
遅発性ジスキネジアは、抗精神病薬の服用などによって、自分の意思とは関係なく体が動いてしまう症状のことです。原因である薬を使い続けることで悪化してしまう場合もあるため、早期発見・早期治療が大切です。
関西医科大学精神神経科学講座 診療教授の嶽北 佳輝先生は、「遅発性ジスキネジアを発症したとしても、自己判断で原因になっている薬を中止しないでほしい」とおっしゃいます。それは、なぜなのでしょうか。遅発性ジスキネジアの特徴や治療、患者さんやご家族に心がけてほしいことなどについてお話を伺いました。
そもそも“ジスキネジア”とは、自分の意思とは関係なく勝手に体が動いてしまう(不随意運動と呼ぶ)症状のことです。その中の1つである“遅発性ジスキネジア”とは、名称のとおり、後から遅れて発症するタイプのジスキネジアのことを指します。発症の原因は、ほとんどが抗精神病薬の服用です。とくに、ある程度の期間にわたって内服している患者さんに起こり得ます。“抗精神病薬をしばらく飲み続けた方に起こることが多い症状”と考えていただけるとよいと思います。
抗精神病薬は、精神病による症状を和らげるための薬なので、統合失調症や双極性障害、うつ病などの患者さんに使用されることがあります。統合失調症とは、脳のさまざまなはたらきをまとめることが難しくなり、幻覚や妄想などが現れる病気です。双極性障害は、ハイテンションで活動的な躁状態と、憂鬱で無気力なうつ状態を波のように繰り返す病気のことをいいます。
遅発性ジスキネジアを起こしやすい患者さんの特徴に関しては、さまざまな報告があります。発症の要因は、ご自分で変えることが難しいものと、ご自分で変えることができるものに分けられるでしょう。
ご自分で変えることが難しい要因としては、高齢の女性であることや、双極性障害のような気分障害の患者さんであることが挙げられます。また、遺伝的な要因も多少関連することがあるといわれています。改善が可能な要因は、アルコール依存、糖尿病などです。
抗精神病薬の服用に加えて、これらの要因が重なると、遅発性ジスキネジアを発症しやすくなるといわれています。
遅発性ジスキネジアの症状の中でも、もっとも目立つのは口や舌の動きです。唇を繰り返しすぼめる、舌が不規則に左右に動く、口をもぐもぐする、口を突き出すといった動きが現れることがあります。
ただし口や舌に限らず、症状は手足を含めた全身に現れる可能性があります。具体的には、手や足がねじれたり、体を揺すったりといった動きです。ほかにも、食道や横隔膜が動くなど体の中でも症状が起こることがあり、食事や呼吸に影響を及ぼす可能性もあるでしょう。
遅発性ジスキネジアを放置し、原因である抗精神病薬などを長く使い続けていると、症状が悪化するリスクがあります。それによって、社会生活などに影響が及ぶ可能性が考えられるため注意が必要です。
若い患者さんで仕事をしている方であれば、症状を気にして人前に出にくくなり、社会生活に影響が出てしまうことがあるかもしれません。高齢の方であれば、口や舌が動いてしまうことで誤嚥*を生じて肺炎が起こりやすくなり、命にかかわる可能性が考えられます。
*誤嚥:誤って食べ物などが喉頭(こうとう)と気管に入ってしまった状態のことであり、肺炎を引き起こすことがある。
普段と違う口や手足の動きが見られるなど遅発性ジスキネジアを疑った場合、かかりつけの精神科の先生に相談してほしいと思います。原因は抗精神病薬であることがほとんどなので、ほかの診療科で診てもらうよりも、主治医の先生と相談して治療の方向性を決めるのがよいでしょう。実際に遅発性ジスキネジアの診察は精神科医が担当することがほとんどです。場合によっては神経内科の医師が関わることもありますが、遅発性ではないジスキネジアの患者さんを診察しているケースが多いと思います。
遅発性ジスキネジアの症状は、緊張したり、本人が意識したりすると止まるという特徴があります。普段の生活で症状が出ていたとしても、診察室に入ると止まる場合も多いのです。そのため、診察時に医師が気付けない例も少なくありません。
場合によっては、自宅で症状が出たときに、その様子を録画しておき診察時に見せることも有効だと思います。また、口や舌が動くことで食事中に「もぐもぐ」「くちゃくちゃ」と大きな音が出て、家族から「食べ方が汚くなった」と指摘されて気付くケースもあるようです。
遅発性ジスキネジアの治療でまず行うべきことは、原因となっている抗精神病薬などの減量・中止です。ただし、急に薬を減らすことによって副作用が起こる場合があるため注意が必要です。基本的には、数週間から数か月かけてゆっくりと減量していきます。
また、気分障害の一部であれば、抗精神病薬を中止してもほかの薬で治療できる可能性もありますが、統合失調症のように現状で抗精神病薬以外の治療薬がほぼない病気もあります。統合失調症の患者さんについては、薬を中止することで統合失調症の症状が現れてしまう可能性があるため、薬を完全に中止するのは現実的には難しいでしょう。このような場合には、とくに慎重な話し合いが重要だと思います。
薬の減量が難しい場合や、遅発性ジスキネジアが起こりやすいと考えられる薬を使用している場合などは、薬の変更を行うこともあります。
