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インタビュー

伝統的精神医学の考え方とは、その中心にある了解について

伝統的精神医学の考え方とは、その中心にある了解について
古茶 大樹 先生

聖マリアンナ医科大学神経精神科学 教授

古茶 大樹 先生

記事6『精神障害の診断、DSM分類の利点と欠点』では、現在主流になっているDSMについてお話しました。これに対して、DSMが発表される前の伝統的な精神医学において、精神障害の患者さんを診断するにあたり必ず行われていたのが「了解概念」というものです。了解概念は通常私たちが用いる「了解」の意味とは若干異なる部分がありますが、伝統的精神医学の考えにおいては治療において非常に重要になってきます。了解概念とはどのようなものなのか、聖マリアンナ医科大学神経精神科教授の古茶大樹先生にお話し頂きました。

DSMなどのカテゴリー分類から脱却しようとする動きがありますが、私たち精神科医が使ってきたカテゴリー分類は本当に無意味なのでしょうか。自然科学的にはそうなのかもしれませんが、私たちが今手にしている精神障害に関する知識の多くは、そのカテゴリー分類に基づくものです。

DSM分類には問題点がありましたが、カテゴリー分類そのものの有用性が否定されたわけではありません。残念ながら生物学的研究においては十分な貢献ができないかもしれませんが、臨床に限ってはその有用性は確かにあると私は主張します。それどころか、この有用なツールなくしては、臨床精神医学は成立しません。

私はかねてから、従来の精神医学、伝統的精神医学の有用性を訴えてきました。ここでいう伝統的精神医学とは、ドイツ精神医学(ヤスパース、シュナイダーに代表されるハイデルベルク学派)を礎として発展してきた我が国の精神医学の伝統を意味しています。

伝統的精神医学の基本的な考え方は以下のとおりです。これまで7記事にわたり述べてきた内容と重複しますので、ここでは要点だけを列挙したいと思います。

●「精神障害には疾患であるもの(精神病)と、疾患ではないものとがある」という立場に立つ

●精神医学においては疾患を、一つは存在概念によって定義し、それが当てはまらない場合は、精神医学固有の「了解不能性」、「生活発展の意味連続性の中断」によって定義する

●疾患である精神障害には「身体的基盤が明らかな精神病」(器質性・症状性・中毒性精神障害)と「身体的基盤が明らかではない精神病」(内因性精神病)がある

●器質性・症状性・中毒性精神病は疾患単位であるが、内因性精神病と「疾患ではない精神障害」は類型である

●精神障害の類型は、形而上(身体ではなくて精神の症状)の水準で定義されている

●精神障害の類型は、背景にあるとされる身体的基盤との関連が不明なまま提唱され、理念型としての役割を果たしている

この記事では、伝統的精神医学の中心にある「了解」について、もう少し詳しく解説します。

前項で列挙した基本的概念の2番目にあたる、「精神医学において疾患とは一つは身体医学と同じ存在概念を使い、それが当てはまらないときには「了解不能性」を当てる」とはどういうことでしょうか。

記事2『精神医学における疾患とは』で触れたように、私たちが「統合失調症はまちがいなく病気である」と考えるための、共通する根拠は何かという議論がありました。その行き着く結論がここにあります。

もう少しわかりやすく説明しましょう。ヒトの心には無限のバリエーション(variation)があり、一つとして同一の心は存在しません。また、ひとりひとりの心は、いつもコロコロとそのありようが変化するものでもありません。正確には、私たちの心は絶えることのない変化をし続けているわけですが、それでもひとつの「意味あるまとまり」を形成しているといえるはずです。その「意味あるまとまり」のある部分は生まれつき、つまり遺伝的に決められているかもしれません。

しかしヒトの心は、その全てがあらかじめ遺伝的に決定されているわけではありません。ひとりひとりの生育環境やその中での様々な体験によって、ヒトの心は「意味あるまとまり」として形作られ発展していくわけです。健常人では、このような「意味あるまとまり」の連続性を失うことはないというのが、「了解可能性」(ヤスパース)、「生活発展の意味連続性」(シュナイダー)と呼んでいるものです。

記事2『精神医学における疾患とは』で述べたように、統合失調症と診断された患者さんには、発病前のまとまりと発病後のまとまりとの間に、この連続性に関する大きな断裂があります。統合失調症のいくつかの症状は、正常心理の枠内では生じ得ません。そういった症状は、発病前の精神生活との結びつきなく出現しているのです。

人の心を了解するとは、簡単にいえばその人の身になって考え(これを感情移入と呼びます)、その人の心の動きを追っていくということです。映画や小説を楽しむとき、私たちはほとんど意識をせず、そしてさしたる努力もせず、様々な登場人物の心の動きを追う作業をしています。この人物だったらきっとこのように考えるだろう、こう感じるだろうと推察します。最初は非常に不可解だったストーリーが、あとになって登場人物の生い立ちや背景を知るうちに「そういうことなのか」とスッとわかってきます。この「わかってくること」が「了解」なのです。「了解する」とは、「精神病であるか否か」の鑑別だけでなく、私たちにおしなべて身についている、心の特性ということもできるかもしれません。

米国精神医学を主流とする現代精神医学では、この了解概念を採用していません。少なくともごく一部にしかそれを認めていないのが現状です。DSM分類の急性ストレス反応、適応障害、そしてPTSD心的外傷後ストレス障害)では、先行する心理的ストレスの存在が診断上必要ですが、その他の精神障害については、精神障害の原因となりうるストレスについて、あえて言及していません。

これはDSM分類が「精神障害の発生機序について理論的に中立的である」という立場を取っていることと無関係ではありません。ある精神障害についての発生機序を考えようとすると、例えば精神分析と脳科学とでは、それぞれの主張が違い、全く違う説明や解釈がありうるわけで、そのどちらが正しいのかを証明することができません。そのような議論の対立において、中立を貫こうとする立場を堅持しようとする意図は理解できます。しかし、この理論的中立(あるいは無理論)という立場そのものが、精神医学全体に混乱を引き起こす一因にもなっているのです。例えば、次の記事『「うつ病」問題について』で取り上げる「うつ病」問題がその一つです。

 

 

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