アルツハイマー病の末期には、多くの場合経口摂取による飲食ができなくなります。このようなとき、家族は経管栄養を行うべきかどうかの選択を迫られることになります。
患者の家族は、可能な限り全てのことを行って欲しいと思うのが一般的でしょう。しかし、経管栄養に関する知識は不足している場合が多々見受けられます。また、経管栄養の簡便さから、医師や介護施設スタッフによる助言をプレッシャーに感じることもあるかもしれません。ですが、経管栄養は時にデメリットにもなり得ることは、知っておく必要があります。以下を読んで、ぜひ今一度考えてみましょう。
アルツハイマー病が進行して重度になると、患者は日常生活を送るための基本的な動作や意思疎通すらできなくなります。ものを噛んだり飲み込んだりすることも難しく、それにより体重減少や虚弱、褥瘡等が引き起こされます。また、誤嚥して食べ物が肺に入り、肺炎を引き起こすこともあるため、食事の介助が必要になります。
経管栄養を用いて食事をとるという選択がなされた場合は、栄養を送るためのチューブを咽頭の奥に留置するか、腹部に小さな孔をあけて胃に繋げます。このチューブから液状の食事を投与することになるのです。
しかし、経管栄養が丁寧な食事介助よりも優れているわけではなく、時にはデメリットになることもあります。
経管栄養を行うことで寿命が延びたり、体重が増加したり、元気になったり、できなかったことがまたできるようになる、ということは実はありません。そのうえ、肺炎と褥瘡の危険性が高くなります。
人の手によって与えられる食事により、人との触れ合い、そして好きなものの味を楽しむ喜びが生まれます。
死期が迫り、人の手によって食事を与えることができない場合、「餓死してしまうのではないか」と家族は心配を抱くものですが、実際には食事や水を飲むことを拒否するということは自然な現象であり、苦痛を伴わない死の過程の一部に既に入っている段階といえます。また、経管栄養によって生存期間が延びたといえるような十分なエビデンスはありません。
経管栄養には多くの危険を伴います。
●出血、感染、皮膚傷害、チューブ周囲からの漏れを引き起こすことがあります。
●吐き気、嘔吐、下痢を引き起こすことがあります。
●チューブが詰まったり、抜けてしまうことがあります。この場合、病院で交換する必要があります。
●アルツハイマー病の患者はチューブの留置を嫌がり、自分で抜こうとします。これを予防するために、逆に抑制目的で体を縛ったり、鎮静剤を使用されたりします。
●経管栄養の患者は褥瘡ができる可能性が高くなります。
●経管栄養の患者は、嘔吐しやすく、誤嚥性肺炎を起こすことがあります。
●終末期では、流動食が肺に入って呼吸障害を引き起こすことがあります。
経管チューブを留置するには多額の費用がかかります。
では、どんな時に経管栄養を行えばよいのか?
経管栄養が有効なのは、経口摂取できない原因が改善しうると考えられる場合です。例えば、脳卒中、脳損傷、脳手術を受けた等の回復過程の患者に対しては有効であるといえます。
経管栄養の適応として、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)等にみられる、一般的には不治の病だが、まだ終末期には至っていないという患者の嚥下障害などにも有効です。
重度のアルツハイマー病患者に対するケアを行うときには、食事の問題やそのほかの終末期の問題に対応するために、以下に挙げるアドバイスを参考にしてみましょう。
例えば便秘、うつ、感染などが挙げられます。
どのような種類の食事が適しているか、どのような工夫が必要か、主治医に尋ねてみましょう。
薬の中には摂食に対する問題を更に悪化させるものがあります。
●クエチアピンフマル酸塩などの抗精神病薬
●ロラゼパムなどの抗不安薬
●ゾルピデム酒石酸塩などの睡眠薬
●オキシブチニン塩酸塩などの過活動膀胱に対する薬
●骨粗鬆症薬であるアレンドロン酸ナトリウム水和物
●アルツハイマー病に対するドネペジル塩酸塩
義歯が噛みあわなかったり、歯肉が痛んだり、歯痛等があると食事が困難で辛いものになってしまいます。
アルツハイマー病が進行しており、体重を維持するだけの飲食ができない場合は、ホスピスケアを受けることができます。ホスピスによって、最期の6か月間(※)の苦痛や疼痛を緩和することができます。(※アメリカの多くの施設では、ホスピスケアを受けられるのは余命6か月以内と診断された場合とされています。)
また、ホスピスケアは自宅でも受けることが可能です。費用に関しては、健康保険や個人保険である程度カバーできます。
もし自分が会話することができなくなった場合に備え、どのようなケアを望み、自分の代わりに誰に意思決定をしてもらいたいかを前もって書面で示しておきましょう。
翻訳:Choosing Wisely翻訳チーム 学生メンバー・大阪医科大学 荘子万能 前田広太郎
監修:和足孝之、徳田安春先生
群星沖縄臨床研修センター センター長 、筑波大学 客員教授、琉球大学 客員教授、獨協大学 特任教授、聖マリアンナ医大 客員教授、総合診療医学教育研究所 代表取締役、Choosing Wisely Japan 副代表、Journal of General and Family Medicine 編集長
徳田 安春 先生の所属医療機関
島根大学 卒後臨床研修センター
日本内科学会 認定内科医
日本有数の急性期病院で総合内科医として幅広く重症患者を診療した経験から、複数疾患を持つ高齢者が増加し続ける今後の日本の医療で必要なものは”ジェネラルマインド”であると訴え続けている。総合診療の領域で現在有名となっている東京城東病院・総合内科では、当初1人だけで勤務する立ち上げ業務から開始、同院総合内科が現在の地位を築く礎を作った。その後、2015年度より旅行医学・臨床熱帯医学を修めるためにタイの名門 マヒドン大学臨床熱帯医学大学院へ。そして、2016年より島根大学卒後臨床研修センターに在籍。全世界に通用する日本の医療を目指して、Choosing Wisely翻訳プロジェクトに参画。
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