聖マリアンナ医科大学神経精神科教授の古茶大樹先生は、伝統的精神医学の考えを軸に臨床を行われています。患者さんに寄り添って一人ひとりのヒストリーを聞くことで、患者さんの人生を丸ごと理解し、本質的に回復していけるよう患者さんの意思を尊重した診療を続けている、日本に数少ないタイプの精神科医です。実際にどのようなことを心がけて治療にあたっているのか、これからの精神医学にとって大切なことはどのようなことなのか、古茶先生にお話し頂きました。
私が患者さんを診る際は、その方がなぜ落ち込んでいるのかをよく理解するように心がけています。落ち込んでいる理由によって、精神科医としての診療の仕方が大きく変わってくるからです。
抑うつ体験反応で休職し、しばらく休養する場合、一般的な休養の仕方として「うつ病であればとにかく休め」という医師が多いように感じられます。ただし、抑うつ体験反応(詳細は記事8『「うつ病」問題について』)の患者さんには、できるだけ気分転換をするようにお話ししています。
私の場合、休職した場合最初の2~3日はのんびりとしていて構いませんが、その後はできるだけ外出などをするように患者さんにお話をします。たとえばその方が勤めている企業が大企業であれば、様々な部署や仕事内容があるでしょうから、一定の部署に留まらず、別の部署に異動して、新しくスタートした自分を想像してみてくださいとも促します。これは一例ですが、新しくスタートを切る自分を想像することが大事なのです。
仕事を休むか踏ん張るか、決断には勇気がいります。その判断自体もつらいことですが、自分を立て直すためにどうしたらいいか、ご自身で考えていくことが患者さんのためになると考えています。抑うつ体験反応では、基本的には薬を積極的に処方しません。理由があって落ち込んでいるわけですから、抗うつ薬の効果は限定的で、状況を変えたほうがよほど効果的でしょう。落ち込んでいる状態から回復して新しくスタートするための状況を整えてあげることが何よりも大切になります。
ですから私は、抑うつ体験反応であれば、どうすれば回復するのか、元気になるまでのプロセスを最初に提示します。人間であれば苦しいとき、つらいときに落ち込むのは自然なことです。ですから、落ち込んでしまった自分を嫌いにならないでほしいと話します。
精神科に訪れる方の多くが、自分に長所はないと信じ込んでしまっています。自分を嫌ってしまうことは、何よりも回復を遠ざけてしまうのではないかと思います。
長い人類の歴史のなかで、大きな悲しみを誰もが経験しています。「もう耐えられない」と叫びたくなるほどの悲しみを経験している方もいらっしゃることでしょう。世界には、絶望的な悲しみを経験して立ち止まっていた方たちもいて、多くの方々がその悲しみを乗り越えてきているのです。私は、人間にはそのような力があると確信しています。どんなに深い悲しみでも、いつかは乗り越えられる、それが人間の本質だと思っています。落ち込むことに対して罪悪感を持つ必要はありません。
精神医学で大切なことは、患者さんをよく知ることだと考えています。その方がどのような性格で、どのような生活を送ってきて、どのような体験をしてきたのか耳を傾けて聞くことで、患者さんを理解していくのです。医師が患者に寄り添って一緒に考えてくれることが、精神療法そのものにもなっています。だからこそ「了解」するプロセスが大切なのです。
聖マリアンナ医科大学 神経精神科学 教授
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