インタビュー

「うつ病」問題について

「うつ病」問題について
古茶 大樹 先生

聖マリアンナ医科大学 神経精神科学 教授

古茶 大樹 先生

この記事の最終更新は2016年02月18日です。

記事7『伝統的精神医学の考え方とは、その中心にある了解について』の最後で、DSMの中立的立場が混乱を招いており、「うつ病」問題がその一つだということをご説明しました。実はDSM改訂のたびに、Major Depressionをどう翻訳するのか、うつ病と訳してよいのかという議論があります。外見上は翻訳の問題なのですが、焦点が当てられているのは、伝統的精神医学の内因性うつ病とMajor Depressionを同一視してもよいものだろうかということです。現代における「うつ病」問題について、聖マリアンナ医科大学神経精神科教授の古茶大樹先生にお話しいただきました。

※うつ病の定義をめぐる問題をここでは、「うつ病」問題と呼ぶことにします。括弧なしうつ病と、括弧付き「うつ病」という、表記の違いにこの問題の本質の一端があるともいえます。

伝統的精神医学の立場からは、同じ抑うつ状態であっても、正常心理の延長線上にある抑うつ体験反応と疾患である内因性うつ病とは全く別のものと考えられていました。外見上はよく似ていても、単に抑うつの程度がひどいものが疾患で、軽いものは疾患ではないという考え方はしません。程度の軽い内因性うつ病もあれば、非常に深い抑うつ体験反応もあるという考え方です。

ですから、ある一つの症例について、これが抑うつ体験反応なのか内因性うつ病なのかという議論はしばしばかわされていました。基本的には横断面の状態象(個々の症状)では結論が出ず、しばらく様子を見るしかないという縦断的評価を必要とします。そして、どちらに近いか結論が出なければ、ただ単に「抑うつ状態」と診断していました。これら二つの鑑別をするのは治療方針に違いがあるからです。

抑うつ体験反応では、その抑うつはその方にとって意味連続性があると考えます。つまり「理由のある抑うつ」です。この理由としては、ある大きな悩み事であることもあれば、他の人なら素通りしてしまうような些細な出来事に拘泥して思い悩むこともあるでしょう(後者はかつて神経症と呼んでいました)。いずれにせよ、その方にとって意味のある抑うつであるわけです。

ですから治療的には、その意味について患者と話し合うことから始まります。具体的には、先ほど述べた、感情移入をして共感することから始まるわけです。「あなたの辛さはよくわかる」「私があなたでも同じように落ち込むかもしれない」という言葉を返してあげることが最も重要な治療だと考えています。患者さんは自分の辛い気持ちが治療者に伝わることを知ると少し気持ちが楽になります。患者さんの体験している抑うつは、人生にとって意味あるものですから、取り除く(remove)のではなくて、乗り越える(overcome)ことが目標になるはずです。

抑うつの理由が、ある状況と密接に結びついているなら、患者さんの置かれている状況を変えてあげることも有効でしょう。体験反応的に生じた抑うつは、体験反応的に変化しうるもので、気分転換はしばしば効果を現します。「現実逃避」という言葉は批判的に響きますが、ときには自分が置かれている辛い状況から勇気を出して離れることも大切でしょう。薬物療法はあくまで対症療法的・補助的に行われるものと考えます。

さて、内因性うつ病の抑うつは、本質的には患者さんにとって意味が不明なまま出現してくるものです。少しわかりにくい表現かもしれませんが、発病以前の精神生活と関連なく出現して、日々の体験に影響を受けずに経過してゆくものです。

「うつ病には気分転換が効かない」という意見は、このことを述べています。最初は理由のある抑うつ(前項で述べた抑うつ体験反応にあたります)のようにみえたものが、経過を追っていくと、当初の理由がすっかり解決しても一向に改善する様子がありません。これはどうもおかしいと、診断が内因性うつ病に変更されることもあります。

抑うつは、正常心理の法則性には従いません。漬物石のようにずっしりとのしかかって動いてくれないのです。この抑うつは、人生に何の意味ももたらしませんから、治療は抑うつを取り除いて(remove)、良くなってくるのを待つしかありません。具体的には「良くなるまでは無理に気分転換しようとしないで待つことです」というアドバイスになります。

内因性うつ病の治療は休養と積極的な薬物療法を軸に展開されます。薬物療法に抵抗性のある難治例では、修正型電気けいれん療法を考える必要もあるでしょう。

これまでふたつのうつ病を説明してきましたが、DSMはこの問題をあっさりと片付けてしまいました。内因性うつ病なのか、体験反応なのかという難しい議論は棚上げにして、抑うつの程度だけを問題にすればよいとしたのです。どちらにしても抑うつ状態なのだから変わりはないだろうという発想です。明言こそされてはいませんが、同じ抑うつ状態であれば、その脳の状態も同じはずという素朴な脳神話があるようにも思えます。

「理由があろうとなかろうと、ある程度以上の抑うつはすべて「major depression」としてまとめてしまう」。日本では早くから翻訳の問題として現れていた、内因性うつ病と体験反応との違いは、最近になって、ようやく米国でも気づかれるようになってきたといえるかもしれません(Allen Frances : Saving Normal, 2013より)

ここまでの話で皆さんはもうお気づきかもしれませんが、メディアで盛んに取り上げられている「うつ病の急増」は、そのほとんどが理由のある抑うつ(抑うつ体験反応)だといえるでしょう。疾患である抑うつ、つまり内因性うつ病がどんどん増えているという印象はありません。

理由のある抑うつが増えている理由としては、社会が住みにくくなっていることの表れかもしれません。社会の抱える様々な悲しみが一人ひとりの人生の問題である限り、精神医学の力で治療するには限界があるでしょう。どのような社会でも勝者と敗者がいて、敗者の中にひどく抑うつ的となる方が生じてしまいます。その抑うつを乗り越えることを援助するのが精神科医の仕事ではありますが、この問題を根本的に解決することは精神科医の課題ではなく、社会全体が考えるべき課題です。

 

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