インタビュー

精神医学から見る精神障害 精神障害はすべてが「病気」ではない

精神医学から見る精神障害 精神障害はすべてが「病気」ではない
古茶 大樹 先生

聖マリアンナ医科大学 神経精神科学 教授

古茶 大樹 先生

この記事の最終更新は2016年02月16日です。

日本において、徐々に理解されてきている精神障害。それでも、目の前にいる方が「精神障害」と分かった場合、受け入れられないという方もまだいるのが現状です。精神障害には様々な種類があり、「病気(疾患)」と呼べるものと「病気(疾患)とは呼べないが本人にとって苦痛なもの」に分けられるといいます。精神医学が他の身体的な医学と大きく異なる点が、後者の「病気(疾患)ではないもの」をも診ている点です。精神医学において、精神障害はどのように考えられているのでしょうか。これから精神医学が発展していくにあたり、どのような観点が必要になってくるのでしょうか。聖マリアンナ医科大学神経精神科教授の古茶大樹先生にお話し頂きました。

精神医学において、すべての精神障害を「疾患(disease)」として見るべきではありません。精神障害とひと口にいっても、少なくともまず大きく二つに分けられます。それは「疾患である精神障害」と「疾患ではない精神障害」です。

たとえばアルツハイマー型認知症は疾患のひとつにあたります。甲状腺機能亢進症(参考記事:「甲状腺機能亢進症(バセドウ病)は女性に多い病気―概要・原因・検査」)によっても、様々な精神症状が出現しますが、これもまた疾患によるものと考えてよいでしょう。これらの精神障害は身体的基盤が明らかな精神障害であり、自然科学的に「疾患」と呼ぶことに異論はありません。その一方で、パーソナリティ障害発達障害など、様々な人間のバリエーションに対して、いわば「タイプ分け」をしているに過ぎない精神障害もあるわけです。これらは、少なくとも現時点では「疾患ではない精神障害」と見るべきものであると考えます。

ただ、「疾患である精神障害」の全てが、身体的原因が明らかになっていればよいのですが、われわれが文句なく「疾患である」と考えている精神障害であっても、未だに身体的な原因が明らかにされていないものがあるのです。歴史的には、それを内因性精神病と呼んでいます。

この内因性精神病という存在は、身体医学にはない精神医学の特殊性でもあり、魅力といってもよいかもしれません。「内因性精神病患者は脳に問題がある」と100年以上言われ続けているにもかかわらず、すべての症例に共通する真の身体的基盤(医学的検査に基づいてその病気と判断できるもの)として決定的なものが見つかっていないのです。具体的な内因性精神病の代表例には統合失調症躁うつ病が挙げられます。

ここに「あらゆる精神障害は疾患であるのか」という問いがあります。

この問いには二つの答えが考えられるでしょう。一つは「精神障害には疾患であるものと、そうでないものとがある」と考える立場です。私を含め多くの臨床精神科医は直感的にそう考えているでしょう。しかし、この問いにはもう一つの答えがあります。それは「あらゆる精神障害は脳の障害である」と考える立場です。

たとえば脳科学者はそう断言するかもしれません。あくまで脳の活動から精神障害や精神疾患を診ようとする立場(前提)からは、それ以外の結論が導かれることはないでしょう。しかし、われわれが考える「精神的な異常」を脳科学の基準において診るとき、そこに「健康」と異なる状態を明確に認識することはできるのでしょうか。 

精神疾患のすべてを脳の活動と照らし合わせて説明することはまだできていません。近い将来できるようになると希望的に信じ込んでしまうのではなく、それはまだ保障されていないという現実を見据えることが重要だと思います。

冒頭の問いに戻りますが、それではどちらの答えが正しいのでしょうか。この問いには、正解はないのです。私たちにいえるのは、ただ、どちらの立場・前提を信じるのかということだけです。

ここでは前者の立場で考えてみましょう。それでは「疾患ではない精神障害」にはどのようなものがあるのでしょうか。

たとえば職場で何らかのハラスメントを受け、ひどく落ち込んでいる方がいるとします。仮にその方の頭には、もう命を絶ってしまったほうが楽だという考えが浮かんでいるという前提です。ハラスメントを受けて気持ちが沈むこと、そして、時には「死んでしまったほうが楽だ」と思うことは、人間として自然なことかもしれません。もちろん、その考えを実行に移すべきではありませんが、そう考えること・思い詰めることを、私たちは「病気だ」と言い切ってしまってよいものでしょうか。その方の苦しみや辛さはそれほどひどいものなのだと理解することが大切で、「それは異常だ」「そこまで考えるのは病気だ」とは言えません。理由があって気分が落ち込む・悲しむことを病気と呼んでしまうと、病気ではない状態、すなわち「健康」のそもそものありかたにも影響を与えるでしょう。

「理由があって悲しむこと」ことは、健康な人間の自然な心の動きのひとつです。その悲しみ方がひどいからというだけで、直ちに「病気」とみなされてしまうことは問題となってしまいます。

前述したとおり、精神科が他の診療科ともっとも大きく異なる点は、明らかな疾患ではないものも積極的に扱っている点にあるということです。

通常、お産を除いた全ての診療科は疾患を対象にしているでしょう。一方、精神科は、「病気ではないけれど苦しんでいる方々」も含めて医療の対象として診ており、その点が他の診療科と違う大きな特徴となっています。

精神科に来院されるすべての患者さんを「病気」と位置付けてしまうと、健康な方の自然な心の動きまでも病気としてしまうことが起こりうるでしょう。「疾患であるか、疾患でないか」にこだわるのは、そのようなわけがあるからです。

「疾患でない精神障害」の多くは自然科学的な基準ではなく、社会的な価値基準と深い関連があることにも注意を向ける必要があります。社会的な価値基準とは、その方が社会のなかでうまく機能できているかどうか、与えられた役割を全うできているのかどうかという価値基準を指します。受診される患者さんのほとんどが、その点がうまくいっていないか、少なくとも自分は社会の中でうまく機能できていないことを悩んでいるはずです。

精神科医は「疾患ではない精神障害」を積極的に取り扱うと述べましたが、それは精神科医が彼らの抱える問題をすっきりと解決できるということではありません。当然のことながらそういった問題は、時代・文化・経済的な状況など様々な社会的な要因と切り離すことができません。つまり、患者さんの大きな悩みは、人々が生きていく中で生じる問題であることが少なくないのです。

患者さんがどんな家庭に育ち、どのような人々との出会いがあって、どのような状況に置かれ、そこでどのような体験をするのか。さらにはこれからどのような体験をしていくのか。これは人生そのものであって、医師がコントロールできるものではありません。

 

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