鎌倉にあるCOPEN LOCAL BASE KAMAKURAにて行われました。COPEN LOCAL BASE KAMAKURAは自動車「COPEN」が展示されているダイハツの店舗ですが、自動車販売を目的とした場所ではなく、地元の人同士が交流し、いろいろな楽しさを生み出すようにと作られた交流スペースです。ここは「このクルマをきっかけとして地域に根差しながら充実した暮らしを送りたいと思う人々のコミュニティをより素晴らしいものにしたい」というCOPENのコンセプトを踏まえて生まれました。直接自動車を販売するのではなく、消費者のニーズや気持ちをとらえていくというアプローチ方法は、広告医学のコンセプトに近いものがあり、今回の会場としてふさわしい場所だったといえるでしょう。
第5回広告医学研究会(ADMEDCAFE)主催者である内門先生は、「広告医学の概念を知った人々が、新しいアイディアを生んで行動していくことがある。広告医学を広めていくことで、新しいムーブメントが起き、新しい創造につながっていく」と話しました。これからも広告医学の取り組みが発展していくことに加え、より多くの人がデザインの力で医学を伝えていくことのメリットを知り、さらに画期的なアイディアが生まれていくことが期待されます。
【参考URL】
医療法人社団彰耀会 メモリーケアクリニック湘南 理事長・院長、横浜市立大学医学部 臨床教授
医療法人社団彰耀会 メモリーケアクリニック湘南 理事長・院長、横浜市立大学医学部 臨床教授
日本精神神経学会 精神科専門医・精神科指導医
1996年横浜市立大学医学部卒業。2004年横浜市立大学大学院博士課程(精神医学専攻)修了。大学院在学中に東京都精神医学総合研究所(現東京都医学総合研究所)で神経病理学の研究を行い、2004年より2年間、米国ジャクソンビルのメイヨークリニックに研究留学。2006年医療法人積愛会 横浜舞岡病院を経て、2008年横浜南共済病院神経科部長に就任。2011年湘南いなほクリニック院長を経て、2022年4月より現職。湘南いなほクリニック在籍中は認知症の人の在宅医療を推進。日本認知症予防学会 神奈川県支部支部長、湘南健康大学代表、N-Pネットワーク研究会代表世話人、SHIGETAハウスプロジェクト副代表、一般社団法人日本音楽医療福祉協会副理事長、レビー小体型認知症研究会事務局長などを通じて、認知症に関する啓発活動・地域コミュニティの活性化に取り組んでいる。
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