慢性期の統合失調症の方々への支援においては重要なものはなんでしょうか。薬物治療を中心とした脳に対する生物学的な治療と、心に直接働きかける「人薬」の両方がそれぞれ必要とされています。分子生物学者としての研究と同時に、精神科医としても診療を行う統合失調症研究のフロントランナー、東京都医学総合研究所の糸川昌成先生にお話をうかがいました。
20年、30年という長い病歴のある統合失調症の患者さんの場合、一貫して悪いままという方はあまりいません。いい時があったり、悪い時があったりするものです。しかし、当事者の方もご家族も、どうしても悪いところに目が行きがちです。
「あの時あれをやったのが悪かった、これをしなければよかった」といった後悔と反省と原因探しほど脳に悪いことはありません。それをやると、効いていた薬がどんどん効かなくなります。注目しなければならないのは、悪かったときではなく、良かったときなのです。
犬や猫は具合が悪い時は何も食べず、丸くなってじっとしています。そして、自然治癒力で回復し始めると、動き出して餌を食べ始めます。動物と同じように、人間にも自然治癒力があります。患者さんも自然治癒力で、無意識のうちに何かしら脳にいいことをやっているのです。それは貧乏ゆすりやインターネットかもしれませんし、何かの強迫行為(ある行為をせずにはいられないこと)や癖かもしれません。でもそれでふっとよくなることがあるのです。
ですから、ご家族も当事者の方も具合が良かった時のことに目を向けていただきたいのです。後悔や反省ではなく、何が良かったのだろうと考える。当事者の方ご自身がやっていた、いいことに注目する。脳に良かったことをひとつずつ生活の中に取り入れていくのです。そうすると、効かなかった薬が効き始めます。効いていた薬は効き過ぎるので、量を減らさざるを得なくなります。
不思議なことに、ストレスと体重は減らそうとするほど増えていきますし、薬も減らそうと思うと増えます。そうではなく、ご自身でも気づかないうちに引き出していた回復力、そこに注目すべきです。具合が良かったとき何をやっていたか、それを思い出して皆で相談する。そして見つけて取り入れる。神田橋條治先生が、おっしゃっています。脳に良いことは、気持ちが良い。何かをやる前とやった後を比べて、気持ちが良い。これは、脳に良いことであり、そういう体験や行動を増やしていく。これが慢性期の方への支援で重要なことです。
なぜ原因探しが良くないのか、それは産業革命以降の近代科学の考え方にも関係しています。近代科学は因果関係の成立を拠り所とし、条件を統制して「因」を探そうという発想です。
しかし、日本人は本来そのような考え方をしていません。ゆるやかな曼荼羅(まんだら)の中で「縁起」や「因縁」という捉え方をしていました。縁起を担いだり、願をかけることの何が良かったのかは分からなくても、ひとつひとつ何かが作用して、その結果良い方向に向かうということがあります。
家族療法でも同じことがいえます。因果関係を突き詰めていくと、親の育て方が悪かったのか、受験勉強をさせたのがいけなかったのか、背伸びして進学校に入れたのが間違いだったのかと、因果の「因」を探してしまいます。しかし、そんなものはないのです。
具合が良かったときに何をしていたか、それが分からなくてもかまいません。ただ、良かった時のことを皆で思い出し、その時のことを考えるだけでも脳にいいのです。
脳の部品の研究を30年やっていて、脳は部品の集まりではないということが分かりました。慢性期の患者さんへの支援は、頭蓋骨の外側を大切にするなかにあったのです。もちろん内側も大事です。私は今後も頭蓋骨の内側の研究をして、もっといい薬を作ります。しかし、薬は内側にしか効きません。外側は直線的因果律ではなく、曼荼羅的な縁(えにし)と因縁なのです。
糸川 昌成 先生の所属医療機関
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