インタビュー

全ゲノム解析の時代へ―統合失調症の研究(2)

全ゲノム解析の時代へ―統合失調症の研究(2)
糸川 昌成 先生

東京都立松沢病院 精神科 非常勤医師

糸川 昌成 先生

この記事の最終更新は2015年12月22日です。

統合失調症研究の第一人者である糸川昌成先生は、1990年代にD2受容体の遺伝子多型(DNA配列の個体差)を発見されました。今回は前回に引き続き、その後の研究の道のり、そして最新の動向についてお話をうかがいました。

抗精神病薬がドーパミンの受容体に蓋をすると幻聴が止まるということは、統合失調症の患者さんは、ドーパミン受容体の遺伝子にシグナル伝達を強めるような変化があるのではないか、という仮説がありました。これを裏付けるため、私はD2受容体の遺伝子配列を読み始めました。そして1994年に、D2受容体に遺伝子多型を見つけました。

それは統合失調症の経験者では健常者と比べて3倍の頻度でみられました。D2受容体には443個のアミノ酸が連なっていて、通常は頭から数えて311番目が「セリン」なのですが、これが「システイン」に変わっているのです。そこでセリンがシステインに変わるとドーパミンのシグナルが強くなって、統合失調症のリスクが上がるのだろうと考えたのです。

※アミノ酸とは、特定の有機化合物の総称です。「セリン」も「システイン」もアミノ酸の一種です。

この論文はイギリスの一流科学誌Lancet(ランセット)に掲載され、世界中で話題になりましたが、それにより行われた追試(再現のための実験)結果は思わしくないものでした。患者さんと健常者それぞれ100人前後で追試を行い、311番目のセリンがシステインに変わっている人がどのくらいいるかを調べたのです。

私たちの研究では健常者では3%であったのに対し、統合失調症では9%もあったので、やはりセリンがシステインに変わると統合失調症のリスクが3倍になるのだとLancetに書いたのですが、33件追試をしても実に17件にしか有意差が出なかったのです。

統計にはメタ解析という手法があります。33の論文を足し合わせると、健常者が5,000人、統合失調症の人が5,000人となり、ひとつひとつの論文のばらつきやバイアスを打ち消して統計的な検出感度も高めることができるのです。

4つのグループでメタ解析を行ったところ、いずれも一致して有意差があり、つまりセリンがシステインに変わっている人の頻度が高いという結果が得られました。ただし、こうして決着がついた結果、オッズ比が1.5しかないという問題が残ったのです。

統合失調症は100人に1人がかかる病気であるとされています。オッズ比が1.5ということは、311番目がセリンからシステインに変わっている人だけを100人集めてきても、統合失調症の経験者は1.5人ということになります。つまりランダムに人を集めた場合と比べ、わずか0.5の差ということになるのです。

私たちゲノム科学者がそこで考えたのは、候補遺伝子研究が失敗したのではないかということでした。つまり、ドーパミン神経はD1からD4までありますが、私たちゲノム研究者はD2がだめならD1、そしてD3、D4と全部調べました。その次にはドーパミンがだめならセロトニン、アドレナリン、NMDA受容体、グルタメートと調べたのです。しかし、結局これが間違っていたのではないかと判断したのです。それは2000年前後のことでした。

候補遺伝子を順番に調べている中で、真の遺伝子多型をまだ見落としているのではないか、と私たちは考えました。漏れがないようにするにはどうしたらよいか。その答えが全ゲノム解析(GWAS: Genome-Wide Association Study)です。

「プリント基板上に遺伝子多型が配置されたDNAチップを使い、DNAを一滴垂らす」という方法で、全部の遺伝子配列を50万ヶ所のSNP(スニップ:single nucleotide polymorphism遺伝子多型のひとつ、一塩基多型)でタイピングする(調べる)ことができます。

しかも、小さいオッズ比に有意差をつけるために、サンプルサイズ(被験者の数)は現在、万単位になっています。統合失調症の方2万人、健常者2万人、そして50万のSNPを全部調べることができる時代になりました。ところが、それでもオッズ比は1.5のままだったのです。

チップ上にあるSNPは既知のものです。そこで、それ以外に未知のものがあるのではないかと考え始めました。そこに登場したのが「次世代シークエンサー」による全ゲノムシークエンスです。現在、世界中で行われていますが、未知の遺伝子多型はまだ見つかっていません。

もうひとつ新しい話題としては、画像診断技術の進歩があります。脳の形態のわずかな違い、特に発症初期には進行にともなって脳の体積がわずかに減少するということが明らかになってきました。また、MRIが発達して神経の走行が観察できるようになり、コネクティビティ(接続性)の解明へと発展しています。これらが統合失調症研究の最前線、最新のトピックスです。

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慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 准教授

たけうち ひろよし

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