精神疾患は「疾患であるもの」と「疾患ではないがそのように現れるもの」の2種類があることをご説明してきました。ここには大きな問題点があり、患者さんご本人が「自分は精神障害である」と自己診断・自己申告することで、精神疾患が「流行(ブーム)」として蔓延してしまうというのです。なぜこのような現象が起こるのか、これに対してどうすれば良いのか、聖マリアンナ医科大学神経精神科教授の古茶大樹先生にお話し頂きました。
この記事を読んでいる皆さんは、精神疾患が「流行」することをご存知でしたか。もちろん、インフルエンザの流行とは異なります。ブームと呼んだらよいかもしれません。
ある時期には多重人格がブームになり、またあるときは境界型パーソナリティ障害がブームになります。たいていの場合、ある精神障害がメディアなどで取り上げられ、一般社会で注目される機会が増えてくるとブームに火がつきます。現在は双極性障害2型や発達障害が「流行」しています。これもまた、主要な精神障害の類型が、記事4『精神障害の類型は理念型の役割を果たしている』でご説明した理念型であることと深い関係があります。
DSMに代表される精神障害の診断基準は、病名以外は専門用語もほとんどありませんので、その国の言葉が読めれば簡単に診断をつけられてしまいます。疾患の流行は、精神医学固有の社会現象と呼べるかもしれません。精神科医が診断をつけるときと同じように、理念型を物差しのように、身近にいる誰か(ときには自分自身)にあてがって、「どれだけ当てはまるか」眺めてみるわけです。身体医学では、病気の診断には必ず検査が必要になりますから、このようなブームはまず起きません。
現代は、インターネットがつながればいつでもどこでも情報を検索できる時代です。
メディアで発達障害の特徴として「空気が読めない」と取り上げられれば、少しでもそれに思い当たる方は、軽い気持ちで調べてみるわけです。すると、アスペルガー症候群の情報が大量に出てきます。そこに掲載されている診断基準を見ていくと、どれも自分に少しずつは当てはまるように思えてきます。これが自己暗示です。そして「自分はアスペルガー障害に違いない」と自己診断して、精神科を受診する方がいらっしゃいます。
繰り返しますが身体医学においてはこのようなことは起こりません。病気は実在するものですから、それを証明する検査があります。結果が正常であれば病気とは診断されないでしょう。これに対して、精神医学では診断にあたり、実在が保証されていない理念型を使っています。その「症状」は精神的なものだけで構成されていますから、検査で実証されるものではありません。患者さんの自己申告に大きく依存することになります。「自分は病気に違いない」と自己診断をしてくる患者さんは、診断基準のハードルを下げていることが多く、自分の中の病的な特徴を積極的に見出そうとしていることが少なくありません。
病名だけでなく、「幻覚」「妄想」「解離」「交代人格」など専門用語を使って自己申告する患者さんには、それがどのような体験なのかをしっかり確かめる必要があります。正常心理の枠内にある体験を病的なものだと誤解している方が多いのです。
情緒不安定で行動にも一定の問題がみられ、自傷行為・逸脱行為を繰り返す方がいるとします。境界性パーソナリティ障害という理念型を近づけてみると、確かに一致する部分があって、診察にあたった医師はそう診断をつけます。ところが別の医師にかかってみると、その医師は双極性障害2型という理念型を同じ患者に近づけてみることがあります。するとその方の症例には違った光が当てられて、双極性障害2型の一面がクローズアップされ、双極性障害2型と診断されます。また別の医師は、患者さんの病歴の中にパニック発作のようなエピソードを見つけて、パニック障害と診断するかもしれません。
こうなると、患者さんは「私は境界性パーソナリティ障害と双極性障害2型とパニック障害という、3つの病気を抱えています」と主張するようになるわけです。実際のところ、事実は異なります。その時々の主治医が、それぞれの理念型を用いて診断し治療にあたっていたということなのです。しかし患者さんは基本的に医師の診断に従いますから、全てを受け入れ、自分は複数の病気にかかっていると思い込んでしまいます。
診断基準をしっかりと当てはめればそのような間違いはないと主張する医師もいますが、診断基準擁護派は、境界そのものが見せかけに過ぎないという事実を見落としているように思えます。繰り返すようですが、主要な精神障害は、身体疾患のように実在が保障されているものではありません。10年も経てば診断基準がガラッと変ってしまうのが現代精神医学です。
聖マリアンナ医科大学 神経精神科学 教授
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