薬の減量や中止、変更を行っても症状が治まらない場合には、遅発性ジスキネジアの症状を抑える薬を追加します。遅発性ジスキネジアの治療薬には、飲むことで無意識の動きを減らせる効果が期待できる一方で、副作用による強い眠気で日常生活に支障が出てしまう方もいるので注意が必要です。
私の診療経験からお話しすると、遅発性ジスキネジアの治療薬を飲んだ患者さんには症状の改善が期待できますが、一方で副作用の眠気が強く現れ薬を継続できなかった方もいらっしゃいます。たとえば運転するような仕事に従事されている方だと、眠気の副作用は非常に危険なので、主治医と相談しながら治療を進めてほしいと思います。
また、重症の場合には、まれに手術を行うこともあります。手術は、勝手に動いてしまう体の部分の動きを司る脳の一部に針を刺して、電気を流す方法です。精神科ではなく、脳神経外科で行われるケースが多く、かなり重症な方が対象になるので一般的に広く行われている治療法ではありません。
遅発性ジスキネジアの患者さんには、この病気を引き起こしやすくなる因子である飲酒などの生活習慣、糖尿病であれば高血糖状態を改善することを心がけてほしいと思います。たとえば禁酒をしたからすぐに症状がよくなるとは限りませんが、ご本人とご家族が協力してしっかりと体調を整えることが大切です。
お話ししたように、遅発性ジスキネジアの治療では基本的に、まずは原因となっている薬を少しずつ減らしたり、中止したりします。また、別の薬に切り替えるという方法をとる場合もあります。しかし、中には使用している薬で精神病の症状が安定しているといった理由で、薬の中止や変更を希望しない患者さんもいらっしゃいます。現状の抗精神病薬による治療に対してどのような思いを抱いているか、そして今後どのように治療していきたいかは、人それぞれです。より納得した治療を行うために、患者さんからも主治医の先生へ、治療における自分の価値観や希望を伝えることを心がけてほしいと思います。
服用してきた抗精神病薬が原因であることを知ると「今飲んでいる薬をやめたほうがよいのではないか」と考えて、自己判断で薬の使用をやめようとする患者さんがいらっしゃいます。しかし、服用を中止することでもともとの病気が悪化してしまう可能性も十分に考えられます。原因となる薬を減らしたりやめたりすること、遅発性ジスキネジアが起こりにくい薬に変えることについては、それぞれのメリット・デメリットをしっかりと理解したうえで、主治医と相談しながら進めていくことが大切です。
私は治療方針を決める際、患者さん自身の決断を尊重するよう心がけています。薬を処方するのは医師ですが、その薬を飲むのは患者さんです。だからこそ、それぞれの薬のメリットとデメリットを伝えたうえで、リスクも理解してから治療法を選んでもらうことが大切だと思っています。
精神病で入院中の患者さんは判断力が低下していることもありますが、通院している患者さんは自分のことを自分で決められる判断力があることがほとんどです。そのため診察では、患者さんが理解してご自分で判断できるように噛み砕いた表現で伝えるよう努めています。
遅発性ジスキネジアの存在を知らないと、精神病の治療後に今までなかったような動きが生じることによって、ご家族の方が不安に思うケースがよくあるようです。治療中に今までなかったような症状が現れた場合には、できるだけ早く主治医の先生に相談してください。
遅発性ジスキネジアの患者さんのご家族からは「この病気は治りますか」と聞かれることがよくあります。抗精神病薬が原因で症状が起こっていることがほとんどなので、薬の減量・中止によって症状が軽減することはあっても、完全に止まるかどうかは患者さんによって異なるのが現状です。
抗精神病薬を使った治療は、よい面と悪い面の両側面があります。その両方を理解したうえで、前向きに治療を進めるにはどのような工夫をすればよいか、一緒に考えていけたらと思っています。
関連の医療相談が2件あります
全般性不安障害の薬で普通ジプレキサも使われますか?
いつもお世話になっています。 根本的な事をお伺いしたいのですが 全般性不安障害の治療でジプレキサなどの 向精神薬を使う事は問題ないのでしょうか? 私が抗うつ剤で副作用がでたため、現在ジプレキサを 飲んでいますが、ジプレキサは普通、統合失調症、 双極性障害にきくと書いてあります。 私としては強い薬のイメージがあります。 全般性不安障害の私がこの薬を飲み続ける事で 脳への影響とかはないのか心配です。 現在はジプレキサ2.5ミリを飲んでいます。 宜しくお願い致します。
ロナセンは全般性不安障害にも有効ですか?
前回もご相談した事の重複になってしまうのですが 全般性不安障害を20年以上患ってます。基本的な治療に使われる抗うつ剤が副作用がでてしまい飲む事が出来ません。ただ抗不安薬だけでは不安が抑えられない状態になっており、先生から先日ロナセンを処方されました。統合失調症の薬ですが、不安障害にもきくのでしょうか? またこういった精神薬を飲み続ける事で脳へのダメージが 生じてしまう事はあるのでしょうか?もう20年以上も飲んでるのでとても心配です。宜しくお願い致します。
※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。
「遅発性ジスキネジア」を登録すると、新着の情報をお知らせします