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インタビュー

公開日 : 2015 年 12 月 26 日
更新日 : 2017 年 05 月 08 日

糸川昌成先生は分子生物学者としての研究と同時に、精神科医としても診療を行う統合失調症研究の第一人者です。東京都医学総合研究所で2015年から病院等連携研究センター長を務めるかたわら、隣接する東京都立松沢病院で現在も非常勤医師として診療を続けておられます。

統合失調症だった実母を亡くされた後、再び新たな人生を歩み始めたご自身の体験を通して、「精神科的治癒」という生き方についてお話しいただきました。

統合失調症の母をもつ2人の女性との出会い

ついに一度も会わないまま、統合失調症だった母を亡くしてからというもの、私は母に対する罪悪感を抱えていたため、研究や臨床に没頭していなければ自分を許すことができませんでした。家には寝るために帰るだけで、ほとんど家庭を省みることもなく、3人の子どもがいながら、夏休みをまとめて取ったこともありませんでした。

あるとき、漫画家の中村ユキさんが描いた「わが家の母はビョーキです」というマンガを読んで大変驚きました。彼女の母親も統合失調症だったのです。お母さんが包丁を振り回していて、小さな女の子が逃げ回っている場面があるような、コミカルでありかつシリアスなマンガを読んで、目から鱗が落ちる思いでした。

その1年ほど後に、夏苅郁子先生という精神科医が「日本精神神経学雑誌」という専門誌に、症例報告として統合失調症のお母さんと御自身の回復のことを書かれていました。そこに記されていたお母様との生活は壮絶なものでした。ご本人も摂食障害になり、浜松医科大学在学中に2回自殺未遂をしています。at risk mental state(アットリスク精神状態)と呼ばれる精神病前駆状態だったとも御著書で書かれていました。

しかし彼女は、ある女性から「あなたはお母さんに会いに行かなければ幸せになれない」と言われて、絶縁状態だった母親に会いに北海道へ行き、それをきっかけに徐々に回復し始めます。そして中村ユキさんと出会い、その後に「心病む母が遺してくれたもの: 精神科医の回復への道のり」という本を書いたのです。

呪縛からの解放

私は感動して夏苅先生に手紙を書き、それから夏苅先生との交流が始まりました。ある出版社の計らいで、私と中村ユキさんと夏苅先生の3人で座談会を持つ機会がありました。私は生まれて初めて母のことを語り、3人で7時間話し続けました。永らく糸川家で語ってはならないタブーだったことを、オープンに話せるあたたかい雰囲気の中で7時間語り合い、それが活字になったのです。(「統合失調症のひろば」2015・春)

私もそれをきっかけに回復し始めました。自傷行為のような研究生活をしなくなり、夜7時過ぎには家に帰って子どもたちとご飯を食べるようになりました。また、医師になって初めて1週間連続で休みを取り、ハワイへ家族旅行をしました。こうして私は、ごく当たり前の生活ができるまでにリカバリー(回復)することができたのです。

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