うつ病の原因の一つとしてストレスが挙げられますが、ストレスがあってもうつ病にならない方となる方がいます。また年齢も原因に関係します。横浜市立大学病院 精神科 診療部長・主任教授 平安良雄先生にストレスとうつ病の関係についてお聞きしました。
多くの方は、何らかのストレス要因があってうつ病になりますが、普通はどのような病気でも、遺伝的な素質があります。
うつ病の場合はさらにストレス要因、次に環境要因(経済的な要因・社会的な要因・個人的な要因・周囲の要因)が関係します。うつ病も同じで脳も臓器ですから、もともとうつ病になりやすい素質を産まれつき持っている方もいます。
ただし素質だけではなく、環境にも左右されることも大いにあります。例えば、ストレスに弱い方がいるとします。そしてその方に大きいストレスがかかったとしても、周囲の方達が支えてくれたとしたら、うつ病にならないかもしれません。逆にストレスにすごく強い方がいて、なんらかの強いストレスがかかっても誰も支えてくれなかったり、あるいは周囲もその方のストレスを煽るような状況にあったり、離婚・倒産・解雇など大きな問題などがあったりしますと、いくらストレスに強い方でもうつ病になってしまうかもしれません。つまりその方のストレスに対する強さ弱さというよりも、むしろ環境要因の影響が大きいのです。
ですから、脳がもともとうつ病になりやすい素質を持っている人にのみ、うつ病が発症するとは言い切れないのです。病態的・生物学的・脳科学的に遺伝子研究をしても、ある遺伝子がうつ病の原因になるというのはなかなか見つけられないですし、脳における異変はわかっていません。そのようなことからも、うつ病になりやすいか・なりにくいかということを事前にみつけるのは非常に難しいのが現実です。つまり、うつ病は誰でも罹患する病気なのです。そういう意味では、みなさん全員が正しい知識を持ち予防しなければならない病気であるといってもよいでしょう。
中高年の方から見れば、「大きいストレスではないのに、なぜ小さいストレスでうつ病になるのか」「仕事で失敗をして、上司に少しきつく注意されただけでなぜ会社にいけなくなってしまうのか」「なぜこのようなことがパワーハラスメントになるのか」と思ってしまうことが多々あります。
中高年の方にとっての「小さいストレス」は普通に乗り切ってきている事柄ですから、そう思うのは当然ですし、腫れ物に触るように若い人を育てなければなりません。また、会社以外でも色々な場面で世の中にストレスは転がっているので、予期しないことも起こります。それに対する準備もできていないとなると、ストレスを一切かけられることができなくなります。
これは単に心理的な経験値だけではなく、脳の機能としてストレスに対し準備ができていないので大きいストレスが来た時に反応が間に合わないことと、脳も回復できない状況にあることが原因の一つと考えられます。本来は学生時代に、友達・先生・先輩や後輩という人間関係の中で、理不尽なことに対応するトレーニングを積むことで脳の準備も行われます。
中高年以上の人はその理不尽かつハードなトレーニング受けているので、ある程度のストレスなら乗り切れてしまい、我慢をしてしまうのでうつ病になってしまうのです。例えるなら、運動で万能だった方が中高年なって同じような運動をして頑張ってぼろぼろになってしまい、痛くなった時にはもう遅いという状況と同じでしょうか。ですから、いわば体育会系といわれる気質で頑張ってきた方でも、一人で頑張り我慢してしまい最終的に許容量以上のストレスが来た時に我慢できる限界を超え、うつ病になってしまうのです。
先にお伝えしましたが、若い方は小さいストレスで耐えられなくなってしまう方が多く見受けられます。ではそのストレスから逃げる方法・予防方法・うつ病にならない方法は何かと言われますと、正しい答えをお伝えするのは正直なところ難しいです。
世の中を生きていくうえで、ストレスから逃げるわけにはいかないですし、立ち向かわなければならないと思います。しかし立ち向かう時の考え方や方法論を持っていないがゆえに、大きいダメージを受けてしまうのです。しかし、本来人間はストレスに立ち向かう術を持っていて、日本人の多くはそれをできていたのです。
ただその考え方や方法論が、今後のベストなストレスへの対応方法であるかどうかはわかりません。社会も変わり、若い方のうつ病も増えていますし、その方達が中高年になった時にはまた違う社会になっていることでしょう。
私は「上手にストレスから逃げる術を持つこと」が大事ではないかと思います。「逃げる」というと「回避・逃避」というあまり良くないイメージでとらえられてしまいますが、そうではありません。一人ではなく、仲間と動く・難しい課題を砕く・解釈を変えるなど、逃げる方法はいくつでもあります。まともに正面からぶつかっていくと大きなダメージを受けてしまうので、自分なりの逃げる術を持つことが大切です。
昔はそれを処世術といいましたが、今はあえてそれを認識しないといけない時代だと思います。そういった社会の中でのトレーニングが希薄になっているのが現状です。人間関係にしても社会構造にしても負荷をかけてはいけないという風潮になっているのが原因なのではないでしょうか。人間は負荷をかけないと弱くなってしまうので、個人の力を強くするためにも、上手な負荷のかけ方を社会全体として考えないといけないと思います。
治療にも同じことがいえます。例えば認知療法は「負荷に対してあなたはどのように対応しますか」ということを復習する治療です。もともと普通に対応出来ていたことが、脳がうまく機能しなくなったことで、ただ対応方法を忘れてしまっただけなのです。あるいはもともと対応方法を知らない方もいます。
そのように脳の機能を回復させながら「新しいストレスにどう対応していくのか」というトレーニングをすることで、社会に戻る力がついていきます。精神的な治療と薬による治療も脳の回復や働きをサポートする力をもっているので、その両方を使い治療を行っています。
いつ頃初めてうつ病になったかという年齢が実はうつ病の診断・治療において非常に大事なのです。30歳代後半くらいから65歳くらいまでの間で発症することは一般的で、30歳以下で発症した場合、色々な病気を考えなければなりません。
若い方ですと、双極性障害(躁うつ病)を発症する人が多く見受けられます。あるいは性格的な偏りがあったり、ストレスに対する対応が非常に未熟であったりということから、うつ病を含め、様々な心の病気を発症してしまうことがあります。
例えば学生の場合、年齢が若ければ若いほど責任も少なく、多くはまだ仕事・職場のストレスを知らない状況にいます。しかし友達関係の問題なども自分自身だけでは解決できなくなり、うつ病を発症してしまいます。軽いストレスでうつ病を発症してしまうのは、本人のストレス耐性に問題があると考えられます。
しかし40歳以降の方達はそのような困難を乗り越えていますが、若い頃に比べて大きい責任を抱えることで、うつ病を発症してしまいます。30歳代後半~40歳代位まである程度の苦労をやり過ごし、50歳位になって離婚・倒産・解雇など大きなストレスが急に発生すると、そのストレスに耐えられなくなり、うつ病を発症してしまうのです。
65歳を過ぎると認知症など別の病気の症状の始まりも考えられるので、より専門的な検査を行い、どちらが原因なのか把握しなければなりません。
まとめますと、年齢によってストレスの原因やレベル・質が違うということなのです。ですから医師は、最初に症状が出た年齢でおおよその診断を行い、患者さんがどの疾患に当てはまるかを考えなければいけません。
一つの例ですが、若い方は精神科への偏見も薄いので比較的早めに受診してくれます。「4月うつ」が増えているのはその顕著な例です。実際、それがうつ病ではないとはいいませんし、うつ病ではあるのですが、前述したように年齢によってうつ病の質が異なるのです。
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