インタビュー

統合失調症の症状をどうとらえるか―統合失調症の研究(3)

統合失調症の症状をどうとらえるか―統合失調症の研究(3)
糸川 昌成 先生

東京都立松沢病院 精神科 非常勤医師

糸川 昌成 先生

この記事の最終更新は2015年12月23日です。

糸川昌成先生は分子生物学者・精神科医として、実際に患者さんと向き合って臨床に触れながら、統合失調症研究において最先端の研究を牽引しておられます。今回は糸川先生ご自身が現在重視しておられるテーマについてお話をうかがいました。

東京都医学総合研究所は、東京都立松沢病院の敷地と隣り合って建っています。15年前に着任した私が見たものは、研究所の周囲を歩いている患者さんの姿でした。都立病院ですので、民間病院で受け入れ困難な、かなり重篤な患者さんもおられました。

そこで気づいたのは、数を集めていてはだめだ、ということでした。この人たちひとりひとりを掘り下げるような研究をしようと思ったのです。そこから「統合失調症が秘密の扉をあけるまで(2014年/星和書店刊)」で書いたようなご兄弟(本の中では姉妹)に出会い、そこから非常に珍しいフレームシフト変異を発見し、その人の中だけで起きているカルボニルストレスを見つけました。

それをプロトタイプとして、より弱い形で一般症例でも持っているのではないかと思い調べてみたところ、4割の患者さんから同じ代謝不全が見つかりました。この代謝不全が特殊なビタミン(活性型ビタミンB6ピリドキサミン)で改善するならば、それを投与してみようということになりました。こうして、日本では精神科領域で、未承認薬を用いた初めての医師主導治験を松沢病院で行ったのです。

ですから、自分自身が現在重要と考えていることは、数を集める欧米の大規模研究の真似をしないことです。むしろ、ひとりを深く掘り下げること、その人だけが持っているものと同じものを持っている人たちを集めてくるということが重要だと考えたのです。

なぜそのように考えるようになったかというと、統合失調症は症候群であるからです。症候群とは、あるいくつかの症状の組み合わせが同時多発的に出てきた場合のことをいいます。疾患ではなく、病気のひとくくりである「症候群」としてひとまとまりにした場合に、予後や治療の見立てがしやすくなるということがあります。

具体的にいいますと、後天性免疫不全症候群:AIDSがそうです。研究が進む以前は、「男性同性愛者からカリニ肺炎が発生し、日和見感染症(本来であれば弱いはずの菌が体の免疫が弱っていると悪さをする)を発症して死に至る」という「症候群」だったものが、HIVウイルスの発見によって決着しました。その瞬間に、後天性免疫不全症候群という「症候群」がHIV感染症という「疾患」に昇格したのです。これが症候群と疾患の違いです。疾患としてはHIV陽性かどうかが重要なのであって、男性同性愛者であるか、カリニ肺炎であるかどうかは問われません。

統合失調症は疾患ではなく症候群ですから、学者ごとに定義が少しずつずれています。疾患は、原因から結果が生じる均一な集団です。しかし統合失調症ではHIV感染症におけるHIVに相当するものがわかりません。幻覚や妄想、認知機能障害などの症状のうち、どれが統合失調症の症状なのか、あるいはそうでないのかは、研究者の定義によって変わってしまうのです。

特定のプロトタイプと、それを弱い形で持っている人を集めようとしたことの理由は、巨大な症候群の中にはいろいろな原因が混ざっているからです。これは100人であっても、1万人であっても同じです。いくつもの原因の中のひとつだけを調べてみればオッズ比は10ぐらいになるのですが、混ざると薄めあって1.5になってしまうのではないかと私は考えました。

カルボニルストレスを持っていた松沢病院のたった一人の患者さんをプロトタイプに、およそ全体の4割の患者さんがカルボニルストレスを持っているということを調べました。これは比較的均質で、疾患性を近似しているだろうと予測しました。この場合、カルボニルストレスが陽性か陰性かという点だけを重視して、幻覚や妄想や認知機能障害などの有無を後回しにしました。ここで「陽性の人にはピリドキサミンを与える」ということは、HIVに抗ウイルス薬を与えるのと同じ発想です。

症候群のまま統合失調症を研究するのではなく、疾患性を高めて、個別の症例と同じ症状を持っている人を集めてくるということは、世界的に見ても珍しい研究だと思います。これが今の私の最新トピックスです。

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