インタビュー

メンタルヘルスからアルツハイマー病の予防を考える―世界アルツハイマーデーに向けた平安良雄先生の思い

メンタルヘルスからアルツハイマー病の予防を考える―世界アルツハイマーデーに向けた平安良雄先生の思い
医療法人へいあん 平安病院法人統括院長・臨床研修センター長 / 横浜市立大学名誉教授 平安 良雄 先生

医療法人へいあん 平安病院法人統括院長・臨床研修センター長 / 横浜市立大学名誉教授

平安 良雄 先生

NPネットワーク研究会

NPネットワーク研究会

人は高齢になるにつれ、身体的変化(内臓機能の衰えや筋肉量、骨量の減少)・社会的変化(定年に伴う人間関係の変化など)が生じます。また、脳機能の変化にともなって、程度の差はあれ認知機能の変化が起こる可能性があり、誰も無関係とはいえません。このうち脳機能の変化が大きく日常生活に影響を及ぼす場合、アルツハイマー病などの神経変性疾患が発症していることがあります。ですから、私たちは若いうちからアルツハイマー病やその他の認知症を予防し、進行を遅らせる方法を考え、実行していく必要があります。そのためには、身体的な健康維持はもちろん、精神的な健康維持を意識することが重要になるといいます。9月21日に開催される世界アルツハイマーデーに向けて、横浜市立大学大学院医学研究科精神医学部門主任教授の平安良雄先生にお話しいただきます。

老化現象と認知症の関係―加齢に伴う心身の変化は避けて通れない

身体的変化のなかで勿論、脳も変化していきます。この変化が大きい場合、アルツハイマー病などの認知症が原因となっている可能性があります。生涯を通じて全くの健康でいる方は人口全体の1%未満であり、ほとんどの方は60歳ごろから少しずつ脳を含めた心身に変化が起こっていきます。

現在、日本人の寿命は90歳程度まで延びてきています。90歳まで生きるならば、程度の差はあれ誰でも認知機能障害が起こるのは当然のことです。

認知症が誰も無関係とはいえない問題ならば、私たちは少しでも認知機能障害の進行を遅らせる方法を考える必要があります。

アルツハイマー病や脳機能障害予防のために―健康維持の努力が必要不可欠

老化やアルツハイマー病の発症を完全に予防するのは難しいのですが、健康を維持するための努力が、間接的にアルツハイマー病や認知症の予防や進行抑制につながるといわれています。なかでも定期的な運動と生活習慣の改善は効果があります。勿論、激しいスポーツをする必要はなく、運動が苦手な方は1日20~30分程度の散歩をするだけでも効果が期待できます。

うつ状態・うつ病は認知症のリスクファクターになる? メンタルヘルスへの対策

続けて、精神的な面から認知症の予防について考えてみましょう。

高齢になると社会的・身体的変化が起こるため、様々なストレスがかかってきます。なかでも友人や身内に先立たれたり、子どもや孫が自立して遠方に引っ越したりといった「喪失」のストレスは特に大きな負荷となるでしょう。このようなストレスから、精神的な不調をきたしてしまう高齢者も少なくありません。

うつ状態やうつ病などは、アルツハイマー病を含めた認知症のリスクファクターになることがわかっています。つまり、食事管理や適度な運動などの健康維持対策に加え、うつ病などにならないようメンタルヘルスへの対策を意識することにより、認知症のリスクが減っていく可能性があるのです。

高齢者のメンタルヘルスと認知症―予防のために「柔軟」な考え方を意識することが大事

高齢者は若い方よりも人生の経験値が高く、経験から物事を考えることができます。これはプラスな面です。ただし、豊富な経験は柔軟性と相反する部分があり、柔軟な思考ができなくなる恐れがあります。実際、これまで長年をかけて自分が培ってきた考え方を、高齢になってから柔軟に「曲げる」ことができる方はどの程度いるでしょうか。

求められるのは「竹のようなしなやかな強さ」

柔軟に考え方を曲げられる方は、その後の生活において「強い」ということができます。

人の「強さ」には竹のようなしなやかな強さ、鋼鉄のような強靭な強さなど、多数の軸があります。このうち、最もうつ病やうつ状態になりにくいのは「竹のようなしなやかな強さ」、すなわち社会的変化や身体的変化、家族関係の変化をしなやかに受け入れ、その中で自分ができることやそのときの価値観を大事にしていく強さを持つことです。私は、アルツハイマー病の予防にはこのような考え方を持つことが非常に重要だと考えています。

