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インタビュー

精神障害の類型は理念型の役割を果たしている

精神障害の類型は理念型の役割を果たしている
古茶 大樹 先生

聖マリアンナ医科大学神経精神科学 教授

古茶 大樹 先生

身体医学と精神医学、その対象とするものの根本的な違いについて述べてきましたが、もう一つ付け加えておくべきことがあります。精神障害の類型は理念型の役割を果たしているということです。理念系の役割とはどのようなものなのでしょうか。引き続き、聖マリアンナ医科大学神経精神科教授の古茶大樹先生にお話しいただきました。

統合失調症躁うつ病パニック障害、境界性パーソナリティ障害など、一般の方でもご存知の精神障害は、記事3『精神医学における類型と疾患単位―「実在するもの」と「そのように呼ぶもの」』で述べた類型概念、いわば約束事です。しかもこれらは背景にあるはずの身体的基盤との関連がわからないまま提唱されたものでもあります。

DSM-Ⅲが導入されてからすでに35年が経ちましたが、精神障害の身体的水準での原因究明は十分な成果をあげることができませんでした。こうした事情から、生物学的精神医学の領域では従来の類型分類とは全く違う、新たな分類(Research Domain Criteria)を使って研究を進めようとする動きが実際に始まっています。しかし、この分類体系は臨床場面では全く使えるものではありません。その名前の通り、生物学的な研究のために作られたものだからです。ですから臨床家はこれまでどおり類型を使った分類体系を使わざるをえません。ここで知っておきたいのが、理念型の役割です。

精神医学における理念型とは、複雑多様なヒトの心の有り様をよく観察し、その本質的な特徴を直観的に抽出し、それを再構成して理論化した概念です。

オイゲン・ブロイラーが統合失調症という概念を提唱したわけですが、それはブロイラー自身が丁寧に観察した症例に基づいています。いくつかの症例の観察を通じて、その中に連合障害・自閉・感情障害・両価性といった特徴を見出し、それをまとめたものとして統合失調症という概念を提唱したわけです。

また、このようにも考えられます。

統合失調症のモデル症例は実在しているわけですが、できあがった概念はその特徴以外のものが全て無視されており、その骨組み・構造だけが概念として抽出されているわけで、それ自身が実在するものではありません。モデル症例は実在するものの、できあがった理念型はあくまで概念であって実在ではないのです。つまり、統合失調症と診断される患者さんはいても、統合失調症という疾患が実在するわけではないということになります。

ひとつの理念型を現実の数多くの症例に当てはめてみてわかることは、まさにぴったりと当てはまる症例がある一方、特徴の一部しか当てはまらない例も少なくないことです。

診断をつけるという作業において、しばしば医師の間で意見が分かれることも少なくありません。理念型を使った診断では、ある症例について「であるか、でないか」という結論は本質的に述べることができず、「どれだけ当てはまるか」を問題にします。

現実の臨床場面では一人の患者さんに対して一つの病名をつける、つまりもっとも近いものを選ぶわけですが、ここで生じるのが境界の問題です。統合失調症と双極性障害は、理念型としては全く異なる特徴を持っており、簡単に境界が引けるように思えるのですが、現実の臨床ではそうはいきません。「どちらに当てはまるだろうか、統合失調症か、双極性障害か、しかしここの部分は異なるため…」となってしまいます。理念型を使った診断では、このような境界の問題が常につきまとい、このままでは混乱を避けることができません。

そこで、この状況を思い切って整理する方法が操作的診断です。診断を操作して、見せかけの境界を作っておくことで診断上の混乱を回避することが可能となります。秩序立った体系をつくるためには、操作的診断は必要なことです。ただし、つくられた秩序は真実ではないこと、見せかけでしかないことを認識しておく必要はあります。

しかしながら、柔軟な対応を必要とする実際の臨床では事象が異なります。厳密な操作的診断や境界を際立たせようとする作業は、そのような境界が実際に存在するのだという勘違いを起こす可能性があるため行いません。

理念型はいわば症例を測るための道具・物差しのようなものと理解するとわかりやすいでしょう。たとえばある若い女性患者さんに、境界性パーソナリティ障害という概念を物差しのようにあてがってみるとします。すると患者さんの生活史・病歴にある、リストカットや大量服薬というエピソード、恋愛関係が続かないという事実などがクローズアップされます。医師は「確かに境界性パーソナリティ障害かもしれない」とみて、精神療法を計画するわけです。

ところが、同じ患者さんに対して、今度は双極性障害2型という概念を近づけてみると、見方が変わります。患者さんが長い抑うつ状態にあって、その所々に乱費や異性関係が派手になっている時期があるという事実がクロースアップされてくるのです。主治医は、この短い期間の挿話がもしかすると軽い躁ではないかと考えます。そして大抵の場合、精神科医は迷いながらも診断を境界性パーソナリティ障害から双極性障害2型に変更します。それに従って治療方針も、精神療法から薬物療法へと切り替えられるわけです。

理念型は、実在が保障されているものではありませんが、それでも患者さんの診断・治療・情報共有には十分役立っています。多様な人の心を扱う我々にとっては、なくてはならない指標なのです。

 

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  • 聖マリアンナ医科大学 神経精神科学 教授

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