ここからは、現代人にとっての心の健康について考えていきます。引き続き、獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授・井原裕先生にお話をうかがいました。
現代社会に生きる人の多くは、一社会人として、過酷なノルマや厳しい締め切りに追われています。その一方で、一個人として、別れがあり、挫折があり、不仲があり、という具合で、憂うべきことに日々さらされています。悲しさや寂しさなしで生きていくことは不可能といえるでしょう。
もっとも、これらは自然な感情です。病気ではありません。このような場面に精神科医が登場して、「うつ病!」と診断することがいかに的外れであるかはご理解頂けるでしょう。
そこで、ストレスにさらされる「悩める健康人」が本格的な「うつ病」に移行してしまうことを防ぐためのポイントについてお話しします。それはヘルシーな生活習慣を維持することにつきます。具体的には、十分な睡眠と控えめな飲酒の2つだけです。
前記事「ストレスと睡眠の関係性。たかぶって眠れないなら薬も」でも説明しましたが、そもそも、現代人の多くは睡眠が足りていません。寝不足のときは、同じ出来事にさらされた場合でも、よく眠ることができている場合と比べて過度に憂うつになり、過度にイライラし、過度に不安になります。睡眠不足の結果、感情的な反応が増幅されてしまうのです。
それを防ぐには、十分量の睡眠が必要です。これは成人の場合、7~8時間です。睡眠は量の不足を質で補うことはできません。さらには、起床・就床時刻の定時化も必要です。入眠・覚醒リズムを一定にし、体を時差ボケ状態にしないことです。「十分な睡眠」と「睡眠リズムの安定」を考慮すれば、たとえば「毎日23時就床、6時起床」を励行するなどして、7時間睡眠のリズムを作るといいでしょう。
もうひとつの問題はアルコールです。ストレスを紛らわすために酒に走ることは、適度ならば問題ありませんが、度を越してしまうとこころの健康を害します。なぜなら、アルコールが睡眠の質を悪くするからです。飲んで寝ると、睡眠の深度が深まりません。結果的に、酒を毎日飲む人は慢性的に睡眠不足状態となってしまいます。
アルコールは興奮剤でもあります。最初は気絶するように寝ても、そのあとは睡眠の深度が浅いままに留まります。酒を飲みすぎた翌朝は、まるで徹夜をした後のような疲労感があり、つらい1日がスタートすることになります。
また、抗うつ薬などの薬物療法中は断酒が原則です。「クルマ乗るなら酒飲むな、クスリ飲むなら酒飲むな」であり、薬物療法中はアルコールは1滴も飲んではいけません。アルコールとの併用を前提に開発された抗うつ薬などあるわけがないのです。
実際には、薬物療法中の飲酒はかなりの程度黙認されていることでしょう。人々の意識を変えるのは並大抵のことではありません。しかし、飲酒運転を厳しく取り締まるように、「飲酒+薬物療法」は厳しく禁じなければなりません。断酒なき薬物療法は無効であるのみならず、危険ですらあります。
「酒は嗜好品であり個人の自由」とおっしゃる人もいるでしょう。その通りです。でもその個人の自由は、うつから回復した後に行使してください。「うつで苦しんでいる」というのなら、その最良の治療法は酒を減らすことです。「薬を飲むなら断酒」です。お酒を楽しむのは、うつが治って薬がいらなくなってからです。
薬を使わない場合はもちろんですが、薬を使う場合も、生活習慣を整えることが必要です。
生活習慣を是正せずにただ薬だけを飲むということは、食事療法・運動療法をしない糖尿病治療に類するものがあります。糖尿病治療ではいきなり薬は使いません。まずは生活習慣を是正します。それでも効果がなければ薬を使うのです。
しかし、たとえばインスリンは「これさえうてばチョコレート食べ放題」というわけではありません。うつ病も同じです。抗うつ薬を飲まねばならないほどにうつが重症ならば、なおのこと生活習慣を整えなければなりません。生活習慣の改善なき薬物療法は、まったく無意味です。
抗うつ薬は24時間働ける魔法の薬ではありません。抗うつ薬は、7時間以上の十分な睡眠をとり、睡眠・覚醒リズムを一定に維持し、そして完全に断酒してこそ、初めてその効果を発揮します。そもそも、抗うつ薬の効果発現を最大化する生活習慣は、それこそがうつの最良の治療法であり、予防法でもあります。その生活習慣を維持さえすれば、多くの場合、抗うつ薬など必要なくなるでしょう。
井原裕先生の最新作です
獨協医科大学埼玉医療センター こころの診療科 教授
獨協医科大学埼玉医療センター こころの診療科 教授
精神科医となって以来、都心の大学病院・農村の精神科病院・駅前のクリニック・企業の健康管理センター・児童相談所と多様な治療セッティングのもとで診療を行う。この多彩な臨床経験をもとに、就学前から超高齢者までの、ほぼすべての年齢層の患者を診察。対象疾患も、うつ病・統合失調症・発達障害・知的障害・認知症・不安障害・パーソナリティ障害等、全領域にまたがる。近年は、プラダー・ウィリー症候群という希少疾患を、日本の精神科医としては最も多数例診ている。一方、司法精神鑑定医として、埼玉県内の事件を中心に数々の重大事件の精神鑑定を行い、精神保健判定医として多数の医療観察法審判に関与。刑事・民事ともに、法廷で精神鑑定人として証言する機会も多い。現在は、獨協医科大学越谷病院こころの診療科にて、セカンドオピニオン外来を開設。他の医療機関通院中の患者さんに対して、専門的見地からのコンサルテーションを行っている。今後も「精神科医としての守備範囲日本一」をめざし、限界に挑戦するつもりで広範な領域に関与していく予定。
井原 裕 先生の所属医療機関
関連の医療相談が119件あります
親と婚約者からの言葉のDV
先生初めまして。 今私は心療内科にかかっています。診断は鬱ですが、今大分症状が落ち着き、隔週の通院も1ヶ月に一回となりました。今回ご相談したいのは、婚約者と実母から受けている言葉のDVです。言葉としては婚約者からは『気狂い』『頭おかしいんじゃねえの?』等実母からは『あんたはいつまでも結婚も決めないで居候しやがって』『お前のせいで血圧が高いんだよ!』等毎日のように言われていて、もうこんな毎日を過ごしているので。自殺願望が出てきました。取材からはその場から離れなさいとしかアドバイスは受けられず話せる相手もいません。台所で自分で調理をしていれば包丁で自分を刺そうとしたこともありました。助けてください。
うつ病と診断されましたが頼れる人がいません。
3日前に心療内科を受診し、うつ病と診断されました。 症状は、倦怠感、やる気がでない、食欲がない、泣いたり笑ったりを繰り返す、眠れない、仕事に行っても2,3時間しか働けない、疲れやすいなどです。 ご飯に関しては、誰かが一緒にいないと食べれません。 今は彼氏が頼みの綱で、彼氏がお盆休みなので看病してくれてますが、来週の木曜日から通常勤務になるので看病してもらうのが難しくなります。親とはいい関係ではないので正直頼りたくないです。職場の人も気を使ってくれてご飯を一緒に食べに行ってくれたりして嬉しいですが、話していてどっと疲れてしまいます。 一人でいると買い物もできないし、日常生活に支障がでているので、誰か頼りたいのですが頼れず困ってます。施設に入って入院でもした方がいいのでしょうか。
ここ一週間鬱のような感じ
先月くらいからもしかしたら鬱かな?と とにかく朝起床が辛く仕事に行けてません。午前中ずっと横になってます、午後になると少し落ち着く感じですが食欲が落ち体重も減ってしまいました。 仕事の負担感やコロナ不安などあるのでしょうか? 心療内科はどこもいっぱいみたいで、予約が取れたのが月末です。 その日まで大丈夫かな?と不安で仕方ないです。
抗うつ薬に抵抗があります。
主人は、抗うつ薬の副作用が怖く、出来れば漢方が良いのですが、うつ病に漢方薬は効くのでしょうか? 神経内科の医師にパーキンソン病と診断されていますが、運動機能よりも、うつ症状の方が強い為、まずはこちらを治すという判断でした。
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