一方、考え方を変化させることが苦手で「結果はこうでなければならない」という限定的な思考を持つ方は、それによって高齢期の生活範囲を狭めてしまうかもしれません。

認知行動療法などの精神療法では、思考や行動のプロセス(過程)が確立していれば結果は必ずしも大きな意味を持たないと考えます。現代社会では結果や成果が重視されるケースが多くなってきていますが、実際に人が生きるには結果よりも「何を」「どのように」考えて実行するかが大事です。結果に至るまでの過程をこなせば、過程を実行する力や考える力、そして感情をコントロールする力はその方に残り、消えることはありません。

私はおそらくほとんどの方が、訓練によってこうした考え方(生き方)ができるようになっていくと思っています。

高齢期ではどれだけ「結果」よりも「過程」を重視した価値観を持てるかが大事

メンタルヘルスからアルツハイマー病の予防を検討する際、生活のどの部分に価値観を見出し、どのように思考の柔軟性をつけていくかが課題となります。

思考の柔軟性を得るためには、一部を「諦める」こと、そして「諦めても別のものがある」と価値観のすり替えをしていくことが大事です。

たとえば定年後は、当然その方の役割やライフスタイルが変化します。欧米諸外国ではボランティア活動など、仕事以外に地域貢献できる機会が充実しており、定年は次の生活への一歩と考えられていますが、日本の場合はまるで定年と同時に、その方の社会的価値が減るかのような考え方が浸透しているように感じます。

この場合の柔軟な考え方とは、仕事上での役割を「諦める」と同時に、「仕事での貢献を諦めても別の場所で貢献できる」と考えるということです。

考え方の柔軟な変化は「攻め」の姿勢につながる

考え方を柔軟に曲げるのは「逃げ」ではなく、むしろ「攻め」の姿勢だと考えています。今後は社会全体が、柔軟な対応は前向きな姿勢であるという思考に変化していけば理想的です。

いつから認知症予防を意識すればよいのか?

高齢期のメンタルヘルスを保つ最善の方法は、早い時期に将来への順応性や考え方を意識し、少しずつ変えていくことです。

個人の意識や行動によって、柔軟な考え方は習得できると考えています。ただし、実際に歳をとってからでは難しいので、40代~50代から意識していくとよいでしょう。

若い頃エネルギーに満ちあふれ、元気に生活を送ってきた方が高齢になっても同じように元気のままとは限りません。ですから、中年期という早期段階で、高齢期の生活に備えた準備をすることを推奨します。

現時点で予防を意識することの意味―将来画期的な治療が生まれる可能性もある

精神医学の解明は非常に難しく、精神機能の正常・異常の境目などはいまだにはっきりとわかっていません。とはいえ、現在はかつて治療できなかった病気が治療できるようになってきている時代です。医学や医療技術の発展により、精神医療は将来さらに多くの病気の解明が進み、アルツハイマー病を含めた認知症の予防あるいは一定の治療が実現する可能性があります。

特に医療者は治療介入を諦めず、どのような病気でも症例的に原因が解明され治療法が見つかる可能性があることを意識していただきたいと思います。

社会全体という観点からアルツハイマー病の発症予防を考える

個人の予防ももちろん重要ですが、私は今後、一人一人が社会全体という観点でアルツハイマー病の予防を考えるべきだと思っています。

特に若い方にとって、将来の介護負担は深刻な社会問題です。また、高齢になればなるほど自分自身の医療費もかさみます。

医療費を少しでも抑えるためには、やはり個々人が早期段階から高齢期のメンタルヘルスに対する意識を持つことが重要です。そうした意識が広まった先には、現在若い方が歳をとったときの負担が減り、最終的にはアルツハイマー病や認知症の予防につながる希望があるはずです。

認知症の発症率が0.1%でも減れば、ご本人はもちろん、ご家族や医療経済的にも余裕が生まれます。一人一人の意識が1億人規模になれば、社会の体制そのものが大きく変動する可能性が高いのです。

この先、認知症は日本のみならず世界的な問題になってくると考えられます。現在発展途上国と呼ばれる国々の平均寿命が延びれば、更に高齢化社会が加速するでしょう。その場合、認知症の問題は現在よりも大きくなることが予測されます。この点では、日本は認知症治療モデルを先頭立って作れる国といえます。

メンタルヘルスからみたアルツハイマー病の早期予防という意識を持つ方が今後一人でも多く増え、社会の状況が大きく改善していくよう、私も啓発活動に努めていきます。

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