統合失調症の症状には、陽性症状や陰性症状などいくつかの種類があります。これらはそれぞれどんな症状のことをいうのでしょうか。精神科救急病棟と早期支援青年期外来を担当され、多数の患者さんと向き合っておられる東京都立松沢病院精神科部長の針間博彦先生にお話をうかがいました。
陽性症状とは、本来存在しないものが出現するという症状です。代表的なものは幻覚・妄想です。統合失調症の幻覚とは、ほとんどが幻聴、特に本人を誹謗(ひぼう)する声が聞こえることです。妄想は被害妄想が中心ですが、それにともなって誇大妄想がみられることも少なくありません。「自分のことが広まっている」とか「自分のことが監視されている」など、自分が世界の中心にいるような体験もよく見られます。これらの症状はそれまでの本人の様子と異なる言動として目立つため、周囲の人からは比較的分かりやすいといえますが、それが「周りの人に悪口をいわれる」とか「いじめられる」などと実際にありうることとして訴えられる場合、それが幻聴や妄想であると気づかれないことも少なくありません。統合失調症の陽性症状は基本的に可逆性、つまり軽快し消失しうるものですが、長期に続く場合もあります。
一方、陰性症状とは元々存在していたもの、たとえば感情の自然な動きや、意欲、思考力がなくなる・低下するという症状で、感情鈍麻・意欲低下・思考ないし会話の貧困などと呼ばれます。これらの症状はあるなしではなく程度問題であるため、かなり著しくないとわかりづらいことがあります。したがって、これらは著しく認められない限り、診断に用いるのは慎重にしなければなりません。たとえば意欲低下であれば、うつによる意欲低下との鑑別が必要ですし、病気ではなくてもさまざまな理由で一時的な意欲の低下は起こります。また感情は通常、場面や状況によって変わります。たとえば、初対面の人の前で緊張するはずの場面で、感情豊かな人というのはかえって変でしょう。最近では陰性症状に関連して認知機能の障害も指摘されていますが、まだ統合失調症の診断に用いられるには至っていません。
陰性症状も可逆的であり、決して治らないものではありません。ただ陽性症状よりも持続的であることが多いため、統合失調症の未治療期間が長かったり慢性化している場合、生活が不衛生になったり非生産的になるなど、治療上は陽性症状よりも問題になることがあります。それほど陰性症状が進行していなくても、たとえばそれまで真面目に勉強していた普通の学生がはっきりした理由なく、あるいはごく些細な理由から、学校に行かず勉強もしなくなり、生活がだらしなくなったというようなことがあれば、統合失調症の陰性症状ではないかと疑う必要があります。しかし、疑うことは決め付けることではありません。それが一時的なものである、あるいは治療によって改善する可能性を考慮し、陰性症状であると判断することには慎重にならねばなりません。
解体症状とは、陰性症状・陽性症状のどちらにも当てはまらない症状です。解体とは思考や行動のまとまりが失われることであり、「統合失調症」という名称はこの症状に由来しています。通常は人の行動や思考はある目的を持ったひとつのまとまりとして行われるわけですが、解体とはそれがどんな目的のためにどんな筋道で行われているのかよく分からないというものです。これが一時的に生じて言動が支離滅裂になったり、あるいは長期に続くと家中にゴミを溜めているといった異常な行動によって気づかれたりします。
陽性症状・陰性症状・解体症状のいずれにも、もともとのその人のあり方からかけ離れているかが重要です。その人の特性や生活状況から考えて当然生じうる言動をこれらの症状と取り違えないことです。たとえば、先ほど部屋の中がゴミだらけになる例をあげましたが、ひとり暮らしの青年の部屋が散らかることは普通にあることです。しかし、本来捨てるべき生ゴミで足の踏み場もないほど埋め尽くされているなど、その人にどうしてそういうことが起こっているのか理解に苦しむような状況があるということがポイントです。「この人だったらそういうこともあり得る」と思えることは病気ではありません。
最後に、緊張病症状についてお話ししておきます。これは最も重症の精神病症状であり、暴発的な激しい興奮が見られたり、逆に全く反応がなくなったりするなど、本人の意思によって動くことができなくなっている状態です。そのため行動は予測不能になり、突然に自傷行為が起こったり他人に危害を加えたりすることもあります。こうした状態は統合失調症以外でも見られますが、いずれにしても緊急事態ですので、直ちに入院させる必要があります。それは本人と周囲の人の安全を守り、ひいては本人の名誉を守るためでもあります。この緊張病状態は入院して治療すれば速やかに回復します。
東京都立松沢病院 精神科 部長